第26話
ここで時間はスピネルと鴉がオニキスと分かれた時に遡(さかのぼ)る。
城内に侵入するとオニキスは始祖と領主を探すため二人と別行動になり、鴉とスピネルは囮としてホールに留まった。
ホールには絨毯が敷き詰められ、絢爛豪華な天井から豪華なシャンデリアがぶら下がっている。クラッシック音楽が流れそうな雰囲気には不似合いな不機嫌な声が響いた。
「別に私一人でもよかったのに」
城を全壊させられるだけの武器を全身につけたスピネルが不服そうに文句を言う。一方の鴉は細身の刀を一本、腰に提げているだけだ。
「沙参を見つける前に城を壊されては困るからな」
その言葉に、スピネルは侵入者に気付いて集まってきた金色の瞳の男達を無視して鴉を睨む。
「どういう意味?」
「言葉のとおりだ」
冷戦を始めようとしている二人へチャンスとばかりに武器を持った金色の瞳の男達が飛びかかってくる。
鴉とスピネルはまるで合図をしたかのように、同時に足下を覆う柔らかい絨毯を蹴った。そのまま重力を無視した動きで壁や天井を縦横無尽に駆け巡りながら攻撃をかわしていく。
負けずと二人を追うように、金色の瞳をした男達も天井や壁を走りながら攻撃をするが、その光景は銃で撃ち合っていることを除けば、追いかけっこをしているようにしか見えない。
スピネルは左右の手に短機関銃を持ち、フルオートで銃弾の数を気にすることなく撃ち続けいる。そして弾倉が空になると、太ももに付けている新しい弾倉を装填して、再びフルオートで連射していく。それでも男達の足や腕にかすりはするが致命傷には至らない。
一方、派手に暴れているスピネルに対して、鴉は攻撃を避けながら間合いに入り、細身の刀で静かに反撃をしていた。だが、こちらも後一歩というところで攻撃をかわされる。
男達はどう見ても軍人ではないが、その動きは軍人以上に訓練されている。どうやら、身体能力の高いモン・トンプ島の住民と戦うことを考えて訓練されているようだ。
「時間をかければ全員倒せるんだけど、そんな時間ないし」
スピネルはそう呟くと、鴉に向かって巨大なシャンデリアを指差した。鴉は黙って頷くとホルターから銃を取り出してスピネルを攻撃していた男達に銃を撃つと、自分を攻撃するように仕向けた。先ほど冷戦を始めようとしていたとは想像できない息の合った動きだ。
男達の攻撃が鴉に移った隙にスピネルは両手に持っていた短機関銃を捨てて、背中に背負っていた軽機関銃を腰に構えた。そして、腰のポーチに入れていたベルト状になっている弾丸を取り出して装填する。
その間に、鴉は絶妙な攻撃で男達を一箇所に集めていた。
スピネルは軽機関銃を天井とシャンデリアを繋いでいる鎖に狙いを定め、迷いなく引きがねを引いた。いままでの銃声とは違う重い音の連発に男達の視線がスピネルに集まる。そして的外れな方向に向いている軽機関銃の先にある物に自然と視線が移った。
そこで全員がスピネルの意図に気付くと同時に巨大なシャンデリアが頭上を直撃した。それでも軽傷だった数人はシャンデリアの隙間から体を起こしてスピネルに向かって銃を構える。
だが銃を向けられたスピネルはにっこりと微笑んで左手で天井を指差した。その動作に男達がつられて天井を見ると、絢爛豪華な装飾が施された壁が眼前にあった。それが天井であると認識したときには全員が意識を失っていた。
派手な音とともに天井がシャンデリアにおおいかぶさる。落ちてきた天井があったところには綺麗な円形の穴が空き、二階が丸見えとなっていた。
「これで、だいたい片付いたかしら?」
天井に大穴を空けたスピネルは、ずっしりと重い軽機関銃を肩に乗せながら鴉に聞いた。
「だろうな。だが、相変わらず荒っぽいやり方だな」
「それは褒め言葉として受け取っておくわ。始祖のことはオニキスに任せて、私達は領主を探しましょうか?」
「そうだな」
二人が頷いて中央の階段に視線を向けた時、優雅に一人の青年が階段を降りてきた。
「騒がしい、お客様ですね。どういったご用件でしょうか?」
銀色に光る見事な白髪に黒い瞳。絶滅寸前の一族と同じ姿に、スピネルが驚いて確認するように鴉を見る。鴉はサングラスに隠れた瞳でスピネルに返事をすると、平然と青年に言った。
