私として私の論理の元に私の名において

 雅が何か手をぎゅっと握りしめて。

 そして小さく頷いて、口を開く。

「佳奈美さん、ひとつ聞いていいですか」

「ひとつと言わず、何なりととどうぞですよ」

 そう言って佳奈美は作戦会議中、始めて雅にまっすぐ向き直った。


「佳奈美さんは、きっと気づいているんですよね」

「何をですか」

 佳奈美はあくまで自然に尋ねる。

「気づいているからきっと、さっき私がヒューム値変動がわかった理由も聞かないんですね」

「急ぐ必要ない話は急がなくても大丈夫なのですよ」

 佳奈美はそう言って、そして何か微妙な作り笑いのような笑顔を浮かべて。

 そして続ける。

「でも、もしその先を言おうとしているなら。

 朗人。警報を切って、測定器を私によこすのです」


 佳奈美が何を言おうとしているのか、そして何をしようとしているのか。

 僕にはわからない。

 でも僕は迷わず言われた通り警報のスイッチを切り、測定器を佳奈美に渡す。

 佳奈美は確かにトラブルメーカーだし変わり者だ。

 実際僕は色々な迷惑や実害を被っている。

 中学時代からもう、数えきれないほどだ。

 でも、それでも、非常に困った事に。

 僕はこいつ自身の考え方や行動や発想は嫌いじゃない。

 好もしく思っているとさえ言ってもいいだろう。

 多分今までに出会った何処のどいつよりも。

 例えこいつに裏切られたとしよう。

 それでも裏切りの理由や状況さえわかれば納得できる自信がある。

 そうでもなけりゃこんなに長い事付き合いが続いている訳ないだろう。

 こんな田舎まで付き合ってやる事だってない訳だ。


 佳奈美は僕から当然のように測定器を受け取る。

 そしてその表示をしばらくの間確認している様子だ。

 神流先輩は何も言わない。

 あえて何も言わずに見守っている感じだ。

 そして。

「予想通りなのです」

 佳奈美はそう言って頷いた。

「動かないでその場でこの表示を確認して欲しいのです」

 僕らから見えるように測定器の表示部分をこちら向きにした。


 数値は1.3、ただし指数表示部分が01になっている。

 つまりヒューム値13という事だ。

「いつ気づいた」

 神流先輩がそう尋ねる。

 微妙に口調と表情が微妙に優し気なのは気のせいだろうか。

 佳奈美は小さく頷いて、そして口を開く。

「確信したのは最初の探検の後、あえて朗人にこの測定器を取らせた時点なのです。

 でも気づいたのはきっとそれ以前、ずっと前からなのです。

 神流先輩の魔女という属性ほどわかりやすくはないのです。

 でも私もきっと、”普通”がほとんどの世界に紛れ込んだ”異物”なのです。

 それは小さい頃からずっと気づいていたし意識していたのです」


「何故それを今言うんですか」

 雅の声が若干涙声に聞こえるのは気のせいだろうか。

「私として私の論理の元に私の名において、この場でこれを知っていて言わないのは私らしくないと思ったからなのです。

 あくまで私個人による私の論理なので雅は気にする必要は無いし行動を左右させる必要も無いのです。それだけは断固として言っておくのです」

 そう、今の物言いなんて正に佳奈美こいつらしい言い方だ。

 正しいとか正しくないとかの言葉すら使わない。

 あくまで自分がどうしたいかだけが判断基準。

 そして自分の考えで他人を拘束することを極端に嫌う。

 正しいという言葉を使わない、むしろ嫌っているのもそれでだ。

 正しいというのはそう判断する自分の意価値観を他人に押しつける言葉だから。

 何より自分自身がそういったものを押しつけられるのが嫌だから。


「強いんですね、佳奈美さんは」

「強くはないのです。私自身はとっても臆病で弱いのです。中一の時までの私は全部嘘だったのです。行動も会話も、テストの成績すらも偽りで嘘だったのです。この辺りが普通で目立たないかな、そういう行動を選んでいたのです。

 ただ私はそこで朗人に会ったのです。ちょっといい成績以外はほとんど全くもって普通の癖に。私が充分わかっている事を殊更に言って、青臭い議論をふっかけてくる面倒くさい奴に会ってしまったのです」

 あ、ちょっと……

「微妙に恥ずかしい話になりそうなので、逃げてもいいでしょうか」

「朗人に限って不可なのです」

 にやりと笑って、でも目が微妙に涙目で佳奈美はそう言い切って。

 そして真顔に戻ってその先を続ける。


「朗人に限れば私は今みたいな事も言えるのです。朗人が勘弁して欲しいと思いつつも、それでもまあしょうがないなと思って、私を理由にせず朗人自身の意志でここにいてくれると信じられるからなのです。

