〈退屈〉

 真っ白な部屋で、ロボットの腕が、ツミキを積んでいる。

 腕は、部屋の中央の床から直接生え、病院のような白いライトに照らされながら、様々な形をしたツミキたちを、掴んだり放したりを繰り返している。ツミキたちは湿ったように黒く、腕は搭載したカメラで、その黒たちを知覚している。腕は、黒い塊が何であるのかを理解していないが、それらを積めばいいということだけは、なぜかわかっていた。

 直方体と円錐を縦に並べ、高さの合わない二つの上に、また直方体を、今度は横向きに置く。傾いた直方体の上に置く次の形を選ぶように、腕は周囲を見回す。腕の作動音だけが、部屋に響いている。腕は音も知覚している。球体を持ち上げ、これではないと判断し、床に落とす。黒の球体が白い床に当たる乾いた音に、一瞬、何かの反応を示し、動きをやめた。なぜ反応したのか、腕はわからず、再びカメラで周囲を探す。白い部屋には、入口もなければ、出口もない。腕の周りには、すでに三個の黒い構造物が完成していた。

 最初の一つを完成させるのは、やや苦戦した。腕はまず初めに、球体を選んだ。その上に立方体を乗せようとすると、どうしても滑り落ちてしまう。腕は、ツミキの中で最もシンプルな形状であるように見えた球体に執拗にこだわり、それを何度も繰り返したが、必ず崩れていく二つを前に、自分の体の一部が、発熱していくのを感じた。その熱は、腕にとって不快なものだった。崩れる際に球体が転がるに対し、立方体はすぐに動きを止めることに気づくと、やがて球体を諦め、立方体を一番下に置くことを考えた。不必要と判断された球体は、無視された。黒の構造物は、上へと伸びていき、それはやや不安定だったが、ある一定の高さに達すると、〝1〟とカウントされ、腕は数字にある種の満足感を覚えた。コツを覚えた二つ目は、ある程度の安定性を維持し、スムーズに完成した。数字が〝2〟になる。三つ目は、最初とは別の理由で苦労した。使い易いと判断した形が、残り少なくなっていた。アーチ状のツミキを二つ倒して並べ、土台となる平面を作った。その上に、細長い板状の黒を二枚立たせ、二枚が倒れないよう、厚い円盤を上に敷くように設置した。円盤の平面の上に、L字型の黒を立てて置く。Lの先端は細く、腕は次の形に迷った。しかし、高さまではあと少しだった。Lの先端に、十字型の先端を、恐る恐る合わせていく。腕は、またあの熱を感じていた。面と面が合わさったところで、震えがちに指を離し、カメラでしばらく見守った。数字が〝3〟になると、腕は満足した。

 四つの白の壁に囲まれ、自分の黒い影が床にぎこちなく動き、黒のツミキと、またその影たちを見、ここには、自分と、限られた数のツミキしか存在しないことを、腕は漠然と意識していた。三つの構造物を崩さないよう、空間の奥に転がる黒い形たちを観察している。その多くが、球体や、三角錐、円錐、円錐を二つ合わせたような形といったものだった。腕の中で、それらは除外の対象となりつつある形だった。腕の視線は迷う。自分の作動音だけが、苛立たしげに部屋に響いているのがわかる。しかし、動きを止めるわけにはいかない。その時、背後で音がした。腕は振り返る。自分の根元で、三つ目の構造物の頂上の十字が、床に落下していた。腕の一部が、その頂上に衝突したのだった。腕は、その場で硬直しながら、数字を確認する。〝3〟のままだった。

 腕は、何かに気づく。でもそれが何かわからない。しかし腕は、自分が初めからそれを知っていったような気がした。しかし、それはことだと、意識の隅に追いやっていた。自分が十字を落下させたのは、本当に偶然だったのだろうか。腕は発熱していく。この熱はなんだろう、と腕は考え始める。考えるほど、熱は上昇し、腕は自分の危険を察知する。

 三個の構造物が、粉々に弾け飛んだ。宙に黒の鋭い軌跡が放射状に描かれ、壁に音を立て衝突し、床を転がる。一瞬のことだった。腕は、床の軸を中心に、自分の体を、水平に激しく回転させていた。

 数字は〝3〟のままだった。

 腕は、電気の痺れを感じている。何かが、自分の中で高まった。何だろう、と思う。自分で気付いていかなかった、メーターのようなもの。その数値が極端に上昇し、腕はそれに、快感を覚えていた。ツミキを積んだ時の満足感とは、別の種類の快感。腕はしばらく動きを止める。それから、あることに気づく。構造物に既に組み込まれていた、使い易いと判断した形状が、再び床に転がっている。

 腕は、選別を始めた。立方体や直方体といった安定した形を手元に置き、球体や円錐などは、壁際に追いやった。立方体と直方体だけを、積み上げていく。それは瞬時に高さに達し、数字が加算された。そして、出来上がったばかりの黒い塔を、崩す。崩すのは、積むよりも簡単だった。

 なぜだろう、と腕は考える。なぜ自分は、これらの黒を前に、積み上げることしか考えなかったのだろう。。黒の塊たちを、ある状態から、別の状態に移すという点で、それらは共通しているはずだった。なのに、積み上げると数字は増え、しかし崩しても数字は増えない。腕はわからなくなっていた。崩す方が、積むよりも簡単なのに。

 しかし腕は、作業を継続しなければならなかった。白い部屋には、自分と黒のツミキしかない。腕は、崩した塔を再び再現し、カウントされる数字に満足し、それを崩す快楽に浸る。同じ形たちを使い続け。不要とされた黒たちは、壁際で大人しい。自分が腕に使われるのを待っているようでもあったが、腕はもう見向きもしない。腕は直方体を縦に使い、素早く高さを作る。それを崩す。再び積み上げていく。

 白い部屋には、入口もなければ、出口もない。だが、腕はまだ気付いていない。部屋の天井には、目に見えないほどの小さな穴があり、そこには、腕の行動を常に観察する、別の視線があった。

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