第6章 暗黒種族 「僕の優先順位からするとね。君たちは殲滅かな」 2

 コンバットオペレーションルームの中央に、巨大な3次元立体映像で星図が再現された。左右のサブディスプレイには星図の補助情報が映し出される。

 星図には、オセロット王国領を中心とし、オセロット王国軍とエルオーガ軍、大シラン帝国軍の戦力分布が模式化されていた。青いオセロット王国軍に対して赤いエルオーガ軍。そして、端に、ほんの少しだけ黄色くなっているのが、大シラン帝国軍だった。

 手強いオセロット王国軍から、攻略が楽な大シラン帝国軍へとエルオーガ軍が攻略先を移していった結果だった。それは水が高い所から低い所へ流れるかのように・・・。

 オセロット王国軍はエルオーガ軍を国境の外へと追い出した。

 しかし、大シラン帝国軍は敗走を重ねている。エルオーガ軍は帝国を侵食し帝国本星に迫りつつある。

〈オセロット王国の境界ネットワーク装置まで、本船は最短距離で6回の時空境界突破航法を実行しなければなりません。その航路は、帝国軍を侵略中のエルオーガ軍の勢力範囲でもあります。他のルートを選択しても、危険度はあまり変わらないでしょう〉

 マーブル星系にあった時空境界突破航法装置“マーブル1”と同様の装置がオセロット王国領の主要星系と、それを繋ぐ航路に設置してあり、オセロット王国宇宙航路網を形成している。オセロット王国では単に境界ネットワークと呼んでいて、人が居住している王国内の惑星には1~2日ぐらいで移動できる。

 ソウヤとクローは、途中何度か、というより何度も、茶々と冗談と突っ込みで中の人の説明を中断させ、恵梨佳の蔑むような視線を浴び、遥菜からは呆れられ軽く罵りを受けた。

〈キセンシは予備パーツとソウヤ機のパーツを使い回し、2機を配備可能となります。整備完了予定は2時間後ですが、最終調整は機体の稼働確認を兼ねて、パイロットに実際操縦してチェックしてもらいます。エイシのエリカ機は特に調整事項はありません。ソウヤ君には・・・〉

 ソウヤにとって、漸く本命の説明に入ろうとしていた。

〈シミュレーション機で、精神感応の精度向上訓練をしてもらいます。かなり地味な訓練です〉

「なんでだよ? 戦闘訓練じゃねーのか?」

〈エイシはロイヤルリングを4本使用します。両手両足につけて、どのロイヤルリングからでもエイシと最低限の精神感応共有を出来るようになってもらう必要があるためです〉

「キセンシでは、両腕だけで問題なかったぜ」

〈エイシでは、キセンシのざっと10倍の精神感応精度が必要となります。ロイヤルリングはルーラーリングの5倍以上のオリハルコンを使用していて、精神感応による疲労が増します。その一方、高精度の精神感応も必要となります。因みにミスリルも使用されています〉

「大変そうだね~」

「だけどよ。すげぇー、反応速度があがりそうだぜ」

「・・・もしかして、感覚拡張も必要になるのか?」

 ジヨウが呟くと、恵梨佳が正解であると教えてくれる。

「流石はジヨウ君です。良くオセロット王国の技術を勉強しているようです」

 感覚拡張? 帝国にはなかった概念だぜ。

 得意気な顔に、少し悪い表情を加えた遥菜が、ソウヤに向かって口を開く。

「キセンシでも、本物のパイロットは視覚拡張まで出来るわ。アナタたちはアゲハの中の人のアシストがあって、漸くビンシーと渡り合えただけ。それに視覚拡張なんて初歩の初歩で・・・」

 しかし遥菜は、それ以上の説明を口に出せなかった。

 突如、コンバットオペレーションルームの照明が落ちたためだ。

 アコースティックギターとベース、エレキギターにピアノ、シンセサイザー等の楽器がポップな感じの曲を大音量で掻き鳴らす。次に、3次元ホログラフィーが無意味に高精細で色鮮やかな光線を部屋中に拡散させる。

 唖然としたソウヤたちは、呼吸するのも忘れる程だった。

 何せ、曲の良さが全く理解できない上に、光の演出の意図が掴めない。

 30秒ほどで徐々に部屋が明るくなり、3次元ホログラフィーが消え、音楽が終了した。

 メインディスプレイの映像に、3方向からスポットライトを浴び、老齢に差し掛かった男が映し出されていた。

 彼は豪奢な服と共に威厳を纏い、椅子にゆったりと座っている。歩んできた人生の厳しさが、刻みついた眉間の皺と、眼光の鋭さに顕れている。そして男からは、勝手気儘な雰囲気が滲み出ていた。

 ふざけたジジィだぜ。さっきの演出は、この登場シーンの為だけに創られた違いない。そして多分、いや絶対に、我が道を往く性格に決まってんぜ。

「あら、お祖父さま」

「グランパ、お久しぶりですわ」

 恵梨佳と遥菜の様子が、さっきまでとは微妙に変わった。

 警戒してんのか? 猫かぶってんのか?

