第9話 (33歳)

 私たち夫婦の初孫は、息子夫婦の元に産まれた男児だった。


 無事に産まれたとの報を受け、私と夫が病院へ駆けつけると、孫は病室内のベビーベッドに寝かされていて、大きな瞳で私の顔をじっと見上げてきた。

 孫の顔を見つめ返して、私は驚いた。孫は少し細身で、圧倒的重量感をもって産まれてきた息子とは正反対であるはずなのに、顔が息子そっくりに見えた。

 すごい、あなたそっくりね、と息子に言うと、息子は「そうかな?」と言って首を捻った。息子には、嫁の血を強く継いでいるように見えるそうだった。

 息子に勧められて、孫を抱かせてもらう。産まれたばかりの子どもって、こんなに小さくて軽かったかしら、と驚いた。しかし久しぶりの暖かさと柔らかさには、懐かしさを感じた。

 少しの間そうしていると、昔のことが思い出されて、思わず目頭が熱くなってしまった。息子が「年寄りは涙脆いなあ」とからかってきたので、あなたの子ども時代を思い出したのよ、本当に大変だったんだから、と返した。泣いたのをからかわれた仕返しに、息子の子どもの頃の可愛いエピソードやお馬鹿なエピソードを、息子の嫁に話してあげた。

 息子にビデオカメラを向けると、「とって! とって!」と言ったくせに、写真だと勘違いしてピタッと直立不動になったこと。

 庭に出した子ども用のプールにうっかり落ちて溺れているアリに、「まだ生きてる!」と悲鳴を上げたこと。

 指に刺さったとても小さなトゲを、トゲ抜きで抜いてやろうとしたら大泣きして嫌がり、じゃあそのままでいなさい、と言うと、「トゲが、体に入って、心臓まで流れて、死んじゃう!」と更に大泣きしたこと。

 息子の嫁は目に涙を浮かべて大笑いした。息子は「やめろよ、恥ずかしい」と言って赤くなっていた。孫は、私達の話し声や笑い声も意に介さず、私の腕の中ですやすやと眠った。


 孫が産まれてから息子は、よく家に帰ってくるようになった。息子が家に帰る旨の連絡は、すなわち孫が家に来るということでもあるので、その連絡を聞くと娘たちも、じゃあ私も帰る、と言って、家族全員が揃うことが増えた。大人たちは皆、私たち夫婦にとっての初孫、娘たちにとっての初甥に、メロメロになった。

 孫が家によく遊びにくるようになり、ベビーサークルやベビーチェア、ミルク、オムツ、おもちゃ等を我が家にも常備しておくようになったので、我が家はまるでもう1人子どもが産まれたかのような様相になった。このゴチャゴチャした感じ、懐かしいなあ、と夫は笑った。


 最近の子ども用のおもちゃは、私が子ども達に買い与えた頃に比べて随分と進化していて驚くばかりだった。しかし、絵本については長く親しまれている作品も多く、子ども達に読み聞かせていた懐かしの絵本に、感動の再会を果たすことも多々あった。

 孫が段々と大きくなると、顔だけでなく、体つきから表情からちょっとした所作まで、息子の子供時代の生き写しのように、そっくりに見えた。そんな孫に、息子に読み聞かせていたのと同じ絵本を読み聞かせていると、まるで息子をもう一度子どもの頃から育てているかのような錯覚に陥った。


 孫が更に成長して、私のことを、ばあば、と呼んでくれるようになると、やっとその錯覚は薄れた。孫が私のことを認識して呼んでくれる喜びはひとしおで、私はますます孫を溺愛するようになった。


 その後、娘たちも結婚し、子どもにも恵まれ、私達夫婦の孫は総勢7人となった。お盆や年末年始などに、子ども達が孫を連れて里帰りすると、小さな我が家はとても賑やかな笑い声で満たされるようになった。


 我が家にやってくると、孫たちは家の周りの林でよく遊んだ。

 春は、ツチノコを捕まえる、と宣言して出掛け、成果は得られずに帰還したものの、とても惜しかった、と悔しそうに言って、大人達を笑わせた。

 夏は、虫とりをして、様々な虫で虫籠の中を、まるで都心の通勤電車のようにいっぱいにし、これだけの数を育てるのは無理だから諦めなさい、と大人達に諭され、渋々逃がしていた。

 秋は、大量のドングリを拾って帰り、その中に潜んでいた虫が明くる日大量に姿を表し、我が家は阿鼻叫喚と化した。

 冬は、木の陰に隠れながら雪合戦をしていた。そうすると必ず、服の中に雪入った!と言って戻ってくる孫が何人かいたので、温かいココアを出してやるのがお約束になった。


 夫と家に二人だけの日々は、のんびりと平和に過ごし、孫たちがやって来ている日々は、騒がしくも楽しく過ごした。そんな生活が何年も続いた。


 ある日、孫が、おばあちゃんが、いちばん幸せだったのって、いつ?、と聞いてきたので、私は笑って答えた。

 60年以上生きてきたけど、今かもしれないなぁ。

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