6-5

 アリスがバスタオルで頭を拭きながら部屋へ戻ると、カルナは相変わらずパソコンの前にいた。


「よくそんな一日中パソコンやってて飽きないねぇ」


 アリスの質問を無視し、カルナは言った。


「急にJailbreakジェイルブレイクの話なんかしだしたと思ったら、これか?」


 カルナが少し椅子を動かして、モニターを見せる。そこには『Dust Crystal』の紹介記事があった。


「そうそう、それ。かなり流行ってるけどどう思」


「やめとけ」


 アリスの話を遮り、カルナはぴしゃりと言い放った。アリスは唇をとがらせる。


「えーなんでー」


「どーーーーせマルウェア仕込まれてる。俺の自作した高性能サーバー1台賭けてもいい。このパソコンもおまけにつけられる」


「それは私のパソコン」


「それくらい確実だ。山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいごの言葉を忘れたのか?」


 アリスは頭を拭く手を止めた。父の背中が脳裏にかすむ。


「おまえが金を払ってないなら、おまえは客じゃなくて……」


「餌。近日中になんか起こるぜ。もしくは起こらないかもな。水面下でクレカ情報ぬき取られてたり」


「……」


 アリスはタオルを放り出し、ストンとベッドに腰をおろした。空色の瞳が不安によどむ。


「ねぇ、カルナ」


「なんだ」


「サイバー攻撃って、誰かが困ることなんだよね」


「知らなかったのか?」


 皮肉たっぷりの口調。アリスはぐっと歯噛みする。


 知らなくはなかった。でも、わかってなかった。


「そんな方法でパパに会おうとしていいのかな」


「なに言ってんだ。山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいごの邪悪さに比べたらどんな犠牲だって些細だろ」


「なんでそうやってパパを悪者あつかいするの?!」


 アリスは思わず立ち上がる。足元で学生鞄が倒れて音を立てた。


「事実だ」


「パパはそんな人じゃない!」


「おまえは目も耳もふさがってんのかよ。十年以上一緒に暮らしてたくせに、あいつの本性もわからねぇなんて。サイバー攻撃であいつの鼻を明かしたいんじゃなかったのか?」


「そうだけど、認めてほしいけど、でも理由はパパが悪い人だからじゃない!」


「あーあーそうかよ! いいかげん黙れ! おまえはあいつに何もされなかったんだな?! よくわかったよ! 見こみちがいだったな!」


「たしかに私はパパに置いていかれたけど、それは私に才……才能がないから仕方ないの!!」


 アリスはもう泣きそうだった。声がひっくり返る。


「じゃあカルナは何されたって言うの?! あの優しいパパに!」


 カルナは机を殴って振り向いた。グラスがひっくり返って転がる。


「どこが『優しいパパ』なんだあのクソ野郎の! あいつは俺の母さんを!」


 ハッと口をつむぐカルナ。強く歯ぎしりをしながらアリスを睨みあげる。


 アリスもアリスで泣きながらカルナを睨みつけていた。


「……カルナのお母さんを、どうしたって言うのよ」


 カルナは答えず、舌打ちしてアリスに背を向けた。


「うるせぇ。バイト行け」


 アリスがPlum phoneの時計を見ると、シフトの時間が迫っていた。目をぬぐい、バイト用のリュックをつかむ。


 部屋を出るアリスにカルナはぶっきらぼうに言った。


「バイト帰りに駅に仕込んだハニーポットWi-Fiと俺の家の鍵を回収してこい」


 言われなくてもそうするつもりだった。さっさとカルナを自分の部屋から追い出したかった。あの牢屋みたいな小汚いアパートに帰って、二度と出てこなければいいとすら思った。


 

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