第21話

 沙参はため息を吐きながら顔を上げて水晶の中の少女を見た。

 黒い瞳の中に沙参の姿が映る。その瞬間、目の前の少女と水晶が消え、部屋の壁が青空になり、眼下に草原と山々が広がっていた。


「なんだ?」


 沙参が周囲を見ようとするが顔を動かせない。

 何故か馬に跨り、甲冑を身につけている。まったく状況が把握出来ない中、眼下に広がる草原に二つの軍隊が対峙するように現れた。


 左側の軍隊の兵士は青色のマントに身を包み青色の旗を掲げている。一方、右側の軍隊の兵士は赤色のマントに身を包み赤色の旗を掲げている。そこに戦(いくさ)の開始を知らせる太鼓が鳴り響いた。兵士達の声が雷のように響き、土石流のように一斉に走り出す。


 その様子を真っ直ぐ見つめていた瞳と手が沙参の意思とは関係なく動いた。青空に向かって右手を掲げる。指先は青白く光り、そのまま滑らかな動きで何もない空間に文字を綴(つづ)った。


 古文魔法?!


 見てのとおり空間に魔法文字を書くことで力を魔法に転換する、魔法の一種である。数種類ある魔法の中でも高等技術と能力、そして古代魔法の知識が必要であり、口頭でしか引き継がれなかったため資料はほとんど残っていない。


 そんな骨董並みに貴重で古い魔法に沙参が驚いていると、突然、赤色の兵士達の中で爆発が起きた。それも一回ではない。何回も連続で噴火した火山のマグマのように炎が上がり、その勢いで兵士が宙を舞う。その光景に青色の兵士達の動きも止まるが、何かに誘導されるように再び勢いよく攻撃を始めた。


 なんて力の持ち主だ。これほど離れた距離から、これだけ巨大な魔法を操れるとは。


 沙参が感心している間にも手は止まることなく次の古文魔法を綴っていく。

 赤色の兵士の中心に竜巻が発生したり、雷が落ちたりしている。そのうち赤色の兵士が少しずつ後退を始め、草原が青一色に染まっていく。そこで古文魔法を綴っていた手が止まった。あとは青色の兵士が圧勝する姿を静かに見守っている。


 草原が勝利の歓声に沸いている中、後ろから近づいてくる蹄の音に初めて体が動いた。馬から降りて後ろから近づいてくる人を待つ。


 視線の先に青いマントと鎧を身に着けた一人の人間が馬に乗って現れた。

 近づいてくる人の顔は兜に隠れて見えないため誰か分からないのに、沙参の意思に反して顔は笑顔を作っているのが分かる。そのまま近づいてくる馬に駆け寄り声をかけた。


「レグルス様、ご無事でなによりです」


 口から出た声は、鈴の音という表現が相応しい軽く可愛らしいものだった。沙参の雪解け水のような清らかで落ち着いた声とは違う。


「貴女のおかげですよ、ステラ」


 そう言いながら馬から降りて兜を取る。白に近い長い銀髪が零れ落ち、端整な青年の顔が現れた。


 レグルス!?


 沙参の頭に先ほどまで話していた誘拐犯の顔が浮かんだ。


 どう見ても瓜二つの同じ顔。


 これで他人というほうが無理である。たとえ肉親だとしても、一卵性双生児にしか見えない。だが、これだけ似ているこの青年と誘拐犯のレグルスとは一つだけ違いがあった。それは瞳の色だ。この青年の瞳は空と同じ青。誘拐犯のレグルスの瞳の色はコンタクトで色を変えているが黒。


 と、ここまで考えて沙参は一つの考えに辿り着いた。


 ……レグルスの過去か?いや、レグルスの昔の姿か。これは記憶だ。誰かの記憶をそのまま見ているのだろう。だが、誰のだ?


 その答えを出すようにレグルスの身につけている鎧に白髪の少女の姿が映った。一瞬、自分の姿が映ったのかと思うほど似ている。よく見れば別人だと分かるのだが、特徴的な粉雪のような白髪と夜の空のような黒い瞳は同じだ。


 こいつの記憶か。


 納得した沙参が見たものは水晶に封印されている少女の姿だった。


 目を見たときに取り込まれたか。だが、どうすれば戻れる?


 沙参が考えている間にも記憶の回想は進んでいく。レグルスとステラと呼ばれた少女は馬で移動して青い兵士の軍隊と合流すると、小さな城下町に着いた。


 町に到着すると同時に人々の歓声に包まれ、笑顔に囲まれた。レグルスは集まる人々に少しだけ微笑みながら叫んだ。


「我々は勝利しました!ですが負傷者も大勢います。祝いより先に負傷者の手当てをして下さい」


 レグルスの言葉に町の人々から歓声が消えて素早く動き出す。その中でステラも負傷者の集まっている診療所に向かった。


 ステラは傷の手当てをしている町の女性達と一緒に傷の深い負傷者から魔法で治療をしていた。戦を勝利に導き、自分達を治療しているステラの姿に敬意の視線が集まるが、同時に敵をあっさりと撤退させた巨大な力に対する畏怖の視線もあった。


 だがステラは集まる視線を気にすることなく治療を続けていく。その中で若い青年に手を伸ばすと、怒鳴り声とともに手を弾かれた。


「触るな、化け物!」


 その声に治療をしていた人々の動きが止まる。ステラの手も弾かれたまま止まっていた。


 そこに一人の恰幅のよい女性が出てきて、青年に怒鳴った。


「ステラ様になんて口をきくんだい!お前が生きて帰ってこれたのも、ステラ様のおかげだろ!」


 女性の一喝に青年は一瞬怯んだが、再び怒鳴るように言った。


「あんたは見てないから、そんなことが言えるんだ!地面から火が噴出して、竜巻が人を襲うんだぞ!しかも空は晴れているのに雷が落ちてくる。それを全部、こいつがやったんだ。人間じゃない。化け物だ!」


 その言葉に全員が静かになった。誰も反論できなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る