第3話 夢の国へご招待&コスプレ劇場

「まったく。ここには、あまり来たくなかったんだけどね」


 空港から出たアクセリナはどこまでも広がる青空を見上げた。ここはアクディル財閥のお膝下、米国だ。


「とりあえず、ここでは逃げ隠れしても無駄でしょうから堂々とするしかないわね」


 むしろ、ここで綺羅が出てきたら豪華な食事やショッピングをして奢ってもらおうかと考えていた。そうして浮いた費用を逃亡資金に回すつもりだったのだ。


 だが、アクセリナの考えとは違って綺羅は姿を見せなかった。


 今回の仕事である海岸での写真撮影はスケジュール通りに終わり、気が付けば米国に来て一週間が過ぎていた。


「静かすぎて不気味ね。嵐の前の静けさかしら?」


 アクセリナは日課であるジョギングを終えてホテルの部屋に帰ってくると、そこに一枚のメッセージカードが置かれていた。


『夕食を一緒にどう?八時にホテルのフロントで待っている』


 アクセリナはメッセージカードとともに置かれていた一輪の青いバラを手にとって苦笑いをした。


「まさか、最終日に声をかけてくるなんて。これじゃあ、あまり奢ってもらえないわね」


 差出人の名前はなかったがアクセリナには分かっていた。


「とりあえずシャワーを浴びなきゃ」


 そう言うとアクセリナはガラスのコップに水を入れて青いバラを活けるとシャワー室へと歩いていった。




 約束の時間にホテルのフロントに行くと、綺羅が最初に見たような間抜け面をしていた。


「どうしたの?」


 アクセリナの問いに綺羅が慌てて首を振る。


「い、いや、本当に来てくれるとは思わなくて。また逃げるとばかり……」


「まあ、今まで逃げ回っていたものね」


「そうなんだけど……」


 そう言いながら綺羅がアクセリナの全身を見る。


「何?私の恰好、変?」


 アクセリナは赤いイブニングドレスを着て胸には青いバラを付けていた。

 髪はアップでまとめて、どんな高級店でもドレスコードに引っかかることはない完璧な服装である。


 だが、綺羅の服装はシャツにジーンズといったとてもラフな服装をしている。それでもモデル並みの外見をした綺羅が着ると、どこか洗礼されていて格好良いのだが、自分の服装との落差は一目瞭然だ。


 アクセリナはこめかみをひきつらせて怒りを抑えた笑顔を作った。


「どこで食事をするつもりだったのかしら?それとも私が来ないと思って、そんな恰好なのかしら?」


 アクセリナに指摘されて綺羅は慌てて自分の服を見た。


「いや、これから行くところは動きやすい服装のほうがいいからさ。でも、アクセリナは赤が似合うんだね。思わず見とれちゃったよ」


 そう言って嬉しそうに笑う綺羅の顔を見てアクセリナの怒りは一気に冷めた。

 諦めたようにため息を吐いて踵を返す。


「動きやすい服に着替えてくるわ」


 そして五分後。

 アクセリナは綺羅と同じようにシャツとジーンズというラフな服装でロビーに現れた。


「早いね」


 驚く綺羅にアクセリナが当然のように話す。


「モデルは着替えが早くないと仕事にならないのよ。で、どこで食事をするの?」


 アクセリナの質問に綺羅がいたずらをした子どものような笑顔で言った。


「秘密。着いてからのお楽しみだよ」


 綺羅に言われるがままホテルから出ると一台のスポーツカーが停まっていた。


「さあ、乗って」


 綺羅が運転席に乗り込む。その姿を見てアクセリナは素直に疑問を口にした。


「自分で運転するの?」


「そう。何か問題ある?あ、運転免許はちゃんと持っているよ」


 そう言って運転免許証を見せようとする綺羅にアクセリナは軽くため息を吐いた。


「そう言うことを言っているんじゃなくて、あなたぐらいのお金持ちなら運転手付きの車だと思っていたのよ」


「あぁ、そういうこと。オレは人に運転してもらうより自分で運転するほうが好きなんだ」


「わかったわ。とりあえず行きましょ。お腹が空いたわ」


「オレもお腹空いた。早く行こう!」


 子どものようにはしゃぐ綺羅が運転することに一抹の不安を覚えながらもアクセリナを乗せたスポーツカーは発進したのだった。




 そうして到着した場所はネズミで有名な夢の国だった。


「今から、ここで食事?もうすぐ閉園するわよ」


 呆れたように言いながらもアクセリナは心の中で狂喜乱舞していた。

 実はアクセリナはこの夢の国が大好きなのだ。子どもの頃に見た映画がきっかけで、この夢の国にはまり一度は訪れたいと思っていた。だがトップモデルになり、人が多いところに行くと騒ぎになるため、ここに来ることは諦めていたのだ。


