第9話 氷の翼竜

 俺はエルフ族の少女リュミヌーからの依頼を受け、彼女の故郷がある辺境の地ミュルゼアまで彼女を連れていく旅に出た。獣人共和国ガルランド領内に入り、出発前の予想とは裏腹にここまでの旅は順調だった。


 だが、俺は今ようやく難所と言える場所の前で立ち尽くしていた。


 目の前には天高くそびえる山々。

 イザルス山脈。

 辺境の地ミュルゼアまで行くにはここを越えなければならない。


「ついにここまできましたね……」


「ああ、あとひと踏ん張りだな」


 この山は地元の人によると、強力なモンスターが生息しているらしく、別名『死の山』とか呼ばれてるらしい。

 Bランク、もしくはAランクのモンスターか。

 Aランクモンスターだとさすがの俺でもヤバい。

 遭遇しないことを祈るしかないな。


「よし、行くか」


 俺は気合いを入れ直し、リュミヌーと共に歩を進めた。



 ◆◆◆◆



 山の二合目くらいのところまで登ってきた。

 辺りは殺風景な灰色一色で、岩石が所々に点在している。

 道らしい道はなく、足場が悪くて歩きづらいことこの上ない。


「アラドさま……わたし、足がもう限界です……」


 慣れない山登りでリュミヌーの体力はすっかり消耗してしまったらしい。

 顔色に明らかな疲労の色が見える。

 足がフラフラになっている。

 まあ無理もない。

 旅慣れた俺でさえ少しキツイと思うのに、あんな華奢な身体でよくここまで登ってこれたものだ。

 これ以上歩くのはきつそうだな。


「じゃあ、ここで休憩しようか」


「ありがとうございます……」


 リュミヌーの声に覇気がない。

 俺達は適当な岩の上に腰掛けて、一息ついた。

 空を見上げると雲が空一面にかかって太陽を隠している

 日没までまだあるのでできればもう少し登りたいのだが、リュミヌーの様子を見ると今日はもう限界かな。


「リュミヌー、今日はここでキャンプにしよう」


「だ、大丈夫です、アラドさま……。もう少し登りましょう」


「そんな状態で無茶なこと言うな。大丈夫、ゆっくり行こう」


「ありがとうございます、アラドさま……」


 リュミヌーは安らかな顔になって俺の身体にもたれかかってきた。

 そしてそのまますやすやと眠りについた。

 よっぽど疲れていたんだな。

 俺はリュミヌーの頭をそっと撫でると、彼女を柔らかい土の上まで運んで寝かせた。


 さて、俺はキャンプの準備をするか。



 ◆◆◆◆



 夜になった。

 

 俺が焚き火でオークの肉を焼いていると、寝かせていたリュミヌーがむにゃむにゃと目を覚ました。


「起きたか」


「アラドさま……」


 リュミヌーの顔を見ると、夜まで眠っていたおかげか顔色が良くなっていた。


「晩ご飯ができたから食べるといい」


 オーク肉の串刺しを彼女に差し出す。


「わあ、おいしそう」


 そうだろう。

 辺りはオーク肉を焼いた香ばしい香りに包まれている。

 リュミヌーはオークの肉を「はむっ」と一口。


「すごくおいしいです!」


 リュミヌーの顔が一気に明るくなった。


「そうだろう」


 どれ、俺もいただくとするか。


「はむっ」


 肉汁が口の中に広がる。

 得も言われぬうまさだ。

 身体の内側から力が湧いてくる感覚を味わった。


 遠くからモンスターの遠吠えが響いてきた。


「モンスターでしょうか」


 リュミヌーが不安そうに呟いた。


「ああ、でもこのキャンプの中は特殊な結界で守られているから大丈夫だよ」


「そうなんですか」


 俺達のいるテントの周辺には『結界石』というこぶし大の石が周りを囲むようにしていくつも設置してある。

 修業を積んだ神官が祈りを込めて作られたもので、結界石の内側にはモンスターは入ってこれない。

 これのおかげで安心して野営ができるってわけだ。

 旅の必需品だな。

 だが、結界石の効き目は一晩だけで、次の日の朝には聖なる力がなくなってただの石になってしまう。


 俺達はオークの肉を平らげると、テントの中に入った。

 リュミヌーはやはりまだ疲れが取れ切っていないのか、布団にもぐるとすぐに寝てしまった。

 さて、俺も寝るか。



 ◆◆◆◆



 次の日、俺達は再び山頂目指して道なき道を歩く。

 リュミヌーは杖をつきながら、一生懸命に俺の後ろをついてくる。

 半日ほど登っていくと、身体が震えてきた。

 寒い!

