秘密

第8話 大切な隣人付き合い

 夕食を食べシャワーを浴びた後、ベッドに転がりながら今日一日を振り返る。高校生活も初日なのに色々ありすぎた。

 友達と再会したり、新しく仲良くなった友達と出かけたり、そして何よりもその内の一人とは隣人だったってことも。

 天井を見ながら一つずつ思い出していると、スマホが震える。


『今日はありがとう! 二人はちゃんと帰れたかな? また遊びに行こうね。』


 メッセージに加えて、帰り際に三人で撮った写真を一條が送ってくれていた。プリクラとは違い、この写真は自然な表情で撮れている。どう返信をしようかと迷っていると、再びスマホが震えた。


『ありがと! また遊びに行きたいね。ちゃんと帰れたよ、篠崎君も途中まで送ってくれたし』

『それはよかった。迷子になってないか心配したよー』

『もしかして方向音痴だと思ってる?』


 五十嵐と一條の会話が始まっていた。途中まで送ったって言っているけれどさ……途中っていうか隣の部屋までだよな。まあ、家までは行ってないから途中っていうのは間違ってないけれど。

 そうだ、そろそろ返信しないと。


『二人ともありがとな。方向音痴の五十嵐を途中まで送ったから安心して』

『篠崎君も私のこと方向音痴って言うの!?』


 落ち着いた雰囲気の五十嵐だが、文章ではテンションが高くて面白い。僕もつい弄ってしまった。

 その後も他愛の無い会話が続き、気が付くと時刻は午前0時を過ぎていた。


『あーもうこんな時間だ。そろそろ眠らないと明日が! 二人はどうする?』

『そうね。そろそろ』

『僕も眠くなってきたな』

『じゃあお休みー!』

『おやすみなさい』

『お休み、また明日な』


 メッセージを送り、スマホを枕元に置く。やっぱり今日は色々あったなと考えながら目を瞑った。

 お休みなさい。





 目覚ましの音が遠くで聞こえる。目を開け時計を確認すると午前八時。

 おはようございます。本日三回目の起床。流石にそろそろ起きないと遅刻する。




 朝食を食べようと部屋を出ると、朝食の匂いが充満していた。今日はパンだな。

 急いでリビングへ行くと、先に食事をしていた母さんと目が合う。


『もう八時だけど間にあうの?』

『大丈夫。食事はするし、遅刻はしない』

『それならいいけど、もう少し早く起きてくれば朝食は冷めないんだけどな』


 はい、ごめんなさい。

 あっ、早く目が覚めれば朝食は冷めないってことね。……と自分で考えたのだが、あまりのくだらなさに呆れる。早く食べ終えて出発しよう。

 朝食を済ませ、準備を終えた僕は急いで玄関の扉を開ける。時刻は八時二十分。三十分までに登校しないと遅刻になってしまうが、十分あれば間にあうはずだ。

 いってきます、と小さく呟きながら学校を目指した。




 昨日よりも舞い散る桜の花びらが多くなった通学路を歩く。舞い降りてきた花びらが僕を避けるように、目の前で小さく舞い上がるのを見ながら、早く家に帰ってゆっくりしたいなと考える。

 高校生活には青春という言葉が似合うが、青春にはどんな言葉が似合うのだろうか。朝、チラッと目に入ったテレビでは、どうやら恋愛らしい。僕自身にはその言葉は似合わない。要するに、そんなのが青春ならば高校生活に夢も希望も憧れも無いということ。他の皆が三年間舞い続ける桜だとすれば、僕の場合はすでに散ってしまい何度も踏まれている花びらだ。

 こんな自虐的なことを考えているのは、足元ばかりを見ているからかな。上でも見れば変わるのかもしれないけれど……あぁ、眩しすぎる。

 太陽の眩しさにやられ、前を向くと。やっと学校が見えてきた、間に合いそうだ。





 八時半のチャイムが鳴り響く中、四階分の階段を駆け上がる。結局、間に合うかどうかの時間になってしまった。

 足が重くなるし、息が切れそうだ。チャイムが鳴り終わるギリギリで、四階の踊り場に到達した。ここで生徒指導の教師が遅刻のチェックをしている。

 ども、おはようございます。と小さく呟きながら先生の横を通っていく。階段を駆け上がったからなのか、遅刻だと呼び止められるないか心配しているせいなのか、心臓がバクバクしている。うるさいな、本当にうるさい。

 



 良かった、間に合った。

「はぁ、セーフ」

 心の声を思わず漏らしながら席に着き、天井を見上げると横からスッと手が伸びてくる。

 

「何がセーフだよ。アウトだよアウト」

「ぐっ、一ノ瀬か。なんだよ朝から」

「何だよじゃねぇよ、あの写真だよ。あの写真」

「は? 写真?」


 思いっきり肩を揺さぶっていた手が離れ、スマホの画面が差し出される。

 そこには、『初デート記念(浮気)』と落書きされた一條とのプリクラだった。昨日撮ったやつだな。


「初デートってなんだよ! おい、初デートって。しかも浮気って」

「よし、落ち着け」


 一ノ瀬、ステイ。

 っていうか流石に必死過ぎるのではないかと思う。デートだ浮気だと騒ぐせいで周りの目が痛い。そろそろ弁解をさせてくれないかな。


「とりあえず、デートでもないし、浮気でもない。そもそも彼女もいない」

「じゃあこれは。これはなんだ」

「ほら、昨日お前が部活に行った後、この辺を一條と五十嵐に案内したんだよ。それで、時間があったから撮ったってわけ。正直、それはびっくりしたよ。ほら、これが三人で行ったって証拠」


