第21話 修行開始

 シャンテから『災禍の王』なる存在を聞かされ、少なからず動揺してしまった。


「そう言えば」と、思い出したようにシャンテが訊ねる。


「10層にもう一つの冒険者パーティーがいたようだが」


 シャンテが聞いているのはセリオス達のパーティーのことだろう。


「ああ、それがどうかしたのか?」


「私が見たところ、彼ら……特に斧を使ってた冒険者と太刀を使ってた冒険者の二人は『魔障』に侵されていた。それで正常な判断が出来ない状態だったようだ」


 なるほど。

 確かにセリオスとミロシュは俺の忠告を無視してボスにむやみやたらに吶喊していた。いくらあいつらが脳筋でもあそこまで無鉄砲になるわけないからな。

 それだけ、魔障というのは危険な存在ってわけか。


「じゃあ、その『災禍の王』を放っておくと、この村だけじゃなく……」


「ああ、大陸全土……ひいては世界全体にまでその凶兆は及ぶだろう」


 俺の質問に押し殺したような声で答えるシャンテ。


「アラドさま……」


 いつの間にか俺の横にいたリュミヌーが、俺の右手に指を絡めてくる。

 その表情は不安の色を帯びている。

 俺を失いたくないのだろう。

 まあ、俺も死ぬつもりはないがな。


 とりあえず、王都の冒険者ギルドにこのことを報告した方がいいだろうな。

 この案件は、もはや俺達だけで抱えていられるものではない。

 古の地下迷宮の存在は既に冒険者ギルドの知るところにあるから、近いうちに大々的に攻略部隊が編成されるに違いない。


 王都テルネアを代表する勇者パーティーが一堂に会しての、大がかりな迷宮攻略。

 当然そこにはセリオス達のパーティーも参加するのだろう。

 俺はといえば……。


「とりあえず、今日は疲れた……」


 シャンテがまだ何か言いたそうにしていたが、今日のところはゆっくり休みたいという俺の意向をくみ取ったのか、会議はこれでお開きとなった。


 夜になり、俺は自室のベッドに倒れこみ、そのまま泥のように眠りについた。



◆◆◆◆



 次の日、朝食を終えた後、シャンテに呼び出される。

 昨日の話の続きだろう。


「それでアラド、『災禍の王』の件だが、奴を討伐するのにお前の力を貸してくれないか」


「……ああ」


 俺の返答を聞くと、シャンテのクールな顔が僅かに綻ぶ。

 俺に断られるのではないかと心配していたのだろうか。


「シャンテも一緒に戦ってくれるのか?」


「いや、残念だが私は無理だ」


「ええっ!?」


 そんな……。シャンテを戦力として期待していただけに、その返答は正直言ってショックだった。

 彼女の力がなければ10層のデスクラブを倒すことは出来なかったろうしな。


「これを見てくれ」


 そう言ってシャンテは、自らの両腕を俺に見せてきた。

 彼女の両腕には、生々しい傷痕が幾重にも刻み込まれていた。


「迷宮での戦いの連続で、私の身体はもはやボロボロだ。この村の護衛くらいならどうにかこなせるが、デスクラブほど実力が拮抗したモンスターが相手ではとても持たないのだ」


「そうか……」


「本当に済まない」


 シャンテは悔しそうに俯く。

 怪我しているのなら、仕方ないだろう。

 しかもあれはただの怪我じゃない。

 戦士生命に関わるような大怪我だ。

 昨日のデスクラブ戦で、剣を振るって奴の甲羅を打ち砕いていたのが信じられないくらい、シャンテの怪我は重傷だった。


「その代わり、お前に剣術を教えることは出来る」


 シャンテのあの剣技を、俺に伝授してくれるというのか。


「今のお前の実力では10層より下の階層の敵にはとても太刀打ちできないだろう。幸い『災禍の王』の復活にはまだ時間がかかる。今のうちに修行しておいた方がいいだろう」


「そうだな」


『災禍の王』が鎮座するのは100層。

 10層のボス程度に苦戦しているようじゃ、とてもそこまでたどり着けないだろうしな。

 それに、俺はまだ二刀流を覚えたばかりだ。

 もう少し修行して、二刀流を完全に自分のものにしたい。


「じゃあシャンテ、改めてよろしく」


「ああ、言っとくが私の修行は厳しいぞ、アラド」


 その日から俺はシャンテと共に修行に打ち込むこととなった。



 ◆◆◆◆



 シャンテの修行一日目が終わり、俺はクタクタの身体を引きずりながら村長の家に帰宅。


「お帰りなさい、アラドさま。ご飯にします? お風呂にします? それとも……」


 明るく俺を出迎えてくれたリュミヌーが、俺の顔を見てギョッとする。


「あ、アラドさま、だ、大丈夫ですか……?」


「あ、ああ……」


 リュミヌーが本気で俺を心配してくる。

 今の俺はよほど酷い顔をしているのだろうか。


 シャンテの修行は、まさに地獄と言うほかなかった。

 思い出すだけで背筋がゾッとする。

 しかもあれをこれから毎日こなさなきゃいけないかと思うと、憂鬱になってくる。

 上手く口実を作って逃げ出せる方法がないか、本気で考えてしまうほどだ。


「アラドさま……、さ、こちらへ」


 リュミヌーが俺を食堂まで連れていってくれた。


 正餐を終えると、俺は部屋に戻ってベッドに倒れこむ。

 もう一週間くらいリュミヌーと身体を重ねていない。

 俺の仕事の一つに、ハーフエルフの子供作りがあるが、こんな疲れ切った身体ではとてもやる気にならない。

 寂しそうにしているリュミヌーには悪いとは思うし、俺だってしたいんだけどね……。


 部屋の扉が開く音がして、リュミヌーが入ってきた。

 彼女は俺に気を遣っているのか何も語りかけず、ただ黙ってそっと疲れ切った俺の身体を抱きしめてくれた。

 甘い香りと柔らかい肌の感触が俺を優しく癒してくれる。

 母親の胸に抱かれるような安心感を味わいながら、俺の意識は夢の中へと沈んでいった。

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