 どうやら、両方らしいが・・・。

 どことなく恵梨佳と遥菜は、映像に映っている男の面影がある。血縁関係にあるのは間違いねーな。

『久方ぶりだ、恵梨佳、遥菜。漸くアゲハと通信が繋がった。心配していた』

 男の口から紡がれた音は、伸びのあるバリトンボイスだった。

「お義父様。誰かに用ですか? もし、恵梨佳と遥菜になら、ごゆっくりどうぞ。僕は仕事が残ってるんで、彼らと共に席を外しても良いですかね?」

 琢磨の態度や声の調子は、あまり変わらっていない。しかし、言葉遣いが心なしか丁寧になっていた。

 琢磨さんと男は全く似ていない。義理の父親。やはり彼女たちは母親似なんだろうな。ならば、琢磨さんが初めから語っていたように、遥菜たちとは血の繋がりがある親子となる。

『もちろん孫娘との会話は重要だ。ワシが一番に会話する権利がある。2人の元気な姿を確認できて満足だ。だがな、ワシは仕事の為に、1週間連続で三乃御所に泊まり込んでいるのだ』

「そうですか、お義父様も大変ですね。それでは、もう暫し孫娘との会話をお愉しみください。僕達は気を利かして席を外しますね」

『待つのだ。泊まり込みの仕事とは、マーブル軍事先端研究所の後始末に忙しかったのだ。それに安心せよ、揚羽を含めた貴様の関係者は、通信が繋がった瞬間に一人残らず招集をかけておる。それとな、アゲハへは強制通信しているのだ。ここ以外と通信は不可能なのだ』

 口角を吊り上げて、邪悪な笑みを浮かべ断言した。

「アゲハからの王都への通信は三乃御所にしかできない・・・と。ああ、本当ですね。お義父さま、それでは早く用事を済ましませんか? 時間がかかるようだと、ハッキングしてしまいそうになりますね」

『半年ぐらいでは、その性格は変わらんようだの。辺境に10年ぐらい行ってくれんか?』

「それは僕も願ったり叶ったりかな。家族全員と使用人で移住して良いですかね?」

『何を言っておる。家族は置いてゆくのだ』

「揚羽が、お義父さまを許さないと思いますが。どうかな、揚羽?」

 通信先の部屋の奥から、透明感のある落ち着いた女性の声がアゲハに届く。

『琢磨の言う通りですね。お父さま、そろそろ替わっていただけないかしら?』

 彩り美しいドレスを身に纏った女性が顕れた。恵梨佳か遥菜を大人にして、麗しく知的にした容姿と雰囲気だ。しかし、その嫋やかな笑顔の下に、有無を言わせぬ迫力がある。

『相変わらず目聡いというか鋭いというか・・・お帰りなさい、琢磨』

 揚羽の表情が、少女のような笑顔になる。

 ホントに恵梨佳と遥菜の母親か? 年齢を詐称してるんじゃないのか? それとも、映像をリアルタイム加工してるとか?

 失礼なことをソウヤは想像したが、口に出すような愚かなことはしなかった。

「やあ、揚羽。恵梨佳も遥菜も無事だよ。蒼真はどうしたのかな?」

『隣の部屋にいるわよ。あなた達の姿をみたら、我慢できなくなるでしょうから・・・。それよりも、ちょっと見慣れない方々もいるようね。紹介はしてもらえるのかしら?』

「ああ、彼らは僕が早乙女家に招いたんだ」

「オレは使用人になった覚えはないぜ」

 招いたというからには使用人としてではなく、最低でも客人扱いしてくれるはずだ。

 それを理解した上で、ソウヤは軽口で応じたのだ。

 もちろん、クローも同様に軽口を叩く。

「我もだ。ファイアット家として、早乙女家との付き合いは構わぬが、使用人にはならんぞ」

「琢磨さんの助手として働けるなら、俺は楽しいだろうなぁ」

「ウチね~。オセロットにある遥菜のドレスを全部試着して~、それから考えようかな~」

「わかったわ。レイファにいてもらうためなら、毎日新しいドレスを用意するわ」

 恵梨佳が琢磨の娘としてではなく、有能な秘書として場を仕切る。

「話が纏まりませんので、メインディスプレイでは、お父様が軍事関連の処理をしてください。軍事技術者や研究者、将校達がやってきたようです。私達はお祖父さま、お母さまとサブディスプレイで話をしています。特に、マーブル軍事先端技術研究所でのお父さまの所長としての雄姿・・・というより所業をお話ししたいと考えています」

