第8話 夜空に浮かばないお月様

 突然現れた青スーツ達の集団に驚いていた僕は、腰が抜ける寸前だった。

 この部屋に乱入されるまで、何処から現れたのか全く分からず、いきなりの強襲で僕だけがあたふたしているようだった。


「なんじゃお前らは? この状況でオレらに喧嘩売るとは良い度胸してんじゃねーか!」


 猿正寺さんは、ブルーハワイの1人の顔面を片手で鷲掴みにし、既に気絶しているその男を、まるでゴミ屑を捨てるかのように軽く放り投げた。


 な……何も見えなかった……

 僕が驚いて戸惑ってる間に、猿正寺さんは既に1人を倒してしまった!


「本当に、最近の若い者は礼儀を知らんねぇ。ウチの弥生を見習いなさいな」


 鳥谷さんと天影さんは背中合わせに立ち、その足下には既に2人の青スーツが横たわっている。


「す……凄い……。何がなんだか分からないけど、一瞬の内に2人も倒しちゃってる!!」


「いやいや流石ですね、お2人さん。相変わらずお強い。歳はとっても腕は錆ついちゃいないですね」


 聞き慣れたGさんの声に、僕はビビっていた。


「当たり前だ!オレらはまだまだ現役だぜ!なぁ婆さん!」


「毎日盛ってるアンタと一緒にするんじゃないよ! アンタ、弥生に手出ししたら只じゃおかないからね!!」


「おー怖っ! ちょっと目を付けてたのにバレちまってたか。まぁそれは良いとして、そこの白髪ジジイがブルーハワイのボスなんか!?」


「ジジイではなく、Mr.Gと申します。初めましてではない方達もいますが、改めて初めましてと挨拶させていただきましょうか。それと、ブルーハワイのボスは先日述べた通り、このせせらぎ 面太郎君なんで、どうぞよろしく」


 見た目は普通に見えたせせらぎさんだったが、確かに良く見てみるとどことなく目の焦点が合ってなく、寝起きのような感じのようにも見えた。

 洗脳されているかも知れないというのも、あながち間違いではないみたいだ。


「今この場で、裏社会の構図を叩き潰す。使えない老害達は、あの世で隠居暮らしでもしててくれ」


 見た目は寝ぼけているようにも見えたせせらぎさんだったが、話し方はしっかりしているようだった。

 せせらぎさんとGさんの周りには、他の青スーツ達とは少し違う出で立ちの部下が3人ほど居て、そいつ達は見た目から明らかに腕が立つ事が分かった。


 いつもだったらこういう場では、自分から進んで前に出て行く浪花さんが、さっきから妙に大人しい。不思議そうに浪花さんを覗き込むと、何故か力なくぐったりとしていた。


「大丈夫ですか、浪花さん!?」


「(ごめんなさい。さっきお月様がきたの)」


「お……お月様ですか?」


「(月に1度くる女の子の日よ)」


 浪花さんは小声で呟いた。


「!?………アレですね」


「(私はこれが発動すると3日は動けないの。後の事は頼んだわ)」


 え〜〜〜っ!!?

 僕は浪花さん頼りだったのに!!?

 ヤバい………

 心の何処かで浪花さんが何とかしてくれると思ってたから、どっかで安心してたのに……まさかの展開……

 そういえば、仕事の時もいきなり3連休になる時があったけど、こういう事だったのか……

 でもこんな時こそ、浪花さんを守って男を見せなくては!!


「柳町君。お嬢様と一緒に私の後ろに居なさい」


 一ノ条さんが、さりげなく僕達の前にポジションをとってくれた。


「あ……ありがとうございます」


「お嬢様は異能力のリスクのせいか、こうなると本当に動けなくなってしまう。柳町君はとにかく、お嬢様を守る事だけに専念してなさい」


「分かりました」


 僕が浪花さんに気をとられている間に、大半のモブ青スーツは猿正寺さん達に倒されてしまっていた。

 腕の立ちそうな3人とせせらぎさんとGさんはあまり動かず、僕達の動きを観察しているようだった。


「大口叩いてる割りには大した事ないの〜! お前らはやらんのか?」


「じゃあそろそろ私達も参加しましょうか。ちなみにここに居る3人も私達同様、かなり強いですよ。今は1人足りませんが、彼らは青の四獣と呼んでいて、我々の中でも特に優れた者達で集められています」


「能書きは良いから、さっさとろうや! 1番やかましい、お前から相手したんぞ!」


「光栄ですね。イボルブモンキーのトップである、猿正寺さんと手合わせ出来る日が来るなんて思っても見ませんでしたよ。まぁ後で泣いて謝っても許す気はないので、それだけは覚悟しておいて下さい」


 どうやら、猿正寺さんはGさんとタイマンを張る気だ!


