竜と竜狩り

しき

プロローグ

 嫌いな声が聞こえた。

 クリフの大事なものを壊した破壊の音が、山の中に響き渡った。


 今日はいつもと同じように終わるはずだった。任務を受け、街から出て、山に行き、任務を全うし、任務終了を報告し、帰りに酒を買って部屋で飲む。そんな風に今日も終わると思っていた。

 任務自体は難しくない。過去に何度か訪れた場所でのモンスターの生態調査。今まで似たような任務に就いたことがあり、慣れた仕事だった。


 しかし、今日は勝手が違った。

 地面に押し倒されたクリフの上には、グレザリンというモンスターがいた。

 グレザリン。クマ科のモンスターで人を襲うことがあるため、戦士団にはよくグレザリンの討伐依頼が届く。クリフが初めて挑んだときは苦労したが、今日という日までに十体以上も討伐してきたお蔭で、今では手慣れた相手だった。今のクリフならば十分もあれば倒せるようなモンスターである。


 そんな知己のモンスターにクリフは、今まさに殺されようとしていた。

 反撃しようとして武器を探すが、愛用の大剣は手から離れ、形見である黒刃のナイフは無くなっていた。

 成す術もないクリフに、死が現実味を帯びて迫ってくる。

 クリフの嫌悪する声が聞こえたのは、そのときだった


 突如、グレザリンは強く吹き飛ばされた。大音を立てながら地面を転がり、十メートルほど離れた場所でやっと止まる。死んでいてもおかしくない衝撃だったが、グレザリンは起き上がってクリフの方を見る。

 しかしクリフの前に現れたその存在を目にすると、グレザリンは硬直した。まるで蛇に睨まれた蛙のように。


 無理もない、とクリフは自分を殺しにかかってきたモンスターに同情した。

 数秒だけ膠着状態が続くと我慢できなくなったのか、それがまた嫌な声で鳴くと、グレザリンは我に返り、一目散に逃げ出した。

 その場には、それとクリフだけが残った。


 グレザリンが居なくなると、それはクリフの方に視線を変える。何かの反応を期待している様な目に思えた。

 クリフはそれに、当然のような応答を返した。


「次は俺の番か。人喰い竜」


 黄金色の竜。それは今まで見た中で、一番小さいサイズの竜だった。

 今まで発見された竜は、最低でも五メートルほどの体長がある。しかしクリフの前にいる竜は、三メートル程しかない小さな竜だ。幼体の竜かと思ったが、綺麗に生えた翼と全身を覆う鱗から、成体であるとしか考えられなかった。


 クリフは落ちていた大剣を拾って竜に向ける。

 竜を狩るのが竜狩りの存在意義。戦士であるクリフは、ここで竜を狩ることで自分が竜狩りに相応しいと証明したかった。たとえこの竜がクリフの命の恩人―――いや、恩竜か―――だとしても。


 クリフにとって竜は、親の仇であり、故郷の宿敵であり、全人類の敵であった。そんなクリフの胸中に、迷いは無かった。

 気を高ぶらせ、竜の動きに注視する。一挙手一投足を見逃さない。竜と戦うのは初めてだが、竜の挙動や知識は頭に叩き込んでいる。どんな動きにでも対応できる自信があった。


 二者の間に静寂が訪れた。竜は一向に動かない。クリフの出方を待っているのであろうか。仕掛けるつもりがないらしい。

 それならばクリフの方から動こうと、重心を前に傾けたときだった。


『ねぇ、恥ずかしいんだけど……』


 何処からか声が聞こえた。クリフは竜を視界に入れたまま、視線を動かして声の主を探す。

 視界内には人影が見当たらない。どこかに隠れているのかと焦りが生じた。


 竜が近くにいる現状で、誰かを守りながら戦うのは難しい。出来れば竜に気づかれずに逃げて欲しいところだ。

 だがクリフの想いとは裏腹に、声の主はまた喋る。


『そりゃこの身体はすっごくきれいだけど、そんなにずっと見られると照れちゃうよー』


 緊張感のへったくれも無い言葉に、クリフは違和感を覚える。竜を目の前にして言えるような発言ではない。たとえ竜狩りの戦士だとしても、竜を前にすれば戦闘に集中する。まともに竜の攻撃をくらえば、熟練の竜狩りでも致命傷になるからだ。

 だが声の主の余裕っぷりは、まるでそんなことを気にしていないかのようだ。


 そもそも発言内容がおかしい。ずっと見られる? クリフは竜から目を離しておらず、他の物をじっと見る余裕なんてない。にもかかわらずその発言は的が外れていると言っても過言ではないものだ。それともクリフ以外の者に言っているのだろうか。しかし、この場にはクリフと竜以外見当たらない。

 クリフは混乱している様を表に出さないように努める。竜相手に弱みを見せるのはご法度だ。隙を突け入れられる可能性がある。


『ねぇクリフ。ロロの話聞いてる? 流石にここまで無視されると悲しいんだけど……』


 だがその声が頭上から聞こえることに気づくと、クリフは動揺を隠せなかった。

 そこには竜の姿しか見えない。竜はクリフを見つめて、今か今かと反応を待っている風にも見える。そのうえ先程の声は、クリフの事を知っている様な発言である。

 そしてさっきの口調は、昨日会った人物と同じ喋り方だった。


 嫌な想像が頭に浮かぶ。まさか……。


『あ、もしかして気づいてない? じゃあちょっと待って』


 竜はそう言うと、突然竜の身体が縮み始めた。静かにゆっくりと身体が縮小し、三メートルの巨体がクリフよりも小さくなる。

 変化が終わると、竜の身体はヒトの身体へと変身していた。

 しかもその姿は、つい最近出会った少女のものだった。


「じゃじゃーん。黄金の竜改めロロちゃんでーす! ね、驚いた?」


 ウェーブのかかった金色のロングヘアー。蒼い眼で、人形を連想させる端整な顔立ち。透き通るような白い肌。

 そして素っ裸であった。


 胸、腹、腰、足。ロロは己の肢体を、一糸まとわぬ姿でさらけ出している。


 クリフはそんな彼女を見て、鼻から血を噴出してしまった。


「服を……着ろ……」


 倒れて気を失う前、クリフはそう呟いた。

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