♯5 幼馴染のマオリくん



「レフィア! 必ず迎えに来るから待っててくれ!」


 マオリは振り返る事なく走り去っていく。

 私はただ、その後姿を見送るしかなかった。


 その時は思ってもみなかった。


 一緒にいるのが当たり前だった。

 気付けばいつも隣りにいた。


 それが当然で、そんな毎日がずっと続くのだとそう、疑いもしていかなかったのに。


 まさかそのまま、いなくなってしまうだなんて。


 そのままマオリは、私の隣からいなくなってしまった。


 人口600人程の静かな農村。


 私の生まれ育ったマリエル村は、言ってしまえば田舎の農村だった。街道からも外れていた村には人の出入りがそうある訳でもなく、村中のみんなが知り合いだった。


 私がまだ4歳くらいの時。どこからか行商人の親子がやってきて、村に住み着いた。


 珍しい外からの転居者に、私も少なくない興味を持ったのを覚えている。


 それが、マオリとセルおじさんだった。


 セルおじさんは小太りで人当たりがよく、すぐに村に馴染んでいた。行商人だったおじさんはとても知識が豊富で物腰も柔らかく、色んな人がセルおじさんに相談を持ちかけるようになっていた。


 けれどマオリは、そんなセルおじさんとは対称的な男の子だった。愛想も無くいつも不機嫌そうな顔をしていたように思う。


 村の子供達の輪から離れ、いつも一人ぼっちでどこか遠くを見ている。そんな変わった男の子だった。


 最初に声をかけたのはいつだったろうか。

 それは、私ではなかった。


 いつも一人ぼっちだったマオリを見かねて、声をかけた子が、逆に泣かされて戻ってきた。


 訳を聞こうとしたら無視したので小突いた。


 頭を押さえながら涙目になった顔が、やたら可愛かったのでやっぱり小突いた。


 何やら訳の分からない事を偉そうに語りだしたけど、次の日から強引に仲間に入れた。


 白磁で出来たお人形さんのような外見とは裏腹に、マオリは傲岸で我儘で乱暴で、そのくせ泣き虫で怖がりで寂しがり屋の、とても面倒くさいヤツだった。


 目を離すとすぐに他の子を泣かすので、お目付け役としていつも傍にいるようになった。


 そうすると自然に、セルおじさんと顔を会わせる機会も増えていって、色んな話をよくするようにもなっていた。


 正直、無愛想で何かと突っかかってくるマオリと一緒にいるのは面倒臭かったけれど、セルおじさんから聞く話はとても魅力的だった。


 小太りのセルおじさんは本当に物知りで、家に行く度に色んな話を聞かせてくれた。


 知らなかった事を覚えるのが楽しくて、文字や計算、剣の振り方まで本当に色んな事を教わった。


 気がつけば、マオリとはいつも一緒にいるようになっていた。一緒にいるのが当然で、何をするにしても、何処へ行くにしてもいつも一緒にいたように思う。


 一緒に落とし穴を掘ったり、野生の猪を狩って食べたり、屋根に巣を作った大蝙蝠の羽根をむしって、マントを作ったりもしていた。


 マオリといるのは楽しかった。


 他の子とは出来ない遊びでも、マオリと一緒なら安心して挑戦する事が出来た。

 マオリとなら、とことん遊ぶ事が出来た。


 12歳の時。村長さんが隠していた砂糖菓子を盗んで、牛小屋の天井の梁の上で食べていた時。突然、足元の梁が崩れた。


 ヤバいと思った。


 梁とともに落ちていく中で私は咄嗟に、変な態勢のまま柱にしがみついた。必死だった。


 砂糖菓子を口一杯に頬張ったまま、ヤモリのように柱に張り付いた私は、マオリに助けを求めた。他に方法が無かったから。


 手が痺れる前に梯子を持ってきて欲しいと。


 落ちれば牛糞まみれになってしまう。そうなれば砂糖菓子を盗み食いしたいた事もバレてしまう。とにかく必死だった。


 口の中の砂糖菓子が邪魔で上手く喋れなかった私は、ひたすら目で訴えるしかなかった。


 思いが通じたのか、マオリは使命感に燃えた面差しで力強く立ち上がってくれた。


「レフィア! 必ず迎えに来るから待っててくれ!」


 私も力強くその言葉に頷いた。


「おい待て」


「はい?」