「じゃ俺は予告通り、鳥谷の婆さんとろう。あんまり年上は好みじゃないがな」


「アタシも年下は嫌いじゃないけど、礼儀知らずは大嫌いだね。もしここから生きて帰る事が出来たら、礼儀作法から学んできな!」


 鳥谷さんはせせらぎさんと戦うようだ。

 青の四獣と呼ばれていた3人も、それぞれ相手を決めたようだ。

 1人は片目が髪の毛で隠れるくらい長く伸びている男で、青い色をしたヤクザ風のオシャレな着物を着ている。着物とスーツの中間のような不思議な服で、パッと見は武器らしい物は持っていないようだった。年齢は30歳くらいだろうか……。


「俺はあんたとりてぇな」


 その男は牛尾さんを指名した。


「俺は誰が相手でも構わないが、弱い奴だけは勘弁してくれ」


「俺は青の四獣が1人、丸尾 マサカズだ。まぁ名乗った所で、すぐに死んじまうから関係ねぇかも知れないがな………」


 その瞬間、牛尾さんは三角形に置いてあるテーブルの内の2つをそれぞれ片手で軽々と持ち、丸尾さんに向かって順番に投げつけた!

 割られた窓方向に避けた丸尾さんはそのまま外に出て行き、後を追うように牛尾さんも外に出て行った!モブ青スーツも数人が後を追い、丘の上で2人は対峙していた。


「ウチは、その可愛い子をもらおうかね」


 天影さんに向かって挑発してきたその女性は、スレンダーな体型ながら、上半身は胸元が開いた袖口の大きいスーツ風の着物を着ていた。前髪パッツンにオカッパのような髪型で、膝上まであるタイトなスカートとロングブーツを履いている。この人も、さっき言っていた青の四獣の1人だろう。


「私は人を傷つけるのは好きじゃないんですけど、どうしてもというのなら仕方がないですね。あなたみたいな礼儀知らずは、全身毛むくじゃらにしてあげたい」


「どういうタイプのお仕置き!?」


 天然さ丸出しの天影さんは、ノースリーブ風の着物を着ていて、ナチュラルでも舞妓さんのように透き通った肌をしていた。脇にはスケッチブックを抱えていて、言葉を発しない浪花さんと同じスタイルでその女の人と向き合っている。そして何故かさっきから、チラチラと僕と目が合っていた。


 ぼ……僕の事好きなのかな……?


 そう思った瞬間、僕の腕を掴んでいた浪花さんの手に力が入り、僕の腕はミシミシと音を立てて折れそうになった。


「弥生。アンタは向こうでやりんさい。少しでも広い方がアンタの特性が生きるやろ」


「分かりました。ばば様もお気をつけて」


「アタシの心配が必要ないのは、弥生が1番良く知ってるくせに。こういう時に社交辞令はいらないんだよ」


 天影さんは苦笑いを浮かべながら出入り口の方に向かい、ゆっくりと外に出て行った。

 それに続いて鳥谷さんとせせらぎさんも場所を移動し、廊下の方に出て行った。


「ゴホッゴホッ! ボクはハズレを引いてしまったようだ……ゴホッゴホッ! 一ノ条さん、ボクはあなた達で我慢しておきます。せいぜいボクを楽しませて下さい、ウゴッホッ!!」


 パンツ一丁にネクタイというふざけた格好のその男は、僕と一ノ条さんの前に立ち、具合が悪そうに喧嘩を売ってきた。今にも倒れそうなそいつは、青い顔をしてフラフラしていたが、いきなり布団を敷いて目の前でゆっくりと横になった。


「どういう状況!?」


「ボクの名前は末永。末永ポンチャックだ。ゴホッ! ゴホッ!! ご覧の通り、今日は良い感じに風邪をひいているから、ゴホッ! ゴホッ!! キミ達に勝ち目はないよ……ゴホッゴホッ!! オエッ! ゴホッゴホッ!!」


 大丈夫かこいつ!?

 僕は生まれて初めて、戦わずして勝てるかも知れないと思った。見るからに病人のポンチャックさんは、横になったまま体温を計っている。

 一ノ条さんは、明らかにおかしいこの状況でも神経を研ぎ澄まし、全く油断していなかった。百戦錬磨の貫禄というか、流石ブレイブハウンドの2代目を担うだけあって、この場でも一分の隙も見せる事はなかった。


「柳町君、奴は思っている以上に強いぞ。残念ながら私の異能力では少し相性が悪い。私1人だったらまだしも、キミ達を守りながら戦ったら私も無事では済まないだろう。もし隙があったらお嬢様を連れて逃げた方が無難かも知れない」


 戦闘経験の差なのか、一ノ条さんはポンチャックさんの強さを粗方把握したようだった。

 僕は足手まといにならないようにとにかく守りに徹し、チャンスがあれば浪花さんを連れて、この場から去ろうと思った。


 ポンチャックさんは、突然布団から右腕を出し、窓方向から僕達の方向に向かって手首を返した。するとその瞬間、突然窓が割れて、もの凄い風と共にガラスの破片が僕達を目掛けて飛んで来た!!


