第18話 10層 ボス戦

「お、お前……! アラドか!?」


 驚愕の表情でセリオスが叫ぶ。俺はとっさにセリオスの前に飛び出して、彼の命を奪おうと放たれたデスクラブのハサミ攻撃をエメラルド色の盾でガード。

 そのまま顔だけ後ろを向いて、


「リュミヌー! 俺がこいつを引き付けてる間にセリオス達をこの場から逃がしてくれ!」


「は、はいっ! わかりました!」


 リュミヌーの返事を耳にしながら、俺は全身に気迫を放つ。


「俺を狙え!!!」


 デスクラブのハサミをシールドバッシュで突き飛ばして、そのまま大部屋の向こうの端へとダッシュ。

 走りながら背後を確認すると、デスクラブの巨体が床を激しく振動させながら俺の後を追ってくる。よし、挑発スキルが効いたみたいだ。


 このまま奴をセリオス達と引きはがして時間を稼ぐ。リュミヌーが彼らを逃がしきるまでの間……、3分、いや、せめて5分耐えてから俺も脱出するつもりだ。


 このデスクラブという巨大なカニ型のモンスターは、さっきチラッと鑑定したらなんとAAAランクモンスターだという。攻撃力、防御力ともに桁違いで、悔しいが現状この場にいる俺達やセリオス達全員の戦力を投入しても勝算はゼロに近い。


 だが、さっきセリオスをかばって奴のハサミ攻撃を受け止めてみて、防御力はともかく攻撃力に関しては、とても耐えられないというほどではなかった。まあそれでも並みのAランクモンスターの攻撃より遥かに重かったが。


 俺はセリオス達がいる所の反対側の壁際までデスクラブを誘導して足を止めると、向きを変えて壁を背にしてデスクラブと対面する。

 奴は獲物を追い詰めたと思っているのか、両手のハサミをガチャガチャ鳴らしながらじりじりと俺との距離を詰めてくる。


 壁を背にしたのは別に追い詰められてではなく、背後を壁にすることで、敵に後ろからの攻撃という選択肢を奪ったのだ。

 あえて自分の背後を塞ぐことで、俺は後ろに注意を向ける必要がなくなり、ただ前方と左右だけに神経を集中させて相手の攻撃に対応すればいいという状況を作ったのだ。

 ちょっとした隙に背後に回り込まれて死角から攻められたら一瞬であの世行きだからな。これで少しでも防御の負担が軽くなるだろう。


 さっきから観察していると、デスクラブの攻撃はほぼあのハサミによる物理攻撃しかない。スキルや魔法などでの遠隔攻撃の手段は持たないと見た。

 なので背後から攻撃が飛んでくる心配はいらない。

 ひたすら前にいるデカガニの動きだけに目を光らせていればいい。


「さあ、来るなら来やがれ!」


 俺は『カーバンクルの盾』を構え、防御スキル『護身の構え』を使った。青いオーラが全身を包む。

 これで俺の防御力はさらに強化された。ただこのスキルを使うと、効果が切れるまで攻撃力はガタ落ちするんだけど。

 だが今は時間稼ぎが目的だから関係ない。


「シャアアアア!!!」


 顔を真っ赤にしたデスクラブがその巨体を揺らして咆哮を上げる。

 どうやら俺の挑発スキルがまだ効いてるな。

 あとはリュミヌーがセリオス達を逃がすまでここでひたすら耐え忍ぶだけだ。


 デスクラブの右側のハサミがこちらに振り下ろされる。

 『カーバンクルの盾』でそれを受け止める。


「ぐっ……!!」


 鈍い衝撃が俺の腕にまで伝わってくる。だが右足に力を入れて転倒しないように踏ん張る。もし転倒したら一巻の終わりだ。


 それから3分間、俺はひたすらデスクラブのハサミ攻撃をガードし続けた。

 AAAランクモンスターの攻撃力は極悪の一言で、これだけ防御を固めてもなおAランクモンスターの攻撃をまともに受けたみたいな衝撃が襲ってくる。

 身体のあちこちが悲鳴を上げてくるが、根性で耐える。


(もう少し……あと少し耐えれば……!)


 そろそろ腕や足が限界と言わんばかりに震えてきた。だがもうすでに体感時間で3分、いや、5分は経っている。

 もうリュミヌーはセリオス達を逃がし終わった後だろう。

 今度は自分がこの場から抜け出さなくては……!


 そう思った時、


 『ギルティドライブ』!!


 『堕天魔王刃』!!


「なっ……!?」


 突然、デスクラブの背後からセリオスとミロシュが、満身創痍の身体で攻撃したのだ。

 何でだ!? 逃げたんじゃなかったのか!?


 彼らの後ろからリュミヌーが鎮痛な面持ちで走ってくる。


「申し訳ありません! アラドさま! この方達が逃げるのはどうしても嫌だとおっしゃって……!」


 そんな馬鹿な……!


「アラド!! 片手剣使いのくせに出しゃばってんじゃねえよ!」


 ミロシュが太刀を構えながら叫ぶ。


「ここで逃げたらAAランク冒険者の恥だ! アラド! お前が逃げるんだ!」


 セリオスも斧を構えてそう叫んだ。


 ……頭が痛くなってきた。

 こいつら今のヤバい状況がわかってないのか? それとも相手との戦力差が見抜けないほど錯乱してるのか? どっちにしろ、正気とは思えない。


「何言ってんだ! 早く逃げろ!!」


 俺がどれだけ叫んでも、セリオスとミロシュは逃げるどころか、ますます気合いを入れてデスクラブに突っ込んでいった。

 そのせいでデスクラブのヘイトが俺からセリオス達に移る。

 セリオス達に狙いを定めたデスクラブが、右手のハサミで薙ぎ払うと、彼らは悲鳴と共に遠くまで吹っ飛んでいって床に沈み、今度こそ動かなくなった。


 彼らの武器が主を失い金属音をたてて床に落ちた。


 だから逃げろって言ったのに……。


 こうなったら仕方ない。生き残っているヨアヒムとテレーゼだけでも逃がすしかないか。

 そう気持ちを切り替えた時、右方向から鋭い閃光が走りデスクラブの甲羅を貫いた。


「グワアアア!!!」


 甲羅を砕かれたデスクラブの悲鳴が轟く。

 とっさに右方向に視線を移すと、一人の美しい女性が片手剣を構えて立っていた。

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