8-2

「その様子だとぜんぜん見てなかったみたいね。よかったわぁ。見ても不愉快になるだけだろうから、それでいいのよ」


 ペギーの長い指がPlum phoneをくるくる回す。それを見ながら、一応とアリスは尋ねる。


「あの、何があったんですか」


「んー、それがねぇ。何人かが突然ギルドチャットに『こんなクソゲーやめるわ。やってるやつ頭おかしい』って投稿し始めて」


「何人か?」


「さすがアリスちゃん。いいところに気付いたわね」


 包み終わったストラップを店員からうけ取り、アリスはレジから一歩ずれた。シーサーのストラップについた鈴がころりと鳴った。

 ペギーは続ける。


「どうやら『Dust Crystal』って非公式パッチにイタズラが仕込まれてたみたいなのよ。それが同時に発動したって感じ。でもギルドによっては真に受けて喧嘩になって、全域チャットにまで争いが波及したりでもう大混乱。パッチ入れるようなやつはいずれにせよギルド追放だの、パッチ適用者でギルド組みましょうだのなんだのかんだの……」


 カルナの言ってた通りだ。アリスはカルナのにやけ顔を思い出す。


『どーーーーせマルウェア仕込まれてる。俺の自作した高性能サーバー1台賭けてもいい。このパソコンもおまけにつけられる』


 カルナは無事に二台のコンピューターを守りきった。


 ペギーはPlum phoneの画面をちらりと見る。


「まーだやってるからしばらくプレイしないほうが精神衛生にいいかもしれないわね」


「あ、ありがとうございます」


「いいえー。それじゃ、次の『Fairy Dance』で会いましょ。なんども言うけどIvanアイヴァンに一人で会っちゃダメよ。妖精の祝福あれ〜」


 ペギーはウインクし、長い脚でモデルのように歩き去っていった。片手で『Fairy Dust』をプレイしながら。


 アリスはその背を見送り、ぽつりと呟く。


「ほんとうにイタズラだけのパッチなのかな」


 カルナのせいですっかり疑り深くなってしまった。そして。


「……『Fairy Dance』どうしようかなぁ」


 もうすぐ上野公園で開かれるオフイベント。『Fairy Dust』を続ける気はなくなってしまったが、イベントでしか会えないペギーさんや他のプレイヤーたちには会いたい気がした。


 考えをめぐらせながら、アリスも沖縄物産展を離れ、ウインドウショッピングを再開した。




 服を買ったり、アイスを食べたり、一通りショッピングモールを満喫したのち、アリスはカルナのアパートに向かっていた。

 日が暮れるまでまだまだ時間がある。家に帰っても退屈なうえ、『Fairy Dust』無しでは他に寄りたい場所を思いつくことができなかった。


 誰も降りない小さなバス停で降り、ボロアパートの階段をのぼる。チャイムを押す。壊されたチャイムの外装が落ちる。またやってしまった。


 改めてドアを何度かノックする。


「カルナー、遊びにきたよー」


 しばらくしてから鍵の回る音がした。ほんの少しだけドアが開く。


「ノンアポで来るんじゃねぇ」


「いいじゃん、家族なんだし」


 軽口をたたきながら、部屋に上がりこもうとする。しかしアリスはカルナの表情を見、動きを止めた。


「……どうしたの?」


 カルナは満面の苦笑いをしていた。気づいてはいけないことに気づいてしまった、とでも言うような。

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