「ゴホッ!! 異能力『今日は39度2分高すぎる平熱』!!ゴホッ!! ゴホッ!! オエッ!!」


 僕と浪花さんは一ノ条さんに突き飛ばされて、椅子の影に隠れるように、ガラスの破片を回避した。


「何が起きたんですか!?」


「柳町君。奴はおそらく風使いだ」


「風使い!?」


「その通り。ボクは……ゴホッ!! ゴホッ!! 見ての通り風邪をひいてる風使いだ……オエッ!!」


 か……風邪をひいてる風使い!?


「ボクは風邪をひけばひくほど、強力な風を操る事が出来……オエッ!! オエッ!! オエッ!! ゴホッ!! ゴホッ!! オエッ〜〜〜!!」


 尋常じゃないくらい咳き込んでいるポンチャックさんのその一瞬の隙に、一ノ条さんが飛びかかろうとした!

 しかし次の瞬間、僕達3人はもの凄い風で壁に叩きつけられ、床に倒れ込んだ!

 一ノ条さんは、しっかり受け身をとって着地していたが、僕は浪花さんを守るだけで精一杯で、浪花さんを抱き抱えながら倒れてしまった。


 一ノ条さんはおもむろにネクタイを外し、乱れた髪を片手でかき上げて、オールバックを整えた。

 さっきまでの印象とはちょっと違い、明らかに戦闘体制に入った一ノ条さんの後ろ姿は、全盛期の綾野 剛さんを彷彿とさせていた。

(勿論、語弊があってはいけないので弁解しておきますが、綾野剛さんの全盛期はまだまだこれからかも知れません)


「い……一ノ条は見切りの天才よ」


「浪花さん!? 大丈夫ですか?」


「一ノ条はどんな攻撃もかわしてしまう達人なの。本気になった一ノ条に攻撃を当てるのは私でも至難の技よ。こうなったら邪魔をしないように、少しでもこの場から離れましょう」


「分かりました」


 僕は力無く、うな垂れている浪花さんをおんぶして、いつでも逃げられる準備をした。

 さっきの強風でとばっちりを受けたモブ青スーツ達は、この戦いで巻き添えを食うと思ったのか、別の場所に移動して行った。

 ポンチャックさんは、タイマンでも一ノ条さんに勝てるほど実力があるって事なのか……? いや、風邪をうつされるから、単純に嫌われているだけなのかも知れない……


 一ノ条さんは異能オーラを身に纏い、ポンチャックさんに向かって行った!

 ポンチャックさんは、そこらじゅうにある物を強風を使って一ノ条さんに投げつける! 見切りの達人というだけあって、一ノ条さんには一切当たらず、ガラスの破片1つですら見切っていた!

 布団まで近づいた一ノ条さんは、布団をちゃぶ台返しのようにひっくり返し、ポンチャックさんごと壁に投げつけた!


「冷たっ!?」


 ひっくり返した布団から何かが飛び散り、僕の方に降りかかった。布団の内側には氷が敷き詰められていたようで、びちょびちょに濡れている。布団にくるまって暖まっていたように思えたポンチャックさんは、実は身体を冷していたようだ!

 壁に叩きつけられたように見えたポンチャックさんは、風の力を利用しながら空中に浮いていた! 足下を見てみると小さな竜巻が渦巻いていて、その上で浮遊しているようだった!


「キミ達の攻撃がボクに当たる事は不可能だよ……ゴホッ!! オエッ!! ゴホッ!!………フー………フー……ハァハァ……ゴホッ!! ゴホッ!! ウゴッホッ!!」


 空中で浮遊しているポンチャックさんは、足下にある竜巻の影響で、微妙な速度で回転しながら喋っている。このまま話をされても、話の内容が入って来ないのでつっこもうと思ったが、何かそんな空気ではなくなってしまった。


 しかし、あれだけ強力な風を自在に操られたら、確かにまともな戦いにならないかも知れない。

 一ノ条さんは、それでも攻撃の手を緩める事はなかった。風邪だからといって、相手を休ませない事が大事だと思ったのか、とにかく怒涛の攻めを繰り出し続けている。

 ポンチャックさんの風攻撃をかわしながら、目にも止まらぬ早業で仕掛けているが、やっぱり中々当たらない。お互いに攻撃をかわすのが得意な戦闘スタイルなだけあって、どっちに1撃が入るかで勝負が決まりそうだ。どちらにせよ、我慢比べの長期戦になりそうな気がする……


 ………長期戦!?