 幻想的にライトアップされた園内を軽い足取りで見ていくアクセリナに綺羅は笑顔で言った。


「今日は定期点検日で休園なんだけど、点検が終わったから貸切りにしたんだ」


「え!?」


 それまで踊るように歩いていたアクセリナの足が止まり驚いた表情で綺羅を見る。

 そのことに綺羅は何を思ったのか慌てたように弁解を始めた。


「休園日だから他のお客を締め出して貸切りにしたわけじゃないよ。誰にも迷惑かけてないでしょ?」


「ここの職員に迷惑をかけているわ」


「そ、それは、ちゃんと特別手当を出すようにしてもらったし……」


 アクセリナが白銀の瞳を細める。


「お金で解決させるの?」


「いや、そんなつもりじゃぁ……」


 そう言いながら綺羅が沈んでいく。

 その様子にアクセリナはお腹を抱えて笑った。


「冗談よ。ここの職員はこれが仕事なんだから。ちゃんと、この仕事分の給料が

出ているなら問題ないでしょ。でも、それで人が少なかったのね」


 アクセリナが少し残念そうに周りを見る。


「遊園地がこんなに寂しく思えるなんて初めて」


 アクセリナの言葉に綺羅が顔を上げる。


「人が多いほうがいい?」


「多すぎるのも嫌よ。適度がいいわ」


「わかった!」


 綺羅は急いでどこかに電話をかけて用件を話すと、すぐに切った。


「じゃあ、ご飯を食べに行こう」


「え、あ、ちょっと!」


 綺羅はアクセリナの手を掴むと走り出した。



 夢の国でしか食べられない夢に溢れた夕食を食べたアクセリナは満足そうに外に出た。

 すると、先ほどまでは全く人がいなかったのに、ちらほらと人影がある。しかも頭にネズミの耳をつけたり、手にぬいぐるみを抱えていたりと、普通に遊園地に遊びに来ている人たちだ。


 アクセリナが隣を見ると綺羅が満足そうに言った。


「これで寂しくないでしょ?」


「この人たちは?」


「エキストラの人」


 綺羅の言葉にアクセリナは開いた口が塞がらなかった。

 お金をもらえる上に夢の国で遊び放題。なんて羨ましい仕事……と、いうより自分がその仕事をしたい。アクセリナは本気でそう思ってしまった。


「どうしたの?」


 反応がないアクセリナに綺羅が首を傾げる。

 アクセリナは深いため息を吐いて綺羅を見た。


「まったく。私一人のためにいくら使っているのよ?無駄じゃない?」


「無駄じゃないよ!」


 綺羅が勢いよく反論する。


「アクセリナの望みを叶えるのに無駄なことなんて一つもないよ!アクセリナが楽しんでくれたら、それだけで十分価値があるんだから!」


「わ、分かったから。落ち着いて」


 隣で叫ばれたためアクセリナは思わず耳を塞いでいた。


 アクセリナの様子に綺羅が慌てて声を小さくする。


「ご、ごめん」


「でも、これあなたのお金でしているんじゃないんでしょ?親に迷惑をかけてい

るじゃない」


「オレのお金だよ。オレの親は自分の小遣いは自分で稼げって言って、何もくれないんだ」


「……つまり、今まで私を追っかけてきた時に使った費用も、ここの貸切り代も、エキストラ代も全部ポケットマネーなの?」


「そうだよ」


 当然のように頷く綺羅にアクセリナは眩暈がした。


「恐るべし、アクディル財閥の御曹司……」


「え?何?」


 アクセリナの呟きが聞こえなかった綺羅が近づく。アクセリナはそれを無視して踊るように踏み出して振り返った。


「行きましょう。しっかり遊ばなきゃ」


「そうだね」


 抵抗するだけ無駄だと悟り、開き直ったアクセリナは夢の国を満喫したのだった。




 夢の国を満喫した翌日。


 アクセリナは次の仕事地へと米国内を移動していた。

 一人で身軽な移動を好むアクセリナは、仕事中以外は単独で行動することが多かった。そのことを女性マネージャーは嘆いていたがアクセリナは気にすることなく我が道を進んでいた。


 仕事は明後日からなのだが早めに現地に到着したアクセリナは軽く周囲を警戒しながら呟いた。


「先に来ていないわよね?」


 綺羅の気配がないことを確認してアクセリナはそそくさとタクシーに乗ってホテルへと向かった。


 カウンターでチェックインを済まして部屋に入ると、そこには一枚のメッセージカードとともに一輪の青いバラがあった。


「なんで、ここに泊まるって知っているのよ……しかも、昨日の今日で……」


 両膝を床につけて頭を垂れる。体が倒れなかったのは右手にあるスーツケースが支えとなっていたからだ。


 完全に力が抜けたアクセリナはよろよろとメッセージカードを手に取った。


 中身を見ずに捨てるという選択肢もあるのだが律儀なアクセリナはそんな失礼なことはしなかった。メッセージカードに書かれていた内容は明日の日付でここに来てほしいと住所が書かれていた。


