辺境の森の中で――イリヤ

❄❄イリヤ目線❄


 ある日突然、貴方は人間ではないよ、と言われたらどう思うだろうか。

 さらりと告げられた言葉に俺は確かに驚いた。だけど、それは希望の光のように見えたんだ。

 民を守る騎士たちさえ数人でかかって、引きちぎり、果汁を絞るかのように握り潰し頭から血をかぶってなお獲物を探して蹂躙した白い仮面の化け物。

 俺を慕ってくれた妹分が目の前で絶叫と血飛沫を上げて死んでいったのを俺は忘れない。

 あの憎き魔女たちに復讐できる。そう思うと今すぐにでも立ち上がり、屠りたかった。

 だけど。


「聞こえなかったのか。足手まといだ。今回はここで待機。見学していろ」


 冷ややかに言い捨てたマリスさんが腕を上げただけで無数の剣が現れた。

 そして何事か呟くと、剣は一瞬で大量の魔女たちを頭から串刺しにして、たくさんの棒が並んだと思ったら何処かへいなくなっていた。見つけた時には、他の魔女とは何かが違う魔女の前にマリスさんは立っていた。

 魔女はがたがたと震えだした。恐怖、目の前にいる強者への畏怖だ。


『ヤメロ……コワイ、死ニタク、ナイ……ィ……ヤメロォォォォー!!!』


 咆哮、それは、絶叫だった。魔女の。それは――

 妹分が殺された光景と重なった。

 なんら妹の絶叫と変わらないそれに血の気が引いた。彼らから、魔人から見たら、俺らは何なのだろう。

 マリスさんが言った言葉を反芻する。今の俺では、足手まとい。傍から見れば、あの人がやっていることはいとも簡単に命を奪う残酷な殺戮の光景にしか見えない。マリスさんは、それを言いたかったのだろうか。


「イリヤ、レヴィル……今……」


「ああ……“声”が聞こえたな」


 レヴィルが頷いた。そして俺を見たらしいスレイが息をのむ気配がした。

 どうした、とスレイを見れば、彼女の瞳は薄紅色に淡く発光していた。闇にうっすらと浮かぶ双眸に思わず息をのむ。


「イリヤ、キミ、目が……」


 スレイの反応で気がついた。成る程。


「俺の目、赤い?」


「私も……?あ」


 そこでレヴィルを見たスレイは気が付く。もちろん俺も。三人とも瞳は薄紅色になっていた。それと魔女の声が聞こえたことは無関係に思えなかった。


「ああ、そっか……これが、“龍属の吸血鬼”の証なのね……」


 魔人と人間の間の種族だと、前にマリスさんは世間話のごとく話してくれた。


「なあ、イリヤ。見ろよ」


 レヴィルに突っつかれて視線を下へ向ける。

 よく見ると魔女の体にヒビが入り、砂のように崩れていくのが見える。そして崩れた砂のようなものは発光し、今度は浮かびあがってくる。千もありそうな魔女の遺体が崩れ、光になっていく光景はまさに圧巻だとおもう。


「蛍みたいだね」


 スレイがそう呟くと、レヴィルが首を傾げた。


「確かに似ているけど、こっちの方が明るいよな」


 俺もうなずいた。

 一つ一つはふわふわした光だ。しかし、光の濁流は激しく動いているように見えていて、地面はもう飲み込まれていた。明るく照らされた夜の森林と、空の暗さが相まってとても幻想的だと、目を見開いた。

 そして光はぽつぽつと消えて行き、最後は静寂と果てしない暗闇が広がっていた。






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