 俺はアイテムポーチから防寒着を二着取り出して、リュミヌーに一着渡す。


 いつの間にか、辺りは雪景色になっていた。


「寒いですね、アラドさま……」


「ああ、大丈夫か?」


「はい、昨日食べたオーク肉のおかげか、力が湧いてくるんです」


 料理のおかげで一時的に身体強化されているのだ。

 オークの肉にはそういう効果もある。

 だがこれは一時的で、時間が経つと元に戻るんだけどね。


 なおも登り続けていくと、ようやく山頂が見えてきた。


 だが……。


 山頂付近に大きなシルエットが一つ。


 俺はとっさに盾を構え、リュミヌーの前に立つ。


「アラドさま!」


 前方から凍えるような吹雪が迫ってきた。

 俺は盾でその吹雪をガードし、片手剣を構える。


 山頂にいるシルエットは、二つの翼をはばたかせながら空中を漂っている。

 あいつが吹雪を吐いてきたんだ。

 視界が開け、そいつの姿がはっきりと映った。


 あれは、フロストワイバーン!


 青色の体をした翼竜。

 それが俺達の行方を阻んだモンスターの正体だった。


 フロストワイバーンはAランクモンスターだ。

 しかも空を飛んでいるので近接武器では戦いにくい。


「リュミヌーは下がってろ」


「アラドさま、お気を付けて!」


 リュミヌーを岩陰に避難させて、俺は再びフロストワイバーンと向き合った。


「キシャアアアア!」


 奇声をあげながらこちらへ飛んでくるフロストワイバーン。

 かぎ爪で俺を引き裂く気か。

 俺は大地を転がりながらフロストワイバーンの爪を回避。

 くるっと向きを変えたフロストワイバーンが、全身を震わせ、巨大な口を開けたかと思うと、先ほどと同じ吹雪を吐き出した。


「くうぅ……」


 俺の身体を凍てつく冷気が襲う。

 どうにか耐え忍び、火炎魔法で牽制するも氷の翼竜は空中を縦横無尽に飛び回り、回避されてしまう。


「あいつの動きを止められれば……」


 その後フロストワイバーンは何度も爪で狙ってくるが、俺は盾でガードしていく。

 だが、一部の攻撃は防ぎきれず、ダメージが蓄積されていく。


「くそ、このままじゃまずいな……」


 ふと見ると、岩陰に隠れていたはずのリュミヌーが弓を構えていた。


「リュミヌー!」


「わたし、アラドさまに助けられてばかりだから、今度はわたしがアラドさまを助けます!」


 そう叫んで、リュミヌーは弓を引き絞り、放った。

 だが、放たれた矢はフロストワイバーンにひらりひらりとかわされていく。


「そんな……」


 いや、それで十分だ。リュミヌー。

 フロストワイバーンがリュミヌーの放った矢に気をとられている隙に、俺は大きく跳躍し、フロストワイバーンの翼めがけて片手剣を振り下ろした。


「うおおおおおおお!!!」


 ズバッ!!


「シギャアアアア!」


 あたりに鮮血がほとばしり、フロストワイバーンの左の翼が身体から離れて大地に落下。

 フロストワイバーンが急降下し、俺はそれを追走。


「くらえっ!」


 俺は片手剣をフロストワイバーンの胴体に叩き付け、肉をえぐる。身体を反転させ、さらに追撃の一閃。

流れるように片手剣を翻してもう一撃。


「うおおおおお!!!」


 俺は動きを止めることなく、次々と剣閃をフロストワイバーンに浴びせていく。

 怒涛の10連撃。


「ンギャアアアア!!!!」


 フロストワイバーンの断末魔があたりにとどろき、俺が片手剣を鞘に収めた時には氷の翼竜は大地にその身体を沈めて生命活動を停止させていた。


「アラドさまー!」


 リュミヌーが飛んできて、俺の身体に抱きついてきた。


「リュミヌー、さっきはナイスフォローだった」


「お役に立てて光栄です」


 リュミヌーが俺の胸に顔をうずめてきた。

 俺は彼女の頭をそっと撫でた。


「さあ、あと少しだ。行こう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る