第4話:また会えるよね?

 ―――木々の間を抜け、草をかき分けてようやく出たと思えばそこは祭壇近くの崖であった。爆発的な衝撃波が伝わってくる事から卯月うづきが抗戦している事が分かる。輝夜の母、神侑かんゆうは今すぐにでも助けに行きたい気持ちを抑え、輝夜を抱きかかえて走っている。

「お母さん…」

不安そうな声が神侑の心に突き刺さる。

一刻も早く、輝夜が安心出来るようにしなければ。

「「いたぞーっ!」」

 ついに追手の手燭の灯りが目の前へと迫ってきた。ほとんどが美麗葉ノ神一族の者たち。それだけこの儀式が重要だと言う事も、これを滅茶苦茶にすれば一族全体の信頼の失墜に至る事も神侑は分かっている。

一族の信頼よりも我が子からの信頼を失う事のほうが何百倍、何千倍と怖い。

「大丈夫。お父さんとお母さんがちゃんと守ってあげるから。助け合うのが家族だからね、輝夜」

これ以上前に進めば崖際で追い詰められる。神侑は咄嗟に追手のほうへと逆走し始めた。

そして飛び越えようとしたその時、後頭部に鈍い衝撃が走り、その場にうずくまる。

「神侑さん…ごめんなさい…でも神羅かんら様が…神侑さんが悪い神様に呪われてるって聞いたから…僕神侑さんを救いたいから…!」

美麗葉ノ神一族分家の美麗葉ノ神 蚩尤しゆう神侑の後ろに立っていて、錯乱した様子で神侑に謝りながら握っていた棍棒を力なく落とした。即座に追手の男たちが神侑の脚ごと地面へ槍を突き刺し動けなくしてから棍棒で頭や背中を殴り始めた。

神侑は必死に輝夜を守るように覆いかぶさり、無慈悲な暴力に耐えている。

輝夜は神侑に押し倒され仰向けの状態でその様子を泣き叫びながら見る事しか出来なかった。

「やめでッ!お母さんが死んじゃうからやめでよぉ!!!」

その叫びが最も大きくなった時、男たちは殴るのを止め、一斉に嘔吐き始めた。

それも一時的なもので、暫くするとまた神侑を殴ろうとしてきた。

輝夜は咽び泣きしながら動かなくなった神侑の前に出て母を守ろうと両手を広げた。

「もう…やめて…輝夜が…輝夜が逃げたいって言ったの…だからお母さんは悪くないから…もう殴らないで…神羅様の言う事聞くからぁ…」

輝夜の行動を見て男たちは武器を降ろし、先ほどとは違った罪悪感に駆られ始めた。

「何を躊躇っているのですか。謀反を起こした者へは厳しい罰が当然だと言うのに。…神侑はこの程度では死にはしないでしょう。蚩尤、貴方は神侑を幼き頃から想っていましたよね?」

神羅がとうとうこの場にやってきてしまった。もしかすると神侑も輝夜も、神羅の手のひらで踊っていたに過ぎなかったのかもしれない。そう誰もが思ってしまうほど神羅の登場は的確なタイミングだった。

「は、はい…幼き頃から…想い慕っておりました…」

「…神侑を貴方に預けます。その欲望のままに好きにしなさい。…ちょうども決着がついた頃ですしね」

 先ほどまで好きな相手を殴った罪悪感に涙を流していた蚩尤の曇った表情から雲が去っていく。動かなくなった神侑から槍を抜き、抱きかかえればすぐさまに自分の家のほうへと駆けこもうとしたその時、蚩尤の足がもつれそのまま倒れた。神侑は地面を転がり、その衝撃で意識を取り戻したようだった。

一見すると単なる躓きであるが、神羅は少し驚いた表情でその状況を目にすると輝夜を見つめた。

「…そんな歳からが出ているなんて珍しい。混血だと言うのにそこまで類稀なる才能を開花されては…ますます我ら本家が廃れてしまいますね。選ばれたのが貴女で本当に良かったと心から思いますよ。輝夜」

「…お母さんに手を出さないで。言う事聞くからこの先ずっとお母さんに手を出さないで!!」

蚩尤は立ち上がろうとするも脚が言う事を聞かず、なかなか立てない。

「輝夜は良い子ですね。さすがは美麗葉ノ神の分家として生まれてきただけあります」

神羅は輝夜に柔らかな笑みを浮かべると、手を繋ぎ、近くの崖まで歩いて行った。

「だめっ!!輝夜…!」

脚を槍で刺されたために這いつくばりながら歩き去っていく輝夜に呼びかける神侑。されど、崖の先端についた輝夜には先ほどまでの涙は全くなく、逆に清々しい笑顔を浮かべていた。

「お母さんとお父さんは私が守るから」

「ダメよ輝夜!」

「…助け合うのが家族、だよね?」

 


 その言葉を最期に、背中から崖に飛び込む輝夜。その小さい体は奈落へと落ちていき、やがては肉眼では捉えられなくなった。

雨が降り始め、雷鳴が轟く。

神侑は輝夜が先ほどまでいた崖に向けて悲鳴を上げるしかなかったのだ。




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