第1章 絶対守護絶体絶命 2

「シラン帝国は驚いているかな? それとも種を見破ったかな?」

 琢磨が呟き、聞き逃さなかったジヨウが応える。

「ワープ航法を使用するとは、想像もできないと思います。ワープ用の測定機器はありませんでした。それに硬直した頭脳で柔軟な発想ができない連中です。できたヤツがいても、そんな発言したら笑われるだけでしょうね」

 大型輸送艦は研究所としてだけでなく、本来の輸送としての役目も全うしている。中に600メートル級の宇宙船”アゲハ”を収めているのだ。

 そのアゲハのコンバットオペレーションルームに琢磨とジヨウだけでなくソウヤ達もいる。本来なら研究助手のジヨウ君だけでも構わないのだが、ソウヤ君たちも居ると恵梨佳に遥菜も居着く。

 琢磨は進軍中にエイシの研究開発を主導している。アゲハのこの状況は、エイシのテストパイロットから疑問や意見をもらいたい時に、会話ができて便利。

 思いついた次の実験の内容や研究の考察を、すぐに研究助手と議論したり指示が出せたりと便利。

 これから実行する潜入作戦の実行役と大枠から細部を詰める打ち合わせに便利。

 娘たちと家族のコミュニケーションがとれて僕は満足。

 ここでの時間は新しい視点を得られるため、僕は研究以外にも時間を割き、雑談にも積極的に参加している。結局は研究にフィードバックされていて、研究のためとなるのだが・・・。

「しっかし、機を見逃さなねーな。流石だぜ」

 ソウヤの感嘆にジヨウが同意する。

「まったく同感だな」

「フム、弱っている相手を油断せずに、物理的にも精神的にも追い詰める。その情け容赦のなさは、尋常ではないぞ」

 クローも同意しているのだが、琢磨を鬼畜外道のように認識しているらしいのが言葉の端々にみてとれた。

 その言葉に対して恵梨佳と遥菜が反発する。

「お父様が決めた訳ではありません」

「そうよ! パパは全権大使に相応しく、王族でもあるから選ばれただけだわ。それにオセロット王国軍の元帥でもあるのよ。当然の人選だわ」

 遥菜は味方だと思っていた恵梨佳に、背後から言葉の弾丸を撃ち込まれる。

「いいえ、遥菜。決めたのは曾お祖父様ですが、提案したのはお父さまです」

 遥菜が言葉を失ったので、代わりにレイファが恵梨佳に確認する。

「そうなんだ~?」

「お父様の優しさが、和平交渉という提案になったのです」

「マジかよ?」

「ホントなの~?」

「本当よ、レイファ。パパは無意味な争いを好まないわ。だから路傍の石ころのような大シラン帝国に興味はないだろうし、陰謀を企てるなんてあり得ないわ」

「我は信じんぞ」

「それは嘘だろうな」

 クローとジヨウの断言に恵梨佳が澄まし顔で答える。

「分かりますか?」

「勿論だとも。では、我から琢磨さんの狙いを説明するぞ」

「いやいや、クローの思い込みは外れてるだろうから、ジヨウでイイぜ」

「ここは恵梨佳さんだろうな。俺でイイというのは言い方は非常に気になるところだがな、ソウヤ」

「ジヨウは細かいことを気にし過ぎだぜ。それで恵梨佳さんは、どうなんだ?」

「私は、まずレイファちゃんが、どう推理しているか訊きたいですね」

「なんで~?」

「お父様から宿題とされていましたよね」

 レイファは主として戦略作戦戦術などを立案する参謀職に適性があるらしく、琢磨が時々課題を与えているのだ。

 ジヨウ達4人はオセロット王国軍の士官学校に入学することが、市民権を得るための条件とされた。士官学校への入学は義務教育を終えた18歳からとなる。

 4人はオセロット王国の義務教育の通信教育過程を受講中であり、ジヨウは3ヶ月後の4月に入学する予定となっている。そのためジヨウは義務教育課程も受講し、琢磨の研究助手まで務めるという地獄のスケジュールを余儀なくされているのだ。

「あ~う~、ウチはね~。琢磨さんは帝国に興味ないと思うんだよね~。王国で暮らしてみて実感したんだけど、帝国の何倍も豊かで安全で便利な国だよね。だから、帝国の技術は必要ないだろうし、要求している星系の資源開発をするより、王国内で開発中の星系に力入れた方が良さそうだよね~。あと・・・貴族の扱いが酷すぎる。だから、え~と~・・・帝国は降伏勧告を受け入れないのが前提じゃないかな~」

