16.キャンバスに見る海


僕らは電車に乗って商店街へとやってきた。

わかってはいたが休日の商店街は人通りが多く、人混みが嫌いな僕は少し歩くのが面倒くさくなったが、たまにはいいかとその気持ちを飲み込んだ。

「うえ。人すごいね。私人混み嫌いなんだよね。」

春も同じなようだ。



「何食べる?クレープは最後ね!」

「はいはい。んーそうだな…。あ、ちょっと行った所にたこ焼き屋さんあるよ。たこ焼き食べようよ。」

「いいね!食べ歩きって感じ。」


たこ焼き屋さんには2、3組の小さな列ができていた。お昼前なのでどこも賑わっている。

「味、結構選べるんだね。裕也くん何か好きなのある?」

春は看板に書かれたメニューを見ながら僕に聞いてきた。

「そうだな…明太マヨとか定番って感じでいいよね。」

「あーいいね。私ゆずポン酢とか気になるかも!」

「ゆずポン酢か、いいなぁ。どうしよう。」

「あ、もしかして私達優柔不断なタイプ?」

「だね。相手に合わせるタイプかも。」

「どっちもいいなぁ…普通にソースでもいいしネギ塩でもいいな…。」

「選択肢増やすなよ。…あ、醤油のたこ焼きって食べたことある?」

「醤油?ないかも…。」

「決まらないなら醤油にしない?僕も食べたことないし挑戦してみようよ。」

「あ、いい!それいい!じゃあ醤油で!」

僕らは会議の結果、新しい物に挑戦してみることにした。



「あ、おいひいけど、あっふい!!あっふ!」

春がたこ焼きを頬張り苦しんでいる。

醤油味のたこ焼きは想像していたより美味しかった。ソースほどこってりしていないのに味がしっかりしていて、食べやすかった。

「半分に切って冷まして食べなよ…火傷するよ?」

「あぁ!舌火傷したかも。けどはふはふして食べるのがたこ焼きの醍醐味じゃないの?」

「醍醐味のために身を犠牲にしないで…。」

「それがたこ焼きって物さ。いただき。」

「あっ。冷まさないとまた…」

「あっふ!はっはっ、あっふい!おいひいけど!」

止めても無駄だった。



それからしばらく歩きながら、小籠包、アイスクリーム、ドーナッツを食べた。15時を少し過ぎたくらいだが、そこそこお腹が膨れている。

「裕也くん大丈夫?まだ食べれそう?」

「食べれるは食べれるけど、春すごいね。よくそんなに食べれるね。」

春はスタイルのわりによく食べる。

「はは、よく言われる。食べるの好きなの。」

「ああ。おつまみあげるって言うと目が光るもんね。」

「うそ?」

自覚はないようだ。


「あ。ここ。」

春が立ち止まった。

「ん?」

「画材屋さん。」

春がふらっと一軒のお店に近づく。古本屋のような外見だが、ここが静香さんも言っていた画材屋さんのようだ。

「へー。こんな感じなんだね。入ったことないや。」

「はは、まぁそうだろね。行こ行こ。」


中は予想していたより綺麗だった。

様々なチューブ絵の具がぎっしりと並べられている。色ってこんなにたくさんあるんだな、と思った。色ペンも同様に整理して置かれている。

筆も細い物から太いハケのような物まであり、知らない世界を少しだけ知れた気がした。


「春?」


気づくと春がいなくなっていた。

「春ー?」


狭い店内をぐるっとまわると、春はお店の最奥で白い板を持って立ちすくんでいた。

あぁ、あれが0号のキャンバスか。


「春。」

「ん!?どうしたの?」

春が驚いたように振り返る。

「春こそどうしたの。突っ立って。」

「あぁ…何描こうかなぁって。」

「描くきたい物あるんじゃなかった?」

僕はカフェでの会話を思い出した。

「うん、そうなんだけどねー…裕也くん、何か見たいものない?」

「え?何の話だよ。」

「景色とか!それを描くよ!うん、そうしよう。」

「ええ、急だな…。そうだな…。」


僕はイメージした。


「海かな。」

「ほう!どんな海?」

春の顔がパッと明るくなった。

「昼?夜?お天気は?」

「んー…。」


春の見る世界を想像してみた。


「深海かな。」


「深海?深い方の海なんだ。」

「そう。昼も夜も天気も任せるから、春のイメージする深海が見たいかな。深海とか実際に見ることないじゃん。」

「うんうん。」

「それを春の絵で見たいな。」

「はは、裕也くん、私の絵気になり過ぎじゃない?」

「かもしれない。はは。」

「わかった、じゃあそれ描くよ。ワクワクしてきた!」

「うん。頼んだ。」


春はキャンバスと絵の具を数種類買って画材屋さんを出た。


「なんか歩き回って疲れたなー。キャンバス買えたからいいけど、まったりするんだったね。忘れてたよ。」

「ははは、そうだったね。でも楽しめたからいいよ。クレープ食べて帰ろう?」

「あ、そうじゃんクレープ!楽しみだな!私ケーキの入ったやつがね…」


春はクレープ屋さんに着くまで、1人でクレープへの思いを語っていた。

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