 幼馴染みのマオリとの思い出話の途中で、魔王が疲れた様子で私を止めた。


「裏切られた話をするんじゃなかったのか?」


「はい。ですから私は、そのマオリとの約束を信じんて震える手を叱咤しながらも、日が暮れて、両親に見つかるまで待ち続けたのに、彼に裏切られたのです」


 あの後はめっちゃ辛かった。


 両親に怒られ、村長に怒られ、ご飯は抜かれ、あげくに折った牛小屋の梁まで修理させられたのだ。


 あの時ばかりは両親が鬼に見えた。


「その次の日には、マオリもセルおじさんも村にはいませんでした。私が柱にぶらさがってる間に村人にはお別れをすませていたらしく、私だけがそれを知りませんでした」


 約束という言葉を聞くとあの時の事を思い出す。

 1人柱にぶら下がりつつも、非情にも時間だけが過ぎていくあの絶望感。

 いつまでも来ない助けを待つ、虚しさ。


「後にも先にも、あれほどの裏切りを受けた事はありませんでした。もし今でも彼に会えたらどうしてくれようかと……。魔王様? いかがされたのですか?」


 気鬱な気分で過去のトラウマと復讐の憎悪をたぎらせていると、魔王がテーブルに片肘をつき、頭を抱えていた。


「……陛下」


「何も言うな。アドルファス」


 よろつきながら立ち上がる魔王様。

 アドルファスもリーンシェイドも、何だか可哀相な人を見る目で魔王を見守っている。


 ……どうした。急に。


「レフィア。落ち着いたらで良いので返事を考えておいてくれ。アドルファス。レフィアに城の案内を頼む。……少しでいい。独りにさせてくれ」


「仰せのままに」


 足元をふらつかせながら去っていく魔王。


 話せ言うから話したのに。

 何か疲れるような事でもあったんだろうか。

 ほんと、何がどうした魔王。


「何か魔王様に悪い事でも言っちゃったかな……」


「貴様も相当……。……いや、あえて何も言うまい」


 アドルファスが何かを言いかけて止める。

 相当、何だよぅ。

 文句があるならちゃんと言えよブタゴリラ。


「そのマオリさ……んとは、その後は?」


「その後も何もそれっきりすっきりさっぱりで、今頃どこでどうしているのやら」


 リーンシェイドがお茶のお代りを注いでくれる。

 思いの外喋る事が出来て喉が渇く。

 ほんと、どこでどうしてるんだろうね。

 出来れば元気でいてくれるといいなぁとは思う。

 そうでもないと、おもいっきり恨みを晴らせない。


「……さて、陛下より城の案内を命じられた。不本意だが案内してやる」


「あに様。さすがに口が過ぎます」


 不承不承といった感じで、ぼやくアドルファスをたしなめるリーンシェイド。この二人、兄妹かい。

 言われてみれば似てなくもない。


「だが、さっきの話を聞いてしまうとコイツに礼をつくすのも何だかな……」


「仮にも王妃様にそのような物言いは不遜に過ぎます。立場というものがあるのですから」


「まだ王妃になると決まった訳でもあるまい。正式に陛下が娶られるまでは、ただの村娘だろ」


「陛下が望まれるのでしたら、それはその通りになるのです。いえ、ならなければいけないのです」


 ならなければいけないって。

 言い切っちゃうんだこの子。何だか凄いな。

 あに様もさすがに引き気味になってる。


「分かった。もういい。ここでお前と言い争うつもりもない。レフィア……様。城を案内するのでついてこられよ。いつまでも部屋の中にいても退屈だろう。兵士達の修練場を案内しよう」


 なおも言い募ろうとするリーンシェイドを制して、アドルファスは扉の方へと身をかわした。

 確かに退屈は退屈だ。

 お茶もお菓子も美味しそうだけど、見てるだけじゃそんなの拷問と変わらん。コルセットの締めつけがきつすぎて、摘み食い一つ出来やしない。


 にしても、最初に案内するのが修練場かい。

 一応これでも淑女な乙女だってのに。

 絶対面倒くさがってるだろ、お前。


 不服に思いながらも私達は部屋を後にした。






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