「もしかして、今推測しているのかしら」

「恵梨ネー、視線が冷たいわ。レイファを責めないで!」

 レイファの推測は大体あってる。

 その推測を聞いて、クローの直感が和平交渉の正体を見抜いた。

「大シラン帝国は餌とされたのだ」

 琢磨以外の視線がクローに集まり、得意気に語り始める。

 一段落したところで、恵梨佳が琢磨に確認する。

「お父様。実際のところ、どうなんでしょうか?」

 琢磨は視線を中空に彷徨せ、両手両足に嵌めたロイヤルリング経由でアゲハの”中の人”と共同作業をしていた。しかし、精神感応共有の最高レベル”全拡張”まで使用できる琢磨だったが、今は”視覚拡張”までにし、クローの推理も聴いていたのだ。

「今回の作戦から外交目的を推理できたのは見事だね。だけど、作戦プランの練りが甘すぎるかな。そのプランだけだと不確定要素が多すぎて、何処かで破綻するね。ただ、大枠は正しく推測出来ているし、今ある情報から結論を導き出した考察力は良い線いってるかな」

「すっごい~。クローとは思えないぐらいだね~」

「予め答えを聞いていたに一票だぜ」

「ソウヤ、正解だ。クローは潜入作戦の工作員兼、地下革命組織のお飾りシンボルになるための教育を受けてたからな」

 ジヨウの暴露で微妙な空気が流れたが、珍しく琢磨がフォローを入れる。

「いやいや、それでも大したもんだよ」

 クローの出自は、大シラン帝国の封家と呼ばれる貴族であった。

 大シラン帝国の制度に公爵、公爵、伯爵などはなく、封家に序列がある。功績や失態によって序列は変動し、クローのファイアット家は封家の位を剥奪されていた。

 クローの本名はクロース・ファイアット。

 ファイアット家の17代当主にあたる。

 大シラン帝国が降伏勧告を受け入れ、王族と封家が権力を手放し暗黒種族との共同戦線に加われば良い。そうでない場合、クローを旗印に大シラン帝国打倒へと、数多ある地下革命組織やレジスタンスを纏めあげるのだ。

 革命に失敗したらクローはオセロット王国に戻り、士官学校に入学する。革命に成功したら身の振り方は、クロー自身に任せることになっている。

 僕は、革命に成功した後のクロー君の選択を一応聞いているけど、再度の確認をする必要があるだろうね。人生を左右する重要な岐路となるし、その状況になってみないと判断できないこともある。

 さてと・・・そろそろ僕はアゲハとの精神感応共有レベルをあげるとしようかな。

「お父さま。艦隊の現状確認に後2時間ほどかかる予定だそうです。棚橋少将が状況説明と作戦の最終確認会議をしたいので、3時間後に旗艦に出向いてい欲しいとの連絡がありました」

「棚橋少将なら分かってくれてるはずだよね」

 溜息を吐き、恵梨佳の透明感のある声が、諦観を含めて琢磨に伝える。

「アゲハのコントロールルームからなら構わないと・・・ただし、必ず出席して欲しいとのことです」

「まあ仕方ないね。それより、どうして恵梨佳に連絡するんだろうね。僕に直接連絡すればいいのに・・・」

 実の父親を一睨みしてから答える。

「それも答えましょうか?」

「ああ、なんとなく想像がついたから必要はないね」

 計画通りに作戦が進捗しているなら、任せっきりにしたいのが琢磨の本音である。報連相の重要性は重々承知の上で、琢磨はサボろうとしていたのだ。

 問題が発生すればアゲハのCAI+Uこと”中の人”が報告してくる。なにせ、この宇宙船のセントラルシステムのCAI+Uは、就航してからの1年半の間、琢磨の判断基準を学習していたのだ。

 CAI+Uはクリエイティブ アーティフィシャル インテリジェンス プラス ユニークの略であえい、”独自発想人工知能”といわれる。

 つまり何か不測の事態が発生すれば、中の人が琢磨に報告するし、予測の範囲であれば対処もしてくれるのだ。


 アゲハのコントロールルームから、わざわざ全拡張して琢磨は幕僚会議に出席していた。

 ジヨウ達もアゲハのコントロールルームにいる。しかし、幕僚会議に参加できないのは当然のこととして、恵梨佳以外はオブザーバー出席も禁止されている。ジヨウは全力で単位取得に励み、遥菜とレイファは真剣に単位を取得しようとし、ソウヤとクローは億劫そうに単位取得の作業をこなしている。

