第2話 赤い石の力

 ――カラン。


 赤いピアスが地面に落ちる。


 途端、真っ白な光がピアスから吹き出し、オークは眩しそうに目を細めた。


「うおっ、なんだこの光は!」


 けど、それだけ。特にすごい魔法が発動するような気配はない。まさか本当にただのお守りだった?


「き、貴様、何をした!?」


「何もしてないわよ」


「嘘をつけ!」


 再び腕を振り上げるオーク。


「キャッ!」


 思わず私はオークの攻撃をかわした。


「何ッ、この俺様の豚人拳とんじんけんをかわしただと!?」


 目を見開くオーク。


 何? このオーク、えらく動きが遅いのね。豚だから??


 まあいいわ。反撃開始よ。大人しくて可憐な姫は、今日でおしまい。これからは、好きに生きるんだから!


「私に触るんじゃないわよ、この豚野郎!!」


 お返しに、私は振り向きざまに思い切り突きを食らわせてやった。


「ぐほぅ!!」


 腹に拳がめり込むと同時に、オークの巨体が部屋の反対側の壁にめり込む。


「あら? おかしいわね。そんなに力を入れたつもりは無いんだけど、あの豚、思っていたより軽いのね」


 目をぱちくりさせていると、パラパラと崩れ落ちる壁の破片と共に、顔を真っ青にしたオークが立ち上がった。手にはナイフを持っている。


「てっ、テメェ、何だこの馬鹿力は!」


「何よ、ただのパンチじゃない。おおげさな!」


 オークは私にナイフで切りかかろうとしたんだけど、何しろ動きが遅すぎて丸見えだから、逆に私がオークの腕をねじり上げてやる。


「いててててっ! おいっ、腕が折れる!」


「全く、いちいち大袈裟ねぇ! これぐらいで骨が折れるだなんて、骨粗鬆症なワケ?」


「痛え! 違うっ、お前の腕力が強いんだっ!」


 涙目になりながら喚くオーク。


 ……そうなのかしら。そう言えば、前より少しだけど強くなったような? もしかして、これがお守りのピアスの力なのかしら?


 お父様ったら、女たらしの耄碌もうろくジジイだと思っていたらたまには役に立つじゃない!


 私はオークの手からナイフを奪い取った。


「観念しなさい、豚野郎!」


「わーっ、助けてくれ! 俺には七人の幼い子供たちがいるんだ! 俺がいなくなったら生きていけない!」


 何こいつ。命乞いなんか始めちゃって。まるで私が悪者みたいじゃない。


「ふん、仕方ないわね、命までは取らないわ。その代わり、外まで案内してよね」


「し、仕方ない……」


 渋々、といった様子で外への道を案内する豚野郎。


 何だ、案外簡単に出られそうね。勇者なんか待ってること無かった。バカみたい。


 獣臭いオークとしばらく薄暗い石畳を進んで行くと、二本足の犬みたいなのが現れた。


「狼男様!」


 オークの顔が輝く。


「貴様か、逃げた姫というのは。師団長のこの俺が来たからには観念して」


 狼男が私の腕を掴もうとする。


「な、何すんのよ変態!」


 思わず足で狼男のすねを蹴る。


「キャイーーン!!」


 犬みたいに哀れな声を出して狼男は倒れる。床の上をのたうち回る狼男。


「何? 師団長って聞いたから身構えてたけど、意外と弱い?」


「いやいや。お前が化け物なんだよ」


 ボソリとオークが呟く。化け物だなんて失礼な!


「まあ、いいわ。とりあえず先に進みましょ」


 オークにナイフを突きつけたまま階段を降りる。


「貴様か、狼男を倒したというのは!」


 次に現れたのは一つ目の巨人、サイクロプス。


「悪魔貴族の私が成敗してくれるッ!」


 棍棒を振り上げる悪魔貴族。


「きゃあっ!」


 私は思わずサイクロプスにタックルして突き飛ばした。サイクロプスが思い切り壁にめり込む。


「な、なんなの。ガタイの割りにやけに軽いヤツね」


「いやいやいや」


 なんだろう。オークの顔がやけに真っ青だけど。まあ、いいか。


 とりあえず、さらに下へと階段を降りる。


 次に出てきたのは黒いフードと仮面をつけた怪しげな魔術師。


「ククク……我こそは四天王の」


「邪魔よッ!!」


「ケバブッ!!」


 怪しげな魔術師を張り倒して先へと進む。

 やがて外の光が見えてきた。


「見えてきた。出口だわ!」


 私が城の外へと出ようとした瞬間、低い声に呼び止められる。


「そこまでだ」


 私を呼び止めたのは、夜の闇みたいに漆黒の髪をした長身のイケメン。


 だけどただのイケメンじゃない。豪奢な黒い羽に二本の歪な角。血に濡れたように真っ赤な瞳。


 そして何より、思わず後ずさりするほど強い闇のオーラ……。


「魔王……!」


 私は憎しみを込めて魔王を睨んだ。


「おや、私の事を覚えていたのだな」


 くくく、と笑う魔王。


「当たり前でしょ。アンタのせいで、私はとんだ酷い目にあったのよ!」


「酷い目にあったのは俺たちだが……」


 とオークが呟くけど無視する。


 勇気を出してずい、と進み出る。


「アンタ、一発殴らせなさいよ!」


「ふふ、良かろう。できるものな――ぐはっ!!」


 とっとと帰りたい私は、魔王が喋り終わる前に魔王の横顔にビンタを食らわせた。


 しん、と辺りが静まり返る。


 魔王は、私がビンタを食らわせた勢いそのままに、地面に崩れ落ちた。


 ふん、ビンタぐらいで大袈裟ねぇ。

 と思ったけど、魔王はそのままピクリとも動かない。


「あ、あれ? ちょっと、あの……」


 最初はわざとかと思ったけど、なんだか様子がおかしい。まさか死んだ!?


 周りの魔族たちがザワザワし始める。


「た……倒した……」

「あの女、魔王様を倒したぞ!」

「あの女が、次の魔王様だ!」


 次の……魔王様??


「えっと……どういうこと?」


 尋ねると、オークは盛大なため息をついた。


「魔王を倒した者は、次の魔王となる決まりだぞ!」


 えっ、ウソでしょ!?

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