 この戦いが始まって数分が経ち、明らかに体力のなさそうなポンチャックさんには疲れが出始めていた! 一ノ条さんはもしかして……


「口数が減ってきたが、もう疲れてきたのかい?」


「ハァ……ハァ………うるさい……ゴホッ!! オエッ!! オエッ!! オエッ〜〜〜〜!!」


「私は見切りにも自信があるが、実は体力の方が自信があるんだ。ブレイブハウンドじゃ寝ない事で有名でね、長期戦に持ち込んで負けた事は、1度もないんだよ」


「ハァ……ハァ……ハァ……そういう事か………」


「私の異能を披露するまでもなかったようだね」


「ゴホッ!! ゴホッ!! ……ここまで風邪が……いや、戦いが長引いた事はなかったけど、相性が悪かったのはボクの方だったって事か……ゴホッ!! ゴホッ!!」


 すぐに決着はつきそうになかったが、勝敗は目に見えていた。このまま行けば、おそらく一ノ条さんが勝つだろう。自分の方が相性が悪いって言ってたのも、ただの演技だったって事か……。そう言えば娘の静香ちゃんも演技が上手かったな……

 さすが一ノ条さんだ。圧倒的に戦い慣れしている。


 僕はこの場から逃げるタイミングを失い、浪花さんをおんぶしながら背中でお胸の感触を楽しんでいた。

 勿論、チョークスリーパーをかけられた状態でだが……



 一方その頃、別の場所では天影 弥生が青の四獣である女と対峙していた。

 ロッジの裏まで周り、モブ青スーツ数人と一緒に囲まれていた弥生は、見るからに多勢に無勢だったが、全く動じていなかった。


「礼儀知らずと言われたままじゃしゃくだから、一応名前くらいは名乗っておこうかね。ウチの名前は小岩井 瞳。牛乳みたいな色白のアンタに興味があったんや。これでも青の四獣を名乗らせもらってるけど、4人の中では最弱なんや………って、やかましいわ!!」


「私は何も言ってないわ。ただあなたに、1つだけ言いたいと思ってた事があるの」


「なんや?」


「ハニテセツニギク、神克女無客」


「何語や〜〜!!?」


「逆から読むと分かるわ」


「客無女克………って、分からんわ!! こいつ……ウチの事をバカにしとるな!! 絶対許さへんよ!!」


 瞳は胸からクナイのような武器を取り出し、弥生に向かって攻撃を仕掛けた!


「あなたに許される必要はないわ」


 弥生は異能オーラを身に惑い、瞳の攻撃をかわしながら、ついでにモブ青スーツ達を蹴散らしていった。

 その肉弾戦での戦いぶりは、圧倒的に弥生が勝っていた。例えるなら「クラス1の人気者程度で芸能界でやって行こうと思う考え方」と「カラムーチョ」の2択で、どっちが甘いかというくらいの差があった。

 弥生の体術は圧倒的に優れていて、その戦い方は合気道のそれに似ていた。華奢な体つきだが、相手の力を利用して次々とモブ青スーツ達を倒していく。


「全然歯ごたえ……いや手ごたえがないわ。よくそんなんで、青汁とか言えたもんだわ」


「青汁やない! 青の四獣や! バカにするのもええ加減にしいや! こうなったら本気を出させてもらうで!」


「勘違いしないで欲しいわ。私がバカにしているんじゃない。よ」


「訳の分からない事言ってんじゃないわよ! 異能!『非力な神の制球力ガリガリマダックス』!!」


 異能力を発動させた瞳は、大きく開いている両腕の袖口から武器を取り出した。右手には五寸釘、左手にはバターナイフをそれぞれ4本ずつ持ち、弥生に向かって投げつけた。しかしその威力は全く無く、投げた方向も全くトンチンカンな場所だった。


「………」


 何が異能なのか分からず、呆然と立ち尽くしていた弥生は、呆れ顔で勝負を決めに行こうとしていた。新たに異能オーラを身に惑い、接近戦でケリを着けようと瞳に向かって走り出す。


「とっととケリを着けて、ばば様のサポートに行かせてもらいます」


 その瞬間、明後日の方向に飛んでいた武器が、弥生に向かって襲って来た!