 琢磨は真剣。それでいて話半分であった。

 オセロット王家の直轄の特務艦隊の中で、パウエル中将率いる特務第3艦隊を中心に5個艦隊約500隻の遠征である。琢磨の双肩には将兵の命運がのしかかっているのだから真剣にならざるを得ない。

 しかし、報告内容は予測範囲内であった。

 老齢入り、体重の増加と反比例して髪の量も減らしたと噂されているパウエル提督と、楓艦隊副指令官”フランソワ・アングレール”少将のいる。そしてパウエル提督と同年齢なのに毛髪が豊富で、この遠征で琢磨の考えに対する理解を深めた楓艦隊参謀長”ギンツブルク”少将もいるのだ。

 話半分で聞いていても、作戦に支障はないだろう。

 しかも今回の遠征には1500メートル級の大型宇宙輸送艦”カナガワ”で、研究開発本部所属の伊吹大佐が作戦の技術支援をするため同行している。琢磨は伊吹大佐の能力を高く評価しているし、技術的手腕を信用している。その上、彼は5年目に勃発した暗黒種族との戦争、その最初の本格的戦闘に巻き込まれ、武勲を立てた士官である。

 つまり琢磨の軍事分野での出番は、今回の遠征の戦略と作戦を計画した時点でないも同然。それなのに幕僚会議の終了時、楓艦隊司令官のパウエル提督は琢磨に全艦隊への開戦宣言を促す。

『幾つかの変更対応はありましたが、概ね予定どおりですな。それでは早乙女閣下、本遠征の意義と作戦開始の宣言を』

 大シラン帝国に対する降伏勧告は予め録画してあり、自分の役割は終了と考えていたため、完全に不意を突かれた。

「それは、やはりパウエル提督が相応しいですよね。将兵の士気にも関わりますので・・・

『総司令官たる早乙女元帥の役割ですな』

 パウエル提督は冷たく言い切った。

 幕僚会議の場へと足を運ばなかった琢磨への意趣返し・・・ではなく、パウエル提督は実直なだけであろう。

 仕方なく琢磨は起立し、服装の乱れがないか確認してから全艦隊へ向け演説する。

「CAIコール、全艦に通達! これからオープンチャネル等々で大シラン帝国に降伏勧告をする。こちらの提示した条件で降伏するはずはないので、24時間後に戦端が開かれるだろう。この遠征の軍事的勝利により、大シラン帝国はオセロット王国への如何なる抵抗も完全無力化するという外交的勝利をも得る。後顧の憂いを断ち切り、暗黒種族との戦争に勝利するためでもある。大シラン帝国に外交的勝利を得た後、暗黒種族との戦争に相応の負担をしてもらう。大シラン帝国に最前線で矢面に立ってもらうのは最低限だね」

 つい本音を漏らしてしまったので、咳で誤魔化してから琢磨は言葉を継ぐ。

「作戦はほぼ予定どおり進捗しているので、オセロット王国は本遠征で大シラン帝国に軍事的勝利を手にする。将兵諸君は万全を期して作戦を実行にしてほしい。なお、大シラン帝国の現政府を打倒するためのシナリオは用意してある。本作戦による軍事的勝利が大シラン帝国滅亡の始まりであり、新生シラン国誕生の前夜となる。将兵諸君の奮戦を期待する。以上だ」

 全艦に通達したので、当然アゲハ内のコントロールルームにも演説が流れていた。

「何回かみたけど、琢磨さんの扇動はえげつないぜ」

「全くだ。普段とは別人だぞ」

「王族スキルって凄いよね~」

「まてまてお前ら、あまりにも失礼すぎるだろ。せめて人心掌握ぐらいに・・・」

 ジヨウ君の発言も全くフォローになっていので、琢磨は一言、皆に聞こえるように呟く。

「今日の僕のトレーニングは、ここの全員で立体格闘戦技かな。特にソウヤ君、クロー君、ジヨウ君とは全力で愉しみたいね」

「俺も?」

 驚いた声をだしたジヨウに、琢磨はとても良い笑顔で答える。

「当然だね」

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