『それは愉しそうね。今度は、どんな逸話が生れたのかしら?』

「ママ! 彼女はレイファ。私たち友達になったわ。家にきてもらっても良いわよね」

 恵梨佳と遥菜、それにレイファが、側面の壁一面のサブディスプレイへと移動する。

 サブディスプレイでは女性陣が華やかな会話を開始した。

 その横で、ソウヤはお堅い野郎どもの面白みのない会話に付き合っている。

 正直付き合いたくもない。だが、琢磨さん達の会話を聞いておかないと、いつの間にか都合よく使われることになるに決まってるぜ。しかもロイヤルリングを使ってエイシを操縦するというような、魅力的なオプションが付くから始末に負えない。断れねーじゃねーか。

 同じように考えてか、ジヨウとクローもメインディスプレイの前に残っている。

 琢磨は軍事技術者や研究者への指示、宮廷関係者との陰険芝居、政治家との会談を済ませた。最後に残された将校達との打ち合わせ。それらが、漸く終了しそうだった。

「・・・・・指定ポイントに、楓艦隊のうち一個艦隊を寄越してくれないかな」

『琢磨様と王女殿下をお迎えするのに、一個艦隊を派遣するのは吝かではありませんが、王家直轄の楓艦隊を動かすのは・・・』

 王女だと?

 ソウヤは思わず恵梨佳たちに視線を移す。

「対エルオーガ軍用の特殊装備でよろしく頼むね。詳細はコネクトで確認してくれないかな?」

 いつの間に琢磨が相手のコネクト通信したのか分からなかったが、クールグラスを着けた将校は表情を変化させて返答する。

『これは・・・、畏まりました。陛下に許可をいただき、すぐさま手配いたします』

「そこに、王太子がいるよね」

『・・・そっ、そうでした。失礼します』

「よろしく頼むね」

 部下数人を引き連れて将校は、遥菜たちの祖父に緊張気味に話かける。

『王太子殿下。ご歓談中に申し訳ありませんが、楓艦隊の緊急出撃の許可を頂きたいのです』

『なんだ、トラーディ元帥。不躾であろう。軍人に宮廷作法を覚えよとまでは言わぬが、ワシは今、孫娘達と久方ぶりの会話を堪能しておるのだ』

 どうやら聞き間違いではないようだ。すると恵梨佳と遥菜は、ホントに王女なのか・・・。

『はい、申し訳ございません。しかし琢磨様から、救援艦隊にオセロット王家の直轄の特務艦隊の中で、パウエル中将率いる特務第3艦隊の派遣を要請されておりまして・・・。その・・・琢磨様から、今すぐにとの指示がありまして・・・。颯艦隊の進軍スピードが必要でして・・・』

「ああ、お義父さま。”許可する”と一言頂ければ、恵梨佳達との会話を堪能していてくださって構いませんから・・・。実は、急を要するんですよね」

『急を要する表情ではないようだがな。少し緊張でもしていれば可愛げがあるものを・・・』

 嫌味としか捉えようのない台詞を、威厳を込めて放つ王太子殿下に、琢磨は何らプレッシャーを感じないていないようだった。

「これは、結婚してからの後天的な個性ですからね」

 恵梨佳と遥菜が王女であるかを、今尋ねるべきではないとソウヤは発言を控える。

 ジヨウは驚愕と呆れで言葉がでない。

 そして、クローは・・・サブディスプレイの前で跪く。

「お初にお目にかかる王太子殿下。我はクロース・ファイアット。大シラン帝国ファイアット家が17代当主である。我ら・・・」

 王太子がほんの少し興味を抱いたようで、器用に右眉だけつり上げた。

『ほう、ファイアット家は断絶したと聞いていたが・・・』

「封家の序列を奪われましたが、断絶はしておりませぬ」

『ふんっ。それで何だ?』

「我らは大シラン帝国を捨て、縁あって恵梨佳様、遥菜様と邂逅。王女様の安全なご帰還に、命を懸けておりまする。無事に送り届けた暁には、我が家の者供の身の安全を保証して頂きたく存じま・・・・」

「誰が我が家の者だ!」

 ソウヤが跪いているクローの肩に横蹴りを入れた。

 クローは衝撃を逃すよう横に2回転してから立ち上がる。

 すかさずジヨウが、さっきまでクローのいた場所で跪き、完ぺきなオセロット王国語で堂々と詭弁を弄する。

「王太子殿下。クロースの妄言をお許しください。彼は、自己犠牲という名の病気にかかっているのです」

「オレたちはクローの仲間だ。罰せられるも賞されるも一緒だぜ。賞されるときは、オレ一人でもイイけどよ」

『ほう。中々、弁えぬ者達のようだな・・・。だが、面白い。貴様らの身柄は、琢磨が引き受けると申しておったな。ワシも国王陛下に口添えを約束しよう。まあなぁー、恵梨佳と遥菜が一言陛下に申せば、事は済むだろうが・・・』

 そこからソウヤたちは、遥菜たちの会話に加わり、王太子に尋ねられたことを答えるという流れになった。

 その会話に飽きてきたソウヤが、視線だけ横に向け琢磨を眼の端に捉える。琢磨はどうやら、面会者全員との会談を終え、別の世界に旅立っているようであった。

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