 弥生はバク転をして、ある程度の武器をかわしたが、右足には数本の五寸釘が刺さっていた。


「ウチの異能『非力な神の制球力ガリガリマダックス』は、狙った所に百発百中で当てられる能力! ウチの攻撃からは絶対逃れられへんで!!」


 威力こそあまりないが、鋭利な物が追尾してくる攻撃は思っている以上にやっかいで、避ける事の出来ない攻撃に弥生は少しずつ追い詰められていった。

 何とか寸前の所で、スケッチブックを利用しながら攻撃を防いでいたが、とにかく防戦一方のままだった。

 瞳はいつの間にか弥生から距離をおき、遠距離から攻撃を続けている。


「ウチが弱いのは重々承知の上や。でも残念ながらウチの攻撃からは逃れられへん。謝るなら今の内やで!」


「ごめんなさい」


「謝るんかい!!」


「私は手加減が出来ないから、間違って殺してしまったらごめんなさい」


 そう言うと弥生はスケッチブックに絵を描き、異能力を発動させた!


「異能!『子供の落書き偽物ピカソ』!!」


 異能オーラを手に凝縮し、攻撃をかわしながら描き上げたその絵は、突如スケッチブックから飛び出していきなり具現化した!!


「ガアァァァ!! グガァァァァ!!」


 あまりにも下手過ぎるその絵は、虎なのか熊なのか狸なのか分からないほどのクオリティーで、ただ分かるのは何かの生き物だという事くらいだった。尋常じゃない威嚇をしながら、瞳に向かって行くその化け物は、3次元では表現しきれていない薄っぺらさだったが、3mを超えるほどの巨体を持ってるだけに、馬力が怪物じみていた!!


「何やコイツは!!?」


「ガチャピンよ」


「ガチャピン〜!!?」


 明らかに魔界の生き物だと思わせるその風貌は、一筆書きで描いたような、子供の落書きにしか見えなかった。

 続けざまに弥生が描いた絵は、大きいシュークリームというかジャンケンのグーというか、モコモコしたような何かだった。


「行け! 筋斗雲!」


 筋斗雲と呼ばれたその落書きは、弥生が乗る訳でもなく縦横無尽にそこらじゅうを飛び回っていた。良く見るとその筋斗雲は、弥生に向かって飛んできていた武器を、全て摘み取っていた。