 三人で並んだ一枚を見せる。これで納得してくれれば良いんだけれど。


「あ、うん。確かにな。そうか……そうか、じゃあこのデートは冗談ってことで良いんだよな」

「もしかしたら冗談じゃないかもよ?」


 声の方を向くと、一條が笑いながら手を振っていた。うわ、これはまた面倒になるかもしれないな。隣から一ノ瀬の圧力を強く感じる。


「やぁ、おはよう紫苑くん。ギリギリだったね。今日は休むのかなって心配したよ」

「おはよう、一條は今日も元気だな。休めるなら休みたいよ」

「はは、そう言いながらも登校するなんて、真面目だねー。そうそう、朱音ちゃんも休むのかなって心配してたよ」

「心配って、また冗談を。な、五十嵐」


 隣にいる五十嵐に声を掛けるが、そうね、と言い窓の外を見てしまった。これはまずい。もしかしたら、冗談じゃなかったのかもしれない。

 その横顔に、ごめんと謝りつつ顔色を窺う。


 「ごめんごめん、別に気にしては無いから大丈夫よ。それよりも早く誤解を解いた方が良いんじゃないかしら」

 

 呆れたような表情を浮かべ、僕の後ろを指さす。そうだった、いま一番の面倒事を忘れていた。


「おい、いつから五十嵐さんともそんなに仲良くなったんだ?」

「昨日だよ。さっき画像見せただろ」

「そうだった。もう一回、確認するけどデートじゃないんだよな」

「うん、デートじゃない。そろそろ一條も訂正してください、お願いします」

「ははは、ごめん。面白くてついね。圭、あの画像は冗談だよ」

「ほらな。僕に彼女はいないし。そもそも彼女いらないし」


 なんだろう、誤解を解くためだとしても心が痛い。まあ、彼女はいらないっていうのは八割本音なんだよな。……残りの二割は気にしないでもらいたいが。

 はあ、朝から心を負傷した気がする。怪我したので早退できないかな。

 

「安心したよ。篠崎が出会って一日の相手と付き合おうとする人じゃなくて」

「いやいや、心配してたのそこじゃないだろ」

「何のことかな」


 ごまかすのが下手だな、どうせ一條の方を心配していたんだろ。何はともあれ、誤解を解けてよかった。その後は、一ノ瀬に昨日の放課後の事を話しながら時間を過ごす。

 一條と五十嵐も加わり話をしていると担任の先生が教室に入ってきた。朝のホームルームの時間だ。

 どうやら今日は身体測定があるらしい。寧ろ、身体測定しかないらしい。一年に一度の、身体測定の話題で教室中がざわつく。知っていた人、忘れていた人、知らなかった人とその様子はバラバラだ。

 僕は今日も早く帰れることが分かり、帰った後の過ごし方を想像する。何をしようかと考えていると、一つの心配事が浮かんだ。

 小声で一條を呼びかける。


「なぁ、この写真は誰にも見せてないよな」


 僕と五十嵐を指で交互に差しながら伝える。その様子を見た五十嵐も心配そうに頷く。


「安心して、さすがに二人の画像は見せないよー」

「ありがとう、安心した」

「うん。私も」

「あっ、もしかして二人の秘密にしたかったり?」

「二人の秘密って、三人目が目の前にいるんですけど」

「そうだった。ふっふっふ、弱みを握っちゃったかな。おっと、後ろを向いてたら先生に怒られる」

 

 弱みって、それを作り出した元凶はあなたですよ。

 そして、一條の言った「二人の秘密」という言葉にドキリとした僕は、無意識に五十嵐の方を向いてしまった。それは五十嵐も同じみたいで目が合う。この状況にお互い、どうしていいか分からず乾いた笑いをしていた。


「ちょっと今、ドキッとしたわ」

「焦ったな」

「えぇ。そうだ、今朝は何時に家を出たの?」

「八時ニ十分」

「うわぁ……ギリギリね」

「そんな冷たい目で見るなよ、ギリギリでも間に合ったから問題ないさ」

「まぁ、休むときは連絡しなさいよ。心配くらいしてあげるから」

「やっぱり、さっきの少し怒ってたんだろ。って、うん。そうだな、連絡するよ。その代わりそっちも連絡しろよ。お見舞いくらいしてあげる」

「ふふ。何されるか分からないから、お見舞いは遠慮しておくわ」

「そう言うと思った。でも、何かあったら言えよ。話くらいなら聞くから」


 話の流れで柄にもない事を言ってしまったが、これも大切な隣人付き合いだ。醤油の貸し借りが出来るくらいは良好な関係を築きたいものです。そもそも醤油を借りる機会が来ない可能性の方が高いけれど。

 改めて考えると、学校では席が隣で、マンションでは部屋が隣ってなかなか珍しいよな。そして、そんな二人きりの秘密を持つのは疲れると実感する。



 気付けば、ホームルームも終わり休み時間になっていた。

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