記憶にまつわるエトセトラ。

いある

第1話 はじめまして

 春と言えば。何を思い浮かべるのだろうか。

 新たな出会いに胸を躍らせる者もいるだろう。親しき者との別れに涙を流した物もいるだろう。異動の知らせを受けて落ち込む者もいるだろうし、そんなものは関係ないとばかりに自分の道を歩み続ける者もいるだろう。


 まぁ僕は何も考えずに進学する阿呆なのだが。桜舞う季節とはいうものの、花などどこにでも咲いているじゃないか、その花達には目を向けてやらないのか、なんてひねくれた考えをしてしまうタイプの人間だ。

 自分で悪い癖だとは思っていないが生きにくい考え方だな、とは思っている。だがこの十五年。割とひねくれた両親のもとで育まれた思考回路は『はいそうですか』とばかりにその癖を直してくれたりはしない。そんな風に変わっているのなら今もこんな考えを頭に浮かべてはいない。

 両親にとって華々しいはずのただ一人の息子の入学式にはあたかも当然のように両親は来ない。仕事が忙しいだのなんだの言っているが、両親二人ともの日記に不倫の予定が入っているのも僕は丸っとお見通しだ。

 一応僕の前では親のような顔をして過ごしているが結局ふたりともただのケダモノだ。生活を支えてもらっている身だから何も口出しすることは無いが、心の底から二人の事は軽蔑している。




「…でさー!聞いてるのか?ひのとぉ!」

「あぁ、悪い悪い。そんで?オークに捕まったワルキューレがあんだって?」

「ちっげぇよその話はもう終わったよ今は田舎に暮らしてるお姉ちゃんのところに遊びに行ったショタがさぁ!」

「ほーん…その話もう五回は聞いたぞ」

 僕にだって友達くらいはいる。むしろ友達は多いくらいだ。入学式が終わって教室にやってきた僕たちは教師から学校に関する話をされた後、下校の合図をされた。

 その後も残って話している人間のうちの一人というカテゴリに僕は属している。

 周りを見れば見覚えがある顔もチラホラと見受けられるが、一番うるさくやばそうなやつといえば目の前に君臨するこの男。

 阿賀野拓海あがのたくみだろう。ぶっちぎりで。

 何しろ彼は自分の気に入ったエロゲの展開を大声で話始めるのだ。ただし超イケメン。イケメンゆえに周りの女子はどう反応すべきか困惑しているのだ。

 手を出すべきかどうか。手を出しても大丈夫なのか。

 結論から言おう。やめろ。

 何が問題か一言で伝えるのであれば『これで最大限配慮している』という点だろう。

 下ネタを言わなければ死んでしまう病(自称)の彼からすれば周りに気を配ってる俺スゲー状態だ。僕自身も何故友だちとしてやっていけるのか甚だ疑問だ。

 彼の自室はエロの巣窟だ。古今東西のエロを寄せ集めてごちゃ混ぜにした世界だ。

 右を見ればR18のVR。左を見れば江戸時代の春画。時間軸すら超越した空間である。

 そんなわけでやべーやつだ。このヤバさとイケメンという相反する二つの調和が目の前の男である。

「…わぁったよ。流石にやべーやつっていう印象が付くのもいやだし控えとくよ」

「おせえよタコ。今更ってのにもほどがあるだろ」

「そんなことより丁」

「いま自分に対する最悪の印象をお前『そんなこと』って言ったな???」

「いや真面目な話」

「…ん?」

 拓海の目を見て真剣な色が感じられ、俺もツッコミの手を緩める。だがその本人は目の色はそのままに――

「やっぱなんでもねえわ。帰ろうぜ、丁」

 そう言った。















 高校の門を出て数分後。道路の脇を歩きながら目を合わせることなくどちらからともなく話を切り出す。

「…んで?らしくねぇじゃん拓海。なんだよ真面目な話って」

「なぁ、『記憶喪失少女』の話知ってるか」

「…?真面目な話、なんだよな。都市伝説の類か?」

「信憑性、という意味では都市伝説に近いかもしれん。お前の隣の席の女の子いるだろ。髪が真っ白の。」

 そういわれて思い返してみると人目を引く少女が居たような気がする。

 少し見かけただけだが、人形のように整った顔立ちをしていた。どこか物静かでともすれば死んでいるのかと錯覚してしまいそうなほどに。

 拓海の話では、彼女の記憶は一日も保たないらしい。そういった特異体質である彼女は自分の家すら記憶できないとかなんとか。

「そんなマンガみたいな話あるか…?そもそもそれならそれで対応してくれる学校に行くだろ?なんでこの学校に」

「…それは本人しか知らないらしいが本人が忘れてて永遠の謎なんだとよ」

「なんだそれ、マジで都市伝説じゃないか」



 だけどなんだがそのときの僕は馬鹿らしいと一笑に付すことができなかった。

 もしそれが本当だったとしたら、と真剣に考えこんだ。口では都市伝説、なんて言いながらも心の奥底でその存在を確信していたような気もする。

 それは拓海も同じようだった。真剣な表情のまま、二人とも黙って近くの駅へ向かう。


 そんな時だった。噂をすればなんとやら…なんて言うが。改札の前で手もとのメモを眺めながら泣きそうな表情をしている白い長髪の少女を見つけたのは。

 おろおろしながら路線図を眺め、子羊の様に困惑する様は見る者の庇護欲を掻き立てるに十分であった。

 恐らく例の少女だ。話しかけようか迷ったが…こんな表情をしている女の子を放っておけるほど僕は精神が強くない。ひねくれているはずだったのにこういうところで残酷になりきれないあたり自分もまだ捨てたものじゃないらしい。

「どうしたの…?なんだか困ってるみたいだけど」

 僕の声にぎょっとしたような表情を見せた彼女は数秒どうするべきか迷った後、おそるおそるといった様子で話を切り出した。

「お、お恥ずかしながら私、家の場所が分からなくって…」

「…記憶喪失ってやつなんでしょ、君。風のうわさでいろいろ聞いてる」

「ご存知でしたか…えっと、それでこの住所に今日から住めって言われてるんですけど、分かりますかね」

 非常に情けなさそうに肩をしゅんとおとして僕にメモ用紙を差し出す少女。白い紙の中から僅かに覗く耳は紅潮していたように見えた。

 大変なんだろうなぁ、とのように考えながら徐にメモ用紙に目をやり…目をこすり…もう一度見た。





「…この住所僕の家じゃねえか」


 どうやらではないらしい。

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