 続けて絵を描いていた弥生は、最後の1枚を描き終えると、結果を待たずにその場を立ち去ってしまった。



「白髪ジジイ、以外とやるじゃねーか!」


「誉めていただいて光栄ですね」


「俺と体術でタメ張れる奴なんて久しぶりだぜ!」


 ロッジの奥にある大部屋の別室では、猿正寺とMr.Gが激しい肉弾戦を繰り広げていた。

 猿正寺の息子である尊は、モブ青スーツ達数人と同じ部屋の角の方でバトルを行いながら、2人の戦いを横目で意識していた。


「俺はまだまだ余力があるが、ジジイはとっとと異能を出した方が良いんじゃねーか!?」


 互角に見えていた2人の肉弾戦も、良く見るとMr.Gは体中にオーラを纏っているが、猿正寺は全く素の状態で戦っていた。


「異能オーラを身に纏う『マギア状態』でその程度じゃ、俺がちょっと本気を出したらすぐに終わっちまうぞ」


「その方が良さそうですね。じゃ、少しだけ私も異能を見せましょうか」


「早い所そうしてくれ。あっさり殺しちまったんじゃ申し訳ねーからな」


「異能!『イタイ芸人大集合大阪痛点閣』!!」


 Mr.Gが異能力を発動した瞬間、場の空気が変わった。


「ぐぁ!!」


 何故か部屋の奥で戦っていた尊が、突然悲鳴を上げた。


「尊!!?」


 猿正寺が振り返るとそこには、床に数人のモブ青スーツ達が倒れていて、その中で1人体を痙攣させながら立ちすくんでいる尊の姿があった。


「あががが……」


 金縛りのような状態で身動きがとれなさそうな尊を見た猿正寺は、マギア状態でMr.Gに殴りかかり、数発殴った後その大きな手で顔面を鷲掴みしていた。


「尊に何しやがった!?」


「ぐぁ〜!………オ……オヤジ………そいつから離れ………」


「たけ……る……ぐぁ!」


 尊と同じように身動きのとれなくなった猿正寺は、腕に力を入れる事が出来なくなり、Mr.Gはゆっくりと猿正寺の手から離れた。

 殴られた時に出た血を拭い、乱れたスーツを整えたMr.Gは、スーツから取り出した煙草に火をつけて猿正寺の回りを一周した後、ゆっくりと頭を小突いた。


「ぐぁ〜!!」


「さっきまでの威勢はどうしたんでしょう?」


「うぐぐっ………」


 Mr.Gは尊と猿正寺が両方とも見える位置にあるテーブルに座って足を組み、面倒くさそうに話し始めた。


「どんな気分ですか、お猿さん?」


「き……貴様の能力は何なんだ……」


「体中が痛くて動けませんか?」


「う……うぐっ……」


 猿正寺は尊を心配して振り返えろうとしたが、むち打ちになっている時のように首が動かせないような状態で、目線だけで尊を確認した。


「私の異能力『イタイ芸人大集合大阪痛点閣』は、相手に触れずにだけを攻撃する能力。体を動かすだけで全身に激痛が走るでしょう?」


「くっ……」


 Mr.Gは、何故か部屋の隅にある、上着掛けにかかっていたバナナを一本もぎ取り、おもむろに食べ出した。

 尊にやられていたモブ青スーツ達が、少し回復したようでゆっくりと立ち上がる。

 Mr.Gは食べ終えたバナナの皮をモブ青スーツ達の足下に投げつけると、それを踏んづけたモブ青スーツはすっころんで尊にしがみついてしまった。


「ぐぁ~!!」


「尊……っ!?」


 そのまま床に倒れ込んだ尊は、痙攣しながら気絶してしまった。




「…大丈夫ですか、浪花さん」


 僕は浪花さんをおんぶしながら、皆が戦っているフィールドから少しずつ遠ざかろうとしていた。

 一ノ条さんからも離れて、車の方に向かおうと思いながら外に出てみると、そこでは牛尾さんとマサカズさんが戦っていた。

 僕は2人の戦いに巻き込まれない為に、ロッジの陰から戦況を見守ろうと、身を屈めて覗くように見ていた。

 牛尾さんとマサカズさんは2人共異能力オーラを身に纏い、激しい肉弾戦を繰り広げている。


「ワシ……いや、俺とここまでやり合える奴が居るとは驚いたぞ」


「確かにアンタは強いな。だが、せせらぎの面太君はもっと強いぜ」


「そんな事は知っている。だから俺達ブレイブハウンドがスカウトしようとしているんじゃないか。お前はバカなのか?」


「ふっ……俺が言いたいのはそういう事じゃない。例え俺に勝った所で、こっちには面太君が居るって事だ。どの組織だろうが、俺達ブルーハワイに勝てる所は無いって事さ。まぁ、俺自身も、お前に負ける事は無いがな」


「冗談は口だけにしておけ。他の奴らを見に行きたいから、とっとと片付けさせてもらうぞ」


 牛尾さんはそう言い放った瞬間、もの凄いオーラで異能力を発動させた!!


「異能!『魔神の両腕オスカーゴーリキ』!!」


「柳町君。天影 弥生を探してちょうだい」


「浪花さん! 今、お父様の大事な見せ場です! しんどいのは分かりますが、もう少しタイミングを見計らって下さい!」


「あの人の見せ場なんてどうでも良いの。もしこのシーンをアニメで放送された暁には、こんな所は早送りで編集してもらうわ。それより弥生よ」


「何、訳の分からない事言ってるんですか!? それに天影さんを探すってどういう事なんですか!?」


「実は、弥生は私のパートナーなのよ」


「パートナーですか!?」


 後ろで必死に戦っている牛尾さんとマサカズさんを無視し、自分の話を続ける浪花さんの執念は、それはもう凄いものでした。


「弥生は、私が活動している闇アイドルユニット『ブラックorホワイト』の担当なの」


「鳥ですか!? 浪花さんがブラックで弥生さんが鳥!? 2人でブラックorホワイトなんですか!?」


「弥生は白鳥、私はブラックキャットなの。だから2人合わせて、良く闘魂三銃士って言われてたわ」


「全然分からないです!! 闘魂三銃士ですか!? 新日本プロレスの!? しかも2人なのに!?」


 白鳥とブラックキャットの例えも納得いかなかったが、今の浪花さんに納得を求めてはいけない気がした。


「ちなみにブラックorホワイトは総勢182人いるの」


「そ…そんなにいるんですか!?」


「毎年行われるブラックorホワイトの総選挙では、当選した2人だけがセンターに立つ事が出来るの」


「そんなに居て2人だけ!? っていうかどっちがセンター!?」


「ブラックorホワイトでは……」


「ち…ちょっと待って下さい……。ブラックorホワイトの話はたくさん聞きたいんですが、とりあえず今は天影さんを探しにいきましょう」


 場の空気感が読めていない、ここまでの変貌ぶりを見てしまうと、浪花さんも相当しんどいのがうかがえる……

 もう、我を忘れているというか、なりふりかまっていられないというか、いろんな事がどうでも良くなってしまうほどなんだろう……


「浪花さん。天影さんが何処に居るのか分かりませんが、まずはロッジ方を探して見ますね」


「いい加減そうしてちょうだい。私もそう呑気にしてられないのよ。もう、頭から自転車が出てきそうなくらいしんどいの!」


 良く分からない例えが出てきてしまうほど、しんどい事が良く分かった僕は、早送りのようなスピードで戦っている牛尾さんとマサカズさんを置いて、天影さんを探しにまたロッジの方に向かった。




