ある地域で噂の都市伝説9

■6月9日 午後7時12分 森本風花


 私は家に向かって歩いていた。この近所は人通りが少なくて薄暗いので、早く家に帰りたい。

 家の脇まで来たところで、横にある狭くて暗い路地裏から、ぬうっと人が出てきた。

 誰だろうと思って顔をあげると、長い髪をして、マスクをしていて……。口裂け女だっ! その瞬間、すぐに逃げようと思ったけれど、手を掴まれてしまった。

 もう片方の手でカバンについている防犯ブザーに手を掛けようとしたところ、その手も捕まってしまった。

「ねぇ、アタシってキレイよね?」噂通りの質問をしてきた。

 マスクをしているので表情は確認できないけれど、私を見る口裂け女の目からは何か訴えかけるような狂気のような、殺気のようなものを感じた。殺されるっ。

「ポマード! ポマード! ポマード!」私は必死に叫んだ。

「うるさいわね。静かにしなさい」

 口裂け女は人通りのない路地裏の中へ連れ込み、片方の手で私の両手を掴むと、もう片方の手で口を押さえた。

「んぐっ!」苦しい。

 口裂け女は再びゆっくりと確かめるように訊いてきた。

「ねぇ? アタシ、キレイ、よ、ね?」

 私は涙目になりながら、コクリ、コクリと頷いた。

「そう。じゃあ、あなたのお母さんよりもキレイ?」

 私は再びコクリ、コクリ、コクリと頷いた。強く押えられていて、息が出来ない。

「そうよね。そうよ、アタシの方がキレイだわ。あんな女、あんな女のどこがいいの? あんな女、死んでしまえ」

「ふふ、ふふふ」と口裂け女は不敵に笑うと、私と目を合わせた。

 殺される。口裂け女に殺されるっ。

 私は泣きながら首を横に振り、精一杯の力で喉から音を発した。

「んーんん! んぐっ! んん!」助けて! だれか助けて!




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