私は息子に殺される

小木 一了

私は息子に殺される

第1話 6ヶ月

 腕に抱えていた息子をそっと布団へと降ろすと、急激に腕が軽くなると同時に、今まで息子の体温で温められ汗ばんでいた腕がすうっと涼しくなるのを感じた。

 赤ん坊とは得てして温かいものだが、それが寝ているとなるとより温かさが増し、息子本人も抱いているこちらも、少し汗ばむほどだった。また、息子がこちらに全てを委ねて眠っていると、なんだか本当の体重よりも重くなるようで、私は、息子を寝かしつけるため、抱き抱え、ゆらゆらと揺らし、背中を一定のリズムで優しく叩き……と、長時間酷使した腕を、ぐるぐると回して労った。


 寝ている息子の顔をじっと眺める。少し前まであんなに全力で泣いていたのに、もう、何も心配することはないとでもいう顔で、穏やかに小さな寝息を立てていた。


 息子が産まれてあっという間に半年が経ったが、未だに育児は大変なことばかりで慣れなかった。上手く授乳が出来ないときは胸が張って痛いし、最近離乳食をスタートしたけれど、息子の好き嫌いが激しく、折角用意したものが全て無駄になることも多々あった。息子の服も私の服も、息子の手の届く範囲にある布という布はすぐに汚され、頻繁に洗濯をしていたので、手の荒れも酷かった。しかし何よりも辛かったのは、夜泣きだった。多いときは30分ごとに泣いて起こされ、私はまともに睡眠をとることが出来ず、絶えず目の下に隈をこさえていた。1日中、どんな時も眠くて仕方なく、寝不足でイライラしてしまい、夫にあたってしまうことも増えていた。

 数時間でいいから、ぐっすりと寝させてほしい。

 これが最近の私のもっぱらの願いだった。


 寝ている息子の規則的な寝息を聞いていると、私にも強烈な睡魔が襲ってきた。本当は夕飯の支度を始めたかったが、無理そうだ。大人しく睡魔に身を任せることにして、息子の隣に私もそのまま横になった。目を閉じる。息子の寝息と、外で遊んでいる子ども達の甲高い笑い声と、車の走る音が、遠くから聞こえる。

 世界は平和だ。いつも通り。私のことなど気にもせず。


 育児疲れで死ぬことってあるのかな?


 そんなことを考えた時、ふと頭に思い浮かんだのは、またあの時のことだった。あの時、彼とも彼女ともつかないあの人が言った言葉を、まるで解けない呪いのように、私は時々思い出す。意識が深い闇の底へと沈んでいくのを感じながら、回想とも夢とも分からないものを見た。

 あの人は私に言うのだ。


「あなたは息子に殺される」

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