「オシスミィ領主だな?」
その言葉にレグルスは優雅に微笑んだ。
「はい、オシスミィ領主のレグルス・クレティエンです。あなた方は?」
レグルスの態度は穏やかで、とても誘拐犯のようには見えない。
「大和国(やまとこく)皇族(こうぞく)近(この)衛兵(えへい)総隊長(そうたいちょう)、鴉だ。訊ねたいことがある」
鴉の確認するような言葉にレグルスはゆっくりと頷いた。
「沙参様のことですね?申し訳ありませんが、すぐにお返しすることは出来ません。彼女にはして頂かないといけないことがありますから。それまでのお時間は、私がお相手させて頂きます」
そう言ってレグルスは左手に持っていた剣を鞘から抜いた。
スピネルが軽機関銃から手を離して、胸のホルターから銃を抜き出す。その一瞬にレグルスが五メートルはあった距離を縮めてスピネルの前に来た。
「くっ……」
レグルスのスピードにスピネルが慌てて下がる。剣で切られた前髪がパラパラと落ちていく。慌てて銃を撃つが、そこにレグルスの姿はない。
「かがめ!」
鴉の声にスピネルが床に伏せる。スピネルの頭上を鴉の足が滑り、靴の底で剣を受け止める。鴉はそのまま剣を弾くと、レグルスとの距離をつめて接近戦を挑んだ。
鴉は銃を使わずに刀で攻撃するが、レグルスは鴉の動きを全て読んでいるかのように最低限の動きで攻撃をかわしている。
「やっかいだな」
鴉は攻撃がきまらずに焦る感情をどうにか鎮めながらレグルスの隙を探す。
だがレグルスはそんな鴉をあざ笑うように余裕で余所見をしている。その視線の先には銃を二人に向けたまま動けないでいるスピネルがいた。
スピネルはレグルスだけを狙おうと銃を構えているのだが、二人の素早い動きに狙いが定まらず、このまま撃っても銃弾が鴉に当たる可能性が高かった。
「……まずいわね」
スピネルは二人の力の差に気付いていた。
「能力は互角ぐらいなんだけど……」
鴉は人間離れした身体能力の高さから対等に戦える相手がいなかった。そのため、一対一の戦いによる長期戦の経験はほとんどない。不慣れな戦い方に自然と焦りが生まれ、実力が出し切れずにいるのだ。
反対にレグルスはかなり戦い慣れしており、鴉の経験不足にも気付き始めている。二人の能力が同等である以上、この差は大きい。
「このままだとヤバイわね」
スピネルが他の方法で援護が出来ないか、銃を構えたまま視線を動かす。
「スピネル!」
鴉の声と同時に肩に鋭い痛みが走った。
反射的にスピネルは転がりながらその場を離れ、そのまま勢いを利用して体を起こす。銃を構えようとした瞬間、胸に圧力がかかり、体が宙に浮いて全身を壁に叩きつけられた。
「ゴホッ、ガハッ……」
鮮血が固まりとなって口から吐き出される。息をしようとするが、うまく空気が吸えない。呼吸をするたびに、全身に激痛が走る。
「……肋骨が何本か折れたわね」
レグルスに蹴られた胸を左手で庇いながら顔を上げる。その先ではレグルスが冷徹な顔で剣を振り下ろしていた。
「ヤバッ!」
スピネルが逃げようと体を動かすが、力が入らない。剣が眼前に迫った時、黒いスーツに全身をおおわれ、そのまま部屋の隅に移動していた。
「鴉!」
「体が動くようになったら逃げろ」
そう言って鴉は刀を左手に持ちかえると、再びレグルスにむかっていった。だが、その後ろ姿には刀を握っていた右腕がない。先ほどまでスピネルが倒れていたところに鴉の右腕が転がっている。
スピネルは右腕を取りに行くために立ち上がろうとしたが、まったく足が動かない。それどころか、胸から下の感覚がまったくなかった。
「脊髄も折れたわね……」
スピネルは胸に走る激痛を堪えながら、右腕に向かって這いつくばるように床を移動していく。
「鴉の回復力なら腕はすぐに傷口につければ元に戻る……つける時間があれば、だけど」
どう考えてもそんな時間などないが、スピネルは目的である右腕に向かって手を伸ばした。
「あと、少し」
あと三十センチというところで突如、右腕が消えた。
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