ⅩⅥ

 パーティー仕様の握り寿司を見事完食した私たちは、簡単に洗い物を済ませてからリビングに移動してテレビを見ていた。今日は見たかった番組が野球中継で延長となり、違う番組を見て時間を潰していたら事もあろうにあの御曹司が神妙な面持ちで記者会見をしてる映像が映し出された。

「うわっ、何か拒否反応」

「私も。チャンネル変えよっか?」

 私は番組表をチェックしたが、見た限り野球中継が一番マシそうであるのでそこにチャンネルを合わせる。

「うん、野球中継の方がマシよね。巨人が負けてるから見たくないんだけど」

 ミカは家族総出で熱狂的な巨人ファンだ。一時的なものだとは思うが、このところ負けが込んでいてアンチの私からしたら楽しくて仕方がない。

「たまには負けりゃいいのよ、その方が面白いじゃない」

「巨人が強くないと野球がつまらないわ」

「巨人一強が通用する時代はとおに終わってんの、何なら毎年違うチームがリーグ優勝してる方がよっぽど面白いわ」

 私はセ・リーグよりもパ・リーグ派だ。かつてはセ・リーグに比べて人気が無かったのだが、最近はスター選手の輩出も増えてきて面白くなってきてると思う。

「どこかパ・リーグの試合してないかなぁ?」

「BSでやってたと思うけど、もう終わってるわね」

 だったら巨人戦か……私たちは違う思惑を抱えて野球中継を見ているとピンポンと玄関から聞こえてきた。もう夜九時を過ぎている、余程でないと宅配便だってこんな時間に来やしない。

「誰だろ?」

「知らん知らん、居留守でも非常識じゃない時間よ」

 ミカは玄関が気になるみたいだが私は居留守を決め込み、動く気などさらさら無い。

「宅急便かも知れないよ」

「誰宛てのよ? あの二人宛のを受け取るつもり無いわよ。それにもしそうなら『宅急便でーす』って言うでしょ」

 うん……ミカが後ろ髪引かれるように玄関を見つめていると再度ピンポンと聞こえてくる。

「やっぱ気になる」

「何で? 暴漢ちっくなのだったらどうすんの?」

 私はミカを引き留めるが大丈夫だよと言って玄関に向かう。いくらミカが護身術を習っているとは言っても三十代の一般女性である。本当に暴漢だったら何が起こるか分かったもんじゃない。

「止めときなってば、事件になったらどうすんの?」

「逆に用があって訪ねてこられた方だとしたら物凄く失礼な事してるのよ私たち」

「こんな時間に来る事自体失礼でしょうが」

 私止めたわよ、でもこうなったミカはこっちの言う事なんて聞きやしない。仕方が無いのでもしもの時の目潰しになればと殺虫剤を持たせてから玄関に向かわせた。

「はい」

 ミカは玄関を開けずに応答する。

『夜分遅く申し訳ありません。新垣仁志にいがきひとしと申します』

 にいがきひとし? 誰だそれ? ミカが私を見てきたのでそんな男知らないと首を振る。

「えっ? 仕事関係の方じゃないの?」

 ミカは玄関から離れ、声をひそめて訊ねてくる。

「そうなら事前に連絡受けてるわよ」

「それもそうよね。ちゃんと名乗るだけマシそうだから開けるわよ」

「危なかったら殺虫剤顔面に吹っ掛けるのよ」

 分かった。ミカは殺虫剤を持つ左手を背中に回し、チェーンを外さずにそーっと玄関を開けると……安っぽいスーツに身を包んだ香津の“若い彼氏”だった。

「何か御用でしょうか? こんな時間に訪ねてきて」

 ミカは相手が分かると一気に強気な発言になる。いやでもマジでこんな時間の訪問はご勘弁して頂きたい。私も相手が分かった途端思考が逸れる緊張感の無さ……それくらいにこの男の訪問は拍子抜けとしか言い様が無かった。

「あの……西山香津さんはご在宅でしょうか?」

「いえ不在です、事前に連絡は取り合われたんですか?」

 ミカはこの男を毛嫌いしていたのでまぁ話し方の冷たいこと冷たいこと、だからって女だらけの他所様の家でセックス三昧の野郎に同情してやる気は全く無いが。

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