「鳥婆さんも所詮はこんなもんか…」


 せせらぎ 面太郎の足下には、動かなくなった鳥谷 紫園が横たわっていた。

 返り血を浴びたせせらぎは、血の付いたジャケットを脱ぎ、鳥谷の上半身に被せるように投げ捨てた。

 部屋の中は激しく争ったように、ぐしゃぐしゃになっていたが、せせらぎ自身は無傷のままだった。


「そろそろGさんの所も終わる頃か…」


 せせらぎは、一仕事終えたという感じでその部屋を後にした。




「あっ! 天影さんが居ました!」


 僕は浪花さんをおんぶしたまま、周りに気付かれないように天影さんを探していたが、やっと見つける事が出来た。

 天影さんの方もこっちに気付いたようで、僕達の方に歩み寄って来てくれた。


「ナニナニはどうしたんですか?」


 近くで見ると本当に白くて透き通るような肌だ……

 とてつもなく可愛いし、目の前に天使が舞い降りたようだった。

 っていうか浪花さんの事、ナニナニって呼んでるんですね……


「は……初めまして。私、柳町 新右衛門と申します」


「知ってます。さっき紹介してもらいましたから」


 あまりの天使力に、めちゃくちゃ緊張してまった……

 浪花さんに初めて会った時も、確かこんな感じだったな……


「じ……実は、浪花さんがお月様になってしまいまして、先ほどからずっと苦しんでいるんです」


「こ……このタイミングでお月様……ですか」


「私は……タイミングの悪さだけは誰にも負けない自信があるわ……」


 そこはどうか負けて下さいと言いたかったが、真っ青な顔をしたまま僕の背中におぶさっている浪花さんは、渾身の力を振り絞って会話をしようとしていた。


「弥生。あんたを探していたのよ」


 そう言えば、天影さんを探していた理由を聞かなかったが、天影さんは浪花さんの苦しみを和らげてくれる力でも持っているんだろうか?


「以前、弥生に貸していたターバンを、今日こそは返してもらおうと思っていたの」


「ターバンですか!? あの、インドの人が頭に巻くやつ!? 何でこの状況でそんな事の為に、天影さんを探してたんですか!? それにそもそもですけど、天影さんにターバンを貸す状況ってどんな状況だったんですか!?」


「柳町君、話は最後まで聞くものよ。弥生に貸したターバンは、あなたが思っているようなただのターバンじゃないの」


「ただのターバンじゃない?」


「そう。あのターバンは代々受け継がれていて、物凄く長い歴史の中で、いろいろな人の手に渡ってきた由緒正しき物なのよ」


「じゃあ、何か不思議な力があったりしたりするんでしょうか?」


「そうなの。IQ22の新右衛門君にしては、察しが良いじゃない。あのターバンは特別で、洗わずに長く被れば被るほど、どんどんくっさくなっていくのよ」


「何でもそうです!!大抵のモノはずっと被り続けていたら、どんどんくっさくなりますよ!! もっと言うと頭の方がくっさくなる!! っていうか、僕のIQもう少しありますから!!」


「ナニナニ。私に会いたかった理由は、そんな事じゃないでしょ?」


 浪花さんのボケに慣れている様子の天影さんは、思いのほか冷静だった。


「さすが弥生ね。あなたは何があっても動じないから、明日からはと呼ばせてもらうわ」


「そのセリフはこれで8回目よ。いつになったら岩と呼んでもらえるのか、待ちくたびれてるんですけど」


 僕は2人の不思議なやりとりを見守っていた。


「弥生。命の母ホワイトを持ってない?」


「残念ながら持っていないわ。私は薬は飲まない派なの」


 良く分からないが、生理痛の薬だろうか?

 ホワイト担当だから、命の母ホワイトを持っているとでも思ったのか?