 朗人は私が異物であっても気にしないのです。むしろ異物のくせに普通ぶっていると嫌がるのです。だから私も、少なくとも朗人の前では普通ぶるのをやめたのです。そうしたらその方が楽だという事に気づいたのです。

 今でも、今の私でも、少しは普通ぶったりするのです。でも普通ぶる事が大分少なくなったのです。

 それは私が強いからではないのです。私は決して強くないのです。でも私には朗人がいてくれたのです。だから私は朗人がいる限り、私でいられるのです」


 うわあ。

 今のを真顔で言われると。

 かなり僕の方にもダメージが来てしまう。

「そう言えば焼き肉食べ放題の時に朗人が言っていたな。佳奈美とつるむきっかけをさ。『何か見せかけのような笑い方をするなって。本当はもっと素敵に笑えるんじゃ無いかなと思って』だなんて。なかなかに青春しているな、キミタチは」

 神流先輩にとどめを刺された。

 でも最後の抵抗をしておこう。

「何でそんな人の話を一字一句憶えているんですか」

 神流先輩は悪そうににやにや笑う。

「魔女の記憶力と意地の悪さ、甘く見て貰っては困るな」

 そういう問題ですか!


 そんな僕に多大なるダメージを与えた長く長く感じる時間の後。

 雅が何かくすりと笑みを浮かべた。

 ちょっと涙目だけれども。

「何かここまで言われると、私が色々隠していた事が馬鹿みたいですね」

「世の中には朗人みたいな馬鹿がいるからな。まあしょうがない」

 先輩の毒舌。

 やっぱり僕はダメージ食らう役のようだ。


「なら私も言いますね。

 私はどうも古い神官だの祈祷師だのを排出した血筋のようです。両親もどちらの祖父母も普通の人なんですけれどね。一応父方の家系図はある神社の禰宜だったという事になっていますけれど。

 それで小さい頃から私の回りには怪現象と大人か感じる出来事が多発していたそうです。今思えば大した事じゃない。人ではない色々な存在と会話したり状態を視たりしていただけなのですけれどね。

 そんな訳で父方の知り合い経由でそういった神道系のある施設に入れられ、そこで中学卒業まで過ごしていた訳です。ただ学校に入るのは普通そういった力を求める側。だからまあ、色々とあったのですけれどね。

 それでも何とか回りに問題無い程度にあわせる事を学んで。そして施設の先生の推薦でこの学校へ入校してきたんです。ここなら閉鎖空間だし何か問題を起こしても広まらないだろうと。

 だから私、能力が明らかになるのを恐れていたんですけれどね。先輩もあっさり自分が魔女だと言って魔法を見せるし。佳奈美さんは佳奈美さんであそこまで言ってくれるし。何か色々考えすぎていたみたいです」


 佳奈美がわざとらしく肩をすくめる。

「私が言った台詞なんて大した事は無いのですよ。中学時代に朗人に言われた言葉の山々に比べれば実に全然全くもって大した事はないのです。偉人の言葉や故事成語や、挙げ句の果てに書評やら何やら引用されて色々言われましたですから。何ならその一部を披露してもいいのです」

「おっ、それは面白そうだな」

「頼むから勘弁して下さい」

 ハモった。

「付き合いの長さの差で、今回に限り朗人の意見を採用してやるのです」

 ふう、ちょっと安心。

 でもこれで安心する自分が悲しい。


「さて、そこでご相談なのですが。私の能力はあくまでも知識という形でしか顕現しないようなのです。

 そして先輩の魔法は非常時以外使用不可。

 更に朗人は役立たずときています。

 そこでもし、雅先生が今の探検部の陥った事態を打開できる能力をお持ちなら、是非ともお願いしたいのですけれども」


 雅は頭を下げる。

「ごめんなさい。確かにちょうどいい能力というか方法を知っているのですけれど、道具が無いと使えないんです」

「道具は寮にあるのですか」

「もう使う事は無いと置いてきましたから。神事用具を売っている場所があればある程度は揃えられると思うのですけれど」

「買った道具で大丈夫なのですか」

「形というものも力を顕現させる要件のひとつなんです。だから勿論神社とかでそれなりの処理をしたものの方が効力は強いでしょうけれど、形さえだいたい合っていればなんとかなるものです。今この中に感じている存在くらいなら」


 佳奈美はうんうんと頷いた。

「なら撤退なのです。残念ながらここでこれ以上色々やるより、用意を揃える方を優先した方が正しいのです」

「という訳でしょうが無い。頼りたくない人に頼るとするか」

 先輩はスマホを取り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る