第一章・いきなりバトルの異世界生活~ICHIJI‘S view①~

 地獄。

 

 本当にそんなものが存在したとして。

 

 そこはここよりも、もう少し救いのある場所なんだろうなと、割と真剣に思った。

 

 辺り一面の赤。

 

 鮮やかで瑞々しいものも、黒みが混じって乾いたものも。

 

 ゆらゆらと揺蕩うように揺れるものも、柱のように天に向かって一直線に伸びるものも。

 

 姿も形も性質も違えば、立場も尊厳も抱く信念も信じる善も悪も何もかもが違うものも。

 

 ただそこでは等しく赤。

 ただただ赤。

 どこまでも赤。

 

 有象無象に悲喜交々。

 思惑、目的、感慨、感情、複雑に入り混じるその場所にあって。

 

 色だけが唯一、まがまがしく塗られた赤によって統一されていた。

 

 匂いもひどい。

 

 人や動物、有機物の焼け焦げた匂い。

 火薬や建物、無機物の弾け飛んだ匂い。

 

 もはや何のもののどんなものかもわからない。

 不快なだけの強烈な匂い。

 

 また世界が赤く明滅し、少し遅れて大きな爆発音がする。

 

 降り注ぐ瓦礫、肌を焼く熱波。

 

 言葉として意味をなさない、しかし悲痛さだけは充分に伝わってくる誰かの叫び声。

 

 目が痛い。

 鼻が曲がる。

 耳がかゆい。

 頭が割れる。

 

 ひどく喉が渇いている。

 ひどく腹が減っている。

 

 とても眠たい。

 とても怠い。

 

 それでも辛うじて正気は保っている。

 

 落ち着こうと自分に言い聞かせられるだけの理性は残り、実際に落ち着いてもいた。

 

 明日への希望を捨てずに持っていたし、明後日を生き抜く根拠のない自信もあった。

 

 しかし、どうして手が震えているのだろう?

 

 カタカタと。

 カチカチと。

 

 拳銃を構えた手が。

 引き金に添えられた指が。

 

 涙で霞んでぼやけた視界が。

 その目に映り込む彼女の笑顔が。

 

 どうしてこんなに揺れているのだろう?

 

 嫌だ。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。

 

 こんなことはしたくない。

 こんなことはしてはいけない。

 

 こんなことは間違っている。

 こんなことは正しくない。

 

 こんなことが許されるはずはない。

 こんなことがまかり通っていいわけがない。


 どうして?

 どうして???

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!!!?????


 『……ありがとう』

 

 なのにどうして……。

 なのにどうして、そんな顔ができるんだよ……。

 

 『ありがとうだよ、イっくん……』

 

 なぁ……〇〇〇……。


             ドバァァァァンンン!


               …………

               ………

               ……

               … 


 大きな爆発音と地鳴り。


 それを感じてハッと目を覚ました途端、寝惚ける間もなく一息で覚醒した俺の目に、グッタリと倒れ伏したアルルの姿が映った。


 所々破けた服。

 全身がボロボロ。

 

 ざっと目視できるだけでも火傷や擦過傷が無数にある。

 

 近くに吐血の跡があることから、内臓も幾つかやられているのかもしれない。

 

 あの美しく輝いていた白銀の髪は土埃をかぶって艶を失い、そのうえ自身の物か相手の物かわからない、真っ赤な血糊でベットリと汚れてしまっている。

 

 ……もう、何が何だか。

 

 コンビニの駐車場で彼女を保護してから、まだ多分ほんの数時間。

 

 気絶させられたり、起きたり、また眠って、また起きたり。

 

 目を閉じては開ける度になんて濃密に、なんて怒涛の展開ばかり起こるんだ。

 

 薄暗くてまだハッキリとは見えないけれど、なんかもの凄く荒ぶったバケモノがこっちに迫ってきてるし。

 

 「……ううう……」

 

 アルルが苦し気にうめく。

 

 全身の痛みに、ままならない呼吸に、そして敗北したという絶望感にとらわれながら。

 

 それでも懸命に顔を上げ、敵愾心の塊が向かってくる方向を気丈に睨みつける。

 

 ああ、この娘はまだ戦っている。

 まだ全然、諦めていない。

 

 押し寄せる痛みと苦しみ、絶望と恐怖。

 自分の内側に渦巻くそんなものたちと、必死で戦い続けている。

 

 ……つくづく、俺とは大違いだな。

 

 戦うことをやめて、諦めて。

 

 色んなものを放り捨てて逃げてきたのに、未だ無様に生き続けている俺とは大違い。

 

 眩しいなぁ、アルル。

 眩しくて、眩しくて。

 

 ……ホント、嫌になる。


 「……頑張ったんだな、アルル」

 

 ポンと彼女の頭に手を置くと、俺は自然とそう声をかけていた。

 

 「……あとは俺に任せて、休んでいればいい」

 

 「……ううう?」

 

 夢とうつつの境界線に立っているような、色の無い、虚ろな瞳だ。

 

 だが辛うじて目の奥には意思がある。

 清く澄んだ銀色の瞳は、まだ全然、死んでいない。

 

 「また君に聞きたいことが増えた。だからそのままいなくならないでくれよ?」


 明らかに重症。明らかに満身創痍。

 それでもとりあえず命に別状はなさそうだ。

 

 どうにか手当をしてあげたいところだけれど、生憎と準備も時間もない。

 

 ごめんな……先に済ませることを済ませなくちゃらない。


 「さて……」

 

 「グオオオォォォォォォォ!!!!!」

 

 おお、思ったよりもバケモノ。

 かなりバケモノバケモノしてるな。

 

 象とまではいかなくとも熊よりは大きいか?

 

 手負いでこれだけの圧迫感。

 

 よくもまぁ、こんなのと正面から戦えたもんだ、この姫さん。

 

 「イチジ様!!!!」

 

 まぁ、とりあえず。

 

 ……一発殴らせろや、コラ。

 

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