王城までの道のり


 ❄❄❄


 関所を通り、手形を持たない私は王都の宮廷騎士団へ身柄を引き渡された。

「話が違うだろう」と丁重に抗議させてもらったが、ちなみに私をここまで連れて来た騎士団長は鼻で笑って「さぁ、何のことやら」と言うので、今度は力ずくで抗議させていただいた。


「お嬢、怖い」


 不揃いに舗装された石畳は馬車の車輪がぼこぼこの石を乗り越えては大きな揺れが襲う。これならば馬に乗せてもらえれば良かった。車窓から眺める王都は辺境の村よりにぎわっていて、人がとにかく多かった。


「お嬢、王家に目を付けられたらどうするんだ?」


 この馬車も高いのだろう。木枠や壁の木に服が引っかからないし、何より座席に座っていて体が痛くならない。装飾が派手なあたり貴族の馬車であることがうかがえる。

 まあ、乗ったことがあるのは農業用の荷馬車の荷台だ。比べるのもどうかと思うが。


「お嬢、そろそろ無視しないで――」


「話が違うぞ。大分」


 鷲色の目をまっすぐ見つめながら問う。


「私が連れてこられたのは“不敬罪”。騎士団へ連れていかれるのはわかる。だけどなぜ私は王城まで連れていかれなければいけないんだ?」


「お嬢のところにいた娘の誘拐犯として、かな」


「はっ……冗談だろう。君は私が公爵令嬢の誘拐犯だと言いたいのか?」


「もちろん、冗談」


 ソラは爽やかに笑う。


「だろうな。さっさと答えろ」


「不機嫌全開なのはわかるけどね、お嬢の場合本気で殺――」


「三、二、い――」


 魔力を指先に込めてソラのこめかみにとん、と当てる。ちょっと苦しい自白剤のようなもの。


「わかった、ストップ! 罪で王城に行くんじゃなくて、褒賞をもらいに行くんだって!」


 生命の危機を感じ取ったソラは慌てて距離をとる。といっても、せまっ苦しい馬車の中、上半身をのけぞらせるくらいしか逃れる方法はないけれども。


「褒賞?」


「お嬢の近所に森があったでしょ? あそこでお嬢が魔女をやっつけたから」


「……帰る」


 金色のドアノブに手をかけようとした時、すかさずソラが私の手首を掴んできた。


「放せ」


「それはお嬢でも無理。というか落ちちゃうよ? ここ馬車の中、わかる?」


 子供に言い聞かせるようにして顔を覗き込んでくる。すごく、癇に障る。


「派手にやり過ぎたのは自覚している。君が君の主とやらに報告したのだということもわかる。だが私を登城させれば何が起こるかわかるか? 戦争だ」


「何でだと思う?」


「何で? あの森を抜ければ国境に。それを越えれば隣国だ。ことが大きくなればやがて戦争になる。それはわかるだろう。どうやって褒賞とやらを贈るつもりだ? 『隣国から送られてきた魔女を倒した功績で』? 冗談じゃない。そうなれば私は兵器として軍の狗どころか王族の狗として前線に立たされる。自由などない。避けられる戦争をわざわざするというのか?」


「べつに魔女の集団を倒したっていうのでもいいんじゃない?」


「魔女一人に熟練騎士数人がかりでやっと倒せる実力程度しか持ち合わせていない奴らの前で? 確実に兵器へ素晴らしい昇格を遂げ戦線へと立たされるだろう、さあ満足か、え?」


 吐き捨てるように言おうが、ソラは気圧されたふうでもなく飄々としている。それが余計に神経を逆撫でした。


「残念ながら、お嬢の軍入りはもう決定事項。戦争ももう決定事項。一年以降にあっちの軍が侵攻してくるだろーな」


「は……?」


 口から乾いた声が出た。軍入りは決定事項?


「ちなみにエバ公爵とは王城で会えるよ?」


 かちり、頭の中で何かが繋がった。エバ公爵、すっかり忘れていた。


 が貴族であったのは私でさえ気づいていた。半年前、公爵家の令嬢が賊に攫われたという噂を小耳にはさんだからもしかしたらと思っていたんだ。けれどスレイは家に帰ろうとしない。むしろだった。

 本当に賊に攫われたのであれば、考えられるのは身代金目的か、奴隷商へ売られる、しかしあの子は『物乞い』だった。


 あの子は魔女を見た時どんな反応をしていた――?


 何かがおかしい。普通なら、あの魔女の集団を見てイリヤや、レヴィルのような反応をする。あそこまで冷静にいられない。大人でさえも。魔女とはそういうものだ。この国では忌避され、恐怖の対象なのだから。


 エバ公爵の元へ帰ろうとしなかったのは、帰れない何かがあった――?他言できないほどの、が。

 ただ、この考えからしたらエバ公爵は敵国の間者スパイである可能性が高い。スレイも、もしかしたら意に反して協力させられているのかもしれない。


「スレイ公爵令嬢の生い立ちは?」


「養子だそうだ。それからは家庭教師をつけて家から一歩も出ない、病弱な令嬢だったと」


「エバ公爵は、彼女が失踪した前の様子は?」


「公爵夫人が亡くなられて、随分憔悴していたみたいだよ。その後は、悲しみのあまり表情があまり出ないようになったらしい」


「ソラ、君自身の意見を聞きたい。エバ公爵は、間者スパイだと思うか――?」


 ソラは一瞬逡巡したように視線を迷わせ、今までに見たことない、真剣な表情で答えた。


「……ああ」


 目を閉じた。大きく呼吸して、目を開いてから、視線をゆっくりと彷徨わせた。


「あの子は『病弱な令嬢』だと思うか?」


「いんや?俺が見た限り、肉付きは悪いけど素晴らしい健康体だと思ったね」


「私が拾ったときも、大人びた子供ではあったけど。そもそも外を歩けないほどだったら物乞いする前に死んでいると思うが」


「納得だ」


 そこまで話して疑問に思った。私は思ったことを話していただけだが、ソラはどちらかと言うと私と似た考えを持っている。だったら、私と同じ、戦争に反対するはずだ。


「なあ、君は何故戦争に反対しないんだ?」


 私が尋ねると、ソラは瞠目してくしゃりと笑った。


「俺も主も戦争反対派さ。だけど現皇帝……と、お后様が賛成派でね。押し切ったんだ」


「理由は?」


「肥沃な土地を求めて。あと、かつて奪われた我らが土地を奪い返せ。忌むべき魔女が治める国を滅ぼせ。だ」


 それを聞いて、何か、胸やけするような奇妙な感覚に襲われた。多分言葉で表せば『気分を害した』に近いかもしれないけど、それもなんだか違う気がした。

 ソラは何処か遠くを見ながら、あざ笑うかのように鼻で笑った。


「ソラ、もしかして一年って――」


「そ、休戦協定だ。主はこのまま和平条約まで持ち込もうとしていたけど、妨害されたさ」


 誰に、とは言わなかった。戦争反対派は本来少ないはず。未だ戦争の余波は濃く残っている。異様に物乞いの子供達が多いのも、親が戦争で亡くなった、もしくは養えなくなって捨てたからだ。

 それでも戦争をしようとするということは――。


「負け戦をしようとしているってわけさ」


「というよりも、ただ皇帝が民や兵力を把握していないというだけだが」


「そう? どっちにしたって変わらないと思うけどね」


 そのとき、ひときわ大きく馬車が揺れた。


「お嬢さん、着いたみたいだぜ」

 





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