「でも、これなら持っているわ」


 天影さんが差し出したのは、それはそれはくっさいくっさいターバンでした。


「持ってたんですか!?」


「柳町君。私の頭に、そのターバンを巻いてちょうだい」


 僕は何の意味があるのか分からなかったが、おんぶしていた浪花さんを下ろし、息を止めながら覆面をしている浪花さんの頭にターバンを巻き付けた。

 そして大きく深呼吸をした浪花さんは、そのまま白目を剥いて気絶してしまった。


「そうなるでしょ!! 瀕死の状態で、そんなくっさい物を頭に巻き付けて、大きく深呼吸したら誰でもそうなるよ!!」


「ナニナニは意識を保つのがしんどいから、気絶したかったんじゃないかしら」


「そ……そうなんですかね……」


 全然納得いかなかったが、とりあえずゆっくり眠ってくれたので、大人しくしておこうと思った。


「こ……これ、捨てても大丈夫ですよね?」


 このまま、くっさいくっさいターバンを巻き付けておくのは不憫だと思い、一応天影さんに確認してみた。


「大丈夫だと思います。ナニナニの話はどこまでが本当なのか分からないけど、それはただのくっさいくっさいだけのターバンだと思いますよ」


 僕は急いでくっさいくっさいターバンを外し、出来るだけ遠くに投げ捨てた。


「私は、ばば様を探しに行くけど、あなた達は車で帰った方が良いかも知れないですね」


 僕も正直そう思った。

 あの面子の中で戦っても、絶対に足手まといになるだけだし、何より浪花さんを無事に連れて帰らないといけないから、この場からは離れた方が良さそうだ。

 それにしても、あの状況で戻って行ける天影さんは凄いな……

 よく考えると青の四獣と戦ってたはずなのに、今ここにいるって事は倒してきたって事なんだろうし、テラフェズントの2代目候補というだけあって、本当に強い人なんだろう……


「じゃあ、天影さんも気を付けて下さい」


「ありがとうございます。柳町さんも、ナニナニを頼みます。彼女もあなたが居たから安心して気絶出来たのでしょう。もし何かあったら、遠慮なく私に連絡して下さい」


 そう言うと天影さんは、僕に連絡先の書かれているメモを渡してロッジの中に入って行った。




「Gさん、そっちはどうだ?」


 せせらぎ 面太郎は猿正寺とMr.Gが戦っていた部屋に入って来た。部屋の角では尊が横たわっている。


「こっちもちょうど終わった所です」


 Mr.Gの足下にも猿正寺が血塗れで倒れていて、数人のモブ青スーツ達が周りを取り囲んでいた。


「俺の方も終わったぜ」


 丸尾 マサカズも合流した。


「さすがですね。見た感じ、丸尾さんの相手もかなりの手練れだと思いましたが、大丈夫でしたか」


「本気を出さなきゃヤバかったけど、アイツはもう生きちゃいないだろうな。ここに来る途中に確認したが、瞳とポンチャックはやられてたぞ」


「そうですか。まぁ当初の目的は、各組織のトップを叩き潰す事でしたから、犬飼さんが居なくなった今、鳥谷さんと猿正寺さんが片付けられれば今日の所は良しとしましょう。負けた奴らはお払い箱です。まだ息があるようだったらトドメを差して来て下さい」


 Mr.Gはモブ青スーツ達にそう指示すると、自分達も部屋を後にした。




 僕は、気絶した浪花さんをおんぶして車に戻ろうとしたら、一ノ条さんがぐったりした牛尾さんを抱き抱えて、車の後部座席に寝かそうとしている所だった。


「一ノ条さん!」


「柳町君か!無事で良かった。お嬢様は大丈夫か?」


「一応、無事です。一ノ条さんこそ、服に血が付いてますけど大丈夫ですか!?」


「私は大丈夫だが、牛尾……いや、ワンさんがやられた。一応止血はしたが、血が止まらない。かなり危険な状態だ」


「そんな……早く病院に連れて行かないと!」


「柳町君に頼んで良いか?」


「分かりました!」


「あそこの麓にある1本の木に向かって、車ごと突っ込んで行くんだ。そうすればここに来たルートに戻る事が出来る。最初はちょっと怖いが、ハリーポッターで良く見るあんな感じだ」


「あの木が異空間に繋がっているんですね」


「そうだ。私は皆が気になるからロッジの方に戻ってみる。せせらぎといい、Mr.Gといいワンさんをここまでやれるレベルの奴らがこんなに居るとは、完全に誤算だった。

 アイツらかなりヤバイぞ。鳥谷さんや猿正寺さんも、無事で居るとは考えにくい……」


「さっき天影さんに会って、鳥谷さんを探しに行くと言っていました。何もなければ良いですが、皆さんを頼みます」


「任せておけ。柳町君こそ、ワンさんとお嬢様を頼んだぞ!」


「はい!」


 僕は助手席に浪花さんを乗せ、後部座席に牛尾さんを寝かせて車を出した。



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