「まあ、明日は一日休みだからいいわ」


 そう呟くとアクセリナは青いバラをコップに活けてベッドに寝転んだ。


「さすがに疲れたわね」


 連日移動と仕事漬けで体を休ませることがなかったアクセリナはその日、久しぶりに思う存分安眠を堪能した。



 次の日。

 アクセリナがメッセージカードに書かれていた住所に行くと、そこは映画の撮影所だった。

 この街全体が映画で有名なのでいろんな場所に撮影所があるが、ここはその中でも一番大きな所だった。


「今度は何をするつもりなのかしら?」


 アクセリナが受付に行くとスタッフによって控室のような場所に案内された。

 そこで、ここの担当者のような女性が出てきて簡単に挨拶をされると何故か強制的に服を脱がされた。


「ちょっと、待って!なんなの?」


 アクセリナの質問には一切答えずに数人の女性に囲まれて小難しい作りをした服を着せられていく。

 その間にプラチナのように輝く銀髪が結い上げられ、化粧までされていく。


「あー、もう、説明ぐらいしてよ!」


 人に髪や顔をいじられることは仕事柄慣れているが説明がないのは初めてのことである。

 怒るアクセリナに担当者の女性がにこやかな笑顔でこちらに来るように言った。その顔は自分の仕事に完全に満足している表情である。


「まったく、なんなのよ!」


 アクセリナが動きにくいスカートを持ち上げて移動していく。


 そして案内された先のドアを開けてアクセリナは瞳を丸くした。


「何、ここ?」


 そこは中世のヨーロッパの城のようだった。入り口からまっすぐ伸びる赤い絨毯。その先には木で造られた階段があり、その上にはシャンデリアが輝いている。


「アクセリナ!」


 茫然としているアクセリナに聞き覚えがある声が響いた。よく見ると階段の中腹に綺羅がいて、優雅にこちらに向かって歩いてきていた。


「どう?すごいだろ?」


「まあ……確かにすごいけど」


 いろいろな意味で。という言葉は言わなかった。


 アクセリナの前に立つ綺羅は中世の騎士のような服を着ていた。この場所では違和感はないが、一歩外に出れば確実に痛い人だ。


「今、実写版の映画の撮影をしているんだけど、ちょっとお願いして衣装と場所を借りたんだ」


「……実写版?」


 その言葉にアクセリナは改めて自分が着せられた服を見た。どこかで見たことがあると思ってはいたが、ようやくそれを思い出したのだ。


「あの映画の実写版?ここは、その撮影所なの?」


 アクセリナが夢の国を大好きになった映画。

 それが実写映画化されることは知っていたが、まさか自分がその場所にいるとは思わなかった。いや、普通は思うわけがない。


「そう。どう?お姫様になってみて」


 綺羅が優雅に微笑む。その姿はそこらへんの俳優より男前で気品があり服装とピッタリだ。

 一方のアクセリナも見事な銀髪に整った顔立ちで主演女優よりドレスを着こなしている。


 これ以上ないほど似合いすぎて豪華な絵となっている光景に撮影スタッフから感嘆のため息が漏れる。


 だがアクセリナは軽く肩をすくめて言った。


「ドン引きね」


 アクセリナの言葉に綺羅だけでなく周囲にいた全員が自分の耳を疑った。


「へ?え?なんで?」


 全員の言葉を代弁した綺羅にアクセリナは自分のドレスを見ながら言った。


「私、コスプレをする趣味はないみたい。見るのは楽しいけど、自分がなるのは違和感があるわ」


 この完璧な状況をコスプレで済まされて周囲のスタッフが落ち込む。


 だが、一番落ち込むべき綺羅は少し残念そうな顔をしただけだった。


「そっかぁ。喜んでくれるかなぁと思ったんだけど」


「悪いわね」


 そう言って立ち去ろうとしたアクセリナに綺羅が慌てて声をかける。


「あ、待って。せっかくだから写真を一枚だけ撮ってもいい?」


 眉をハの字にして心細そうに立っている綺羅を見てアクセリナはつい頷いてしまった。


「一枚だけならいいわよ」


 その言葉に綺羅が飛び上がらんばかりに喜んだ。


「ありがとう!」


 アクセリナの両手を握ってブンブンと手を振る。


 そうして撮った一枚を綺羅は巨大な絵画サイズで現像して家のリビングに飾った。

 そして、それを見たアクセリナが一瞬で写真を灰にするのだが、それはまた数か月後の話である。


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