第46話 裏切り

「お前、どういうつもりだ」


 俺は動揺する心の中を隠すように冷静な口調で問い詰めた。

 視線の先には、リュミヌーを左手で押さえつけ、右手に持った斧の刃先をリュミヌーの首に当てている人物がいる。


 リュミヌーは不安そうに俺を見つめている。


「別に」


 それだけいってそいつは冷笑を浮かべた。


 俺の隣にいるヴェーネもリディも皆、事態を理解しきっていないようだ。

 そりゃ、俺だって理解できない。

 ここまで一緒に苦労してきて、何で……。


 リュミヌーを捉えている人物はアイスブルーの髪をした斧使いで、勇者パーティーのリーダー、セリオスだ。


「最初からこれが狙いだったのか? セリオス」


 リュミヌーがとらわれ、動揺しつつも俺はセリオスに質問をぶつける。


 考えてみれば、たった1週間で戦線に復帰してくるのはおかしいとは思っていた。

 セリオスは金持ちだから、高価なポーションを湯水のように使って回復したと無理に納得させていたが、ずっと引っかかってはいたのだ。


 シャンテが静かに俺の隣に移動してきた。


「やはり、あいつは魔障に侵されている」


「魔障? ロッティの時みたいに?」


「いや、奴の場合もっと深刻だ。あのセリオスとやらはどうやら精神を完全に乗っ取られている」


 精神の乗っ取り?


「ということは、セリオスは誰かに操られているのか?」


 俺がそう聞くと、シャンテは一層険しい顔付きになる。


「いや……、この気配は、まさか……!」


 シャンテは難しい顔をして、何か考えている。

 セリオスに何があったのかはわからない。

 だが、今一番大事なのはそんなことじゃない。


「リュミヌーを離せ!」


 俺はセリオスに怒りをこめてそう言った。

 だがセリオスは相変わらず冷酷な笑みを浮かべたまま、リュミヌーを連れてじりじりと後方に下がっていく。


「この娘を返して欲しければ追ってくるんだな」


 そう言い残して、セリオスは下へ続く階段を降りていった。

 リュミヌーと一緒に。


 そして、セリオスの後を追うようにミロシュも階段を降りていく。


「リュミヌー!」


 急いで後を追いかけようとする俺を、シャンテが引き止める。


「まて、今追いかけても返り討ちにあうだけだ。お前も感じたはずだ、魔障の影響でセリオスの魔力が増大していたのを」


 たしかにシャンテの言う通り、様子が変わったセリオスからただならぬ魔力の奔流が感じられた。


 今までこの迷宮で倒してきたどのモンスターよりも強大な魔力を。


 45層に来るまでに俺たちは体力を消耗している。

 おまけにエンシェントベヒモス戦で更に消耗してしまった。


 今セリオスと戦っても、おそらく勝ち目はないだろう。


 それでも……!


 リュミヌーを目の前でさらわれてしまい、ジッとしているなんて、俺にはできない。

 冷静さを失う俺を、シャンテが落ち着かせようとする。


「奴がなぜリュミヌーをさらったのかはわからない。だが、一緒に連れていったということは、何か利用価値があるということだ。すぐに殺されることはないはずだ」


 確かにシャンテの言う通りだ。

 俺はすぐにでも追いかけたくなる衝動をどうにか抑え込む。


 冷静になれ。

 リュミヌーを救えるのは、俺だけだ。

 だから今むやみに追いかけてやられるわけにはいかない。

 休息をとって態勢を立て直す。


 それが最善手だ。


「アラド……」


 心配そうに、ヴェーネが俺の顔を覗き込んできた。


「ヴェーネ、俺はもう、大丈夫だ……。今はここで休息しよう」


 ほんとは大丈夫じゃないんだけど。

 それでも、今は俺がリーダーなんだから、俺がしっかりしないと。


 その夜、俺たちは45層でキャンプをした。

 テレーゼとヨアヒムに話を聞いたところ、彼女らもセリオスの企みは知らされていなかったらしい。


 セリオスの奴、リュミヌーをどうするつもりだ。

 魔障に侵されているとの話だが、俺のリュミヌーを奪った以上、それ相応の報いは受けてもらうつもりだ。


 だが今は休息して体力回復につとめる。


 次の日、キャンプを片付けると、俺たちは46層へと歩を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る