ⅩⅠ

 そんな感じで話をしていると、鳴海さんが意外な事を言い出した。

「私たち、“あの”御曹司と奥様にお会いした事があるのよ」

と鳴海さん。ここでもあの“エセ美談婚”かとは思ったが、彼女元々はタブロイド紙のカメラマンだそうでゴシップ情報は今でも耳に入ってくるらしい。

「それはタブロイド紙時代ですか?」

「ううん、辞めてから。ベビー雑誌の物撮りの仕事が入った時だから結婚報道の半年ちょっと前かな?取り扱ってたベビー服ブランドの社員さんだったんだけど、彼女海外生活が長かったみたいでちょっとズレてる印象だったわ。庶民派ぶってる割にブルジョワで」

 鳴海さんの言葉に相川さんもうんうんと頷いてる。

「確か4LDKのマンションを購入したって話してた妻子持ちの編集者さんに『プライベートルームですか?』ですよ、話の前後ちゃんと聞いてないし、一人暮らしで4LDKも要らんでしょ? って思いましたもん」

「本人が当時一人暮らしで4LDKだもん、通勤で使う車が一千万する真っ赤なベンツ、どんだけブルジョワなんだって感じよね?」

「当時は公になってなかったけど多分御曹司の貢物ですよね? ベンツなんて二十代平社員が買えるレベルじゃないですもん、ご実家は普通のサラリーマン家庭らしいですし」

「身に着けてた物もいちいち高級ブランド物でね、一般的な二十代のお給料では間違いなく破綻するわ、話し方も一見下手で穏和なんだけどそれがかえって嫌味なのよ」

「挙句使ってた撮影スタジオのビルのオーナーが例の御曹司で、その日何故か現場に来て仕事中にも関わらず奥様との私語が煩かったんですよ。只でさえそういうのって有り得ないのに、公私もきちんと弁えられないドラ息子」

「本当にドラ男っぽければともかく、下手にルックスだけは良いから余計に印象が悪くてね」

 とまぁ女二人が寄れば話が止まらない止まらない、鳴海さんと相川さんからしたら仕事中に騒がれるのは腹立たしいと思う。自由業はその場その場が真剣勝負、それで我が身の進退が決まる事だってあるのだから横槍を入れてくるような事をされたらたまらない。松井さんも私も随分とマナーの悪い男だなと思わず頷いてしまった。

「まぁマナーが悪いのは困るよね」

 と松井さん、彼女も週刊誌担当時代があったからひょっとして二人が話してたような内容をご存知だったのだろうか?

「悪運尽きた人間の成れの果てを見ている気分です」

「ここへ来てボロボロ出てきてますからね。婚外子の件だって公になってないのも入れると四人はいるはずですよ、女関係派手なのは十代の頃からですからまだ出てくるんじゃないですか?」

 もうゲス過ぎて目も当てられない、今度御曹司をメディアで観る機会があったら間違いなく何らかの拒否反応が出そうだ。

「そう言えば奥様って見た目的にはどんな感じなんです?」

 あぁ、私もそこは興味がある。野次馬根性丸出しだが、御曹司が囲うほどだからそれなりの美人さんなのだろう。と思ったら……。

「大柄でやたらと乳がデカイだけって感じかな? 顔もパッとしないしこんなのどこが良いの? って今でも思う」

「仮にも亡くなられてる方なんですからもう少しマシな表現あるでしょ。でも身体目当てかなぁ? って不謹慎を承知でも思ってしまうくらいに流され易そうな方でしたね」

「あの御曹司の性格考えたらお似合いだったんじゃない? 何でも言いなりの頭悪い系、仕事の出来もイマイチでコネ入社丸出し」

‎「英語話せりゃハイスペックだと思ってんの、一言って一も出来ない割にね」

「うわぁ辛辣だなぁ」

 二人の不謹慎発言に松井さんは苦笑いしていた。話の内容はともかくとして、それをきっかけに女四人の取材旅行は時間が余るくらいに順調に進んだ。


 それにしても鳴海さんのパワフルさには圧倒されっぱなしの一週間だった。エネルギッシュな彼女に何年も付いてきてる相川さんも素晴らしい女性で、細かい所まで気の回る仕事振りは見事の一言に尽きる。

 その点は松井さんもなのだが、こうして一流の方たちと仕事をすると如何に自分が体たらくで怠け者かという現実に向き合わねばならない。実際のところはそれすらも気にしている場合ではないくらいに目の前の事に集中しておかないと足を引っ張ってしまうのだが、少人数とは言え団体行動、自身が不器用で行動がとろくてもそれは言い訳にすらならない。それなら下準備を怠らなければ防げる範疇の事なのだ。自身の力量くらいは把握しておけ、と言うだけの話である。

 私にとっては取材旅行が終わってからが勝負、今回の企画は出版社内でもかなり気合を入れているようで、駆け出しで書籍出版も無い私ごときに個室を提供して生活の面倒まで看てくれるので責任は重大だ。

「今回は普通に楽しんでしまいました」

「そうね、それが読者様に伝わる記事になればきっと売れると思う。期待してるわよ」

「はい、頑張ります」

 私は用意されている個室に入り、人生初の“カン詰め”を経験した。

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