お母ちゃんの分まで

長く競馬を見ていると、好きだった馬の子供を見かけることも多々あります。

牡馬が種馬になって子供を送り出すのもありますが、好きだった牝馬が繁殖に上がって数年すると、その馬の息子や娘がデビューしてくるわけです。

こういうのにわたしは弱くて、ついつい応援してしまうのでして。


ホボスキーという牝馬が好きでした。

見た目も好みだったのですけど、彼女は厩舎にいると、ラジオの音声に合わせてずっと口をパクパク動かしてるという話を聞きましてね。

それがなんともかわいらしくて、追っかけていたんです。


ところが、彼女は時々掲示板に載るくらいで、あまり活躍は出来ませんでした。

ダートの下級条件で一生懸命走っていましたが、なかなか勝てるところまでは行けずじまい。

そして32戦を走ってひっそりと引退。血統は当時から見ても古いタイプでしたし、繁殖に上がるとはいえ、あまり期待は出来ないのかなぁ……と、引退直後は思ってました。


それから12年が経った冬の日のこと。

何気なく新馬戦の出馬表を見ていたら、ある馬の母親の欄に「ホボスキー」とある馬を見つけてしまいまして。

マイネルパルティア。

「お前のお母ちゃんはよく知ってるよ。ずいぶんと応援してたんだ。よし、お母ちゃんの分まで応援するからな」

わたしはそうつぶやくと、単勝と複勝を買いに走りました。


新馬戦は3着。続くレースも3着でしたが、3戦目で初勝利。

勝ち方もなかなか期待の持てるものだったので、これは楽しみが増えたなあなんて思ってたものでした。


しかし、彼はそこから長いトンネルに入り込んでしまいます。

2勝目を上げたのは初勝利から1年以上経った福島競馬場。

14戦もかかっての2勝目は、道中ほぼ最後方から豪快にまくってのもの。

ずいぶんと待たされましたが、この勝ちはとてもうれしかったことは言うまでもありません。

「大器晩成型だったんだなあ。よしよし、これから頑張ろうな」

わたしは満面の笑みで彼を見ていました。


しかし、そこから彼はまったく勝てなくなってしまいます。

頑張ってもやっと掲示板に載るかどうかというところ。少し強いメンバーが揃えば、たちまち2桁着順に落ちてしまいます。

一生懸命頑張って走ってるのに、なかなか結果がついてこない彼を見ているのは、わたしも辛いものがありました。

でも、お母ちゃんの分まで応援すると決めてましたから。


勝てない日々が2年近く続いたある日。

彼の名前は障害未勝利戦にありました。

どうやら彼の陣営は障害戦に活路を見出したようです。

「ここで頑張らないと、お前行くとこなくなっちまうぞ。頑張ろうぜ」

わたしはパドックを周回する彼に声を掛けずにはいられませんでした。


障害戦は都落ちではないとはいえ、彼の転身は華麗なものとはとても言えません。

ここでもダメなら、現役引退だってちらつきます。

応援してるわたしは、悲壮感すら感じていました。


ところがです。

彼は軽やかに障害を飛び越えてました。

結果は3着とはいえ、障害戦で十分やっていけるように見えました。

それを裏付けるように、2戦続けて2着を獲得し、4戦目で勝ち上がってくれました。

続くオープン特別では勝った馬にこそ離されましたが4着を確保。このクラスに慣れればいつか勝てるかもしれません。

わたしの期待はふくらみました。


ですが、彼の活躍はここまででした。

次のレース。彼は障害で転倒した前の馬に巻き込まれて転倒し骨折。そのまま帰って来ませんでした。

大きなところは勝てなくとも、お母ちゃんのように長く走ってくれたらなと思って応援してきましたが、こんな形でお別れをすることになろうとは。


それでも、彼は44戦も一生懸命に走ってくれたのです。

故障や病気で厩舎まで行きながらデビュー出来ない馬も多数いることを思えば、これだけ走れた彼は幸せだったのではないでしょうか。


そうでも思わないと、やってられないような気がします。

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