フェイク・ブランディング

一流企業に就職できないなら、会社を立ち上ればいいじゃない。


どこかの王族か、他人の人生なんて知ったこっちゃないような自称起業支援家が言いそうなことだ。


しかし確かに、経営者として成功すれば、多くの人間から評価を得られるかもしれない。

僕は自分の欲求に従ってあっさりと会社を立ち上げた。


毎月多額の仕送りを受けている僕にとって、起業コストは些細なものだ。

そんなことよりも、マルチ商法の手口を勉強しないと。


ネットって便利だ。ブログにもSNSにも、マルチ業者が沢山いるじゃないか。







 ***









ネットや書籍での情報収集と、実際のマルチ勧誘を受け続け、数ヶ月が経った。

今僕がしているのは、自分のブランディング。


ブランディングはこの事業の要と言ってもいい。

人に「成功」を売りたいなら、自分が成功していないと説得力が無いから。


と言っても、僕は成功者ではない。実家は金持ちだけども。

短時間で、人から羨ましがられる存在になるためにはどうしたらいいか。


これもマルチ業者から勉強させてもらった。

どこかの日用品メーカーが言いそうなことだが、「成功者は作れる。」

金持ちにならずとも、金持ちぶることはできるということだ。


例えば、高級車、高級時計、有名ブランドの服やアクセサリー。

こんなものは全てレンタルすることができる。札束ですらレンタル可能だ。

高級ホテルやディナー、海外旅行も、頻繁に行くならともかく、1度行けばかなりのバリエーションの写真を撮影し、使いまわせる。


これらの写真を自分のSNSやブログにアップ。

SNSのフォロワーは相互フォローでかさ増し。

それで限界がきたら、金で買えばいい。

これで見かけ上は、「何万人もフォロワーがいる成功者のアカウント」になる。



常日頃の投稿も手を抜いてはいけない。

僕は毎日、自分の景気の良さを画像付きでアピールしている。


例えば、「赤坂で高給ディナー♪また今月も自動で権利収入が300万円入ってきた」とか、

「不安定な今の時代、サラリーマンなんて生き方はリスクが高い。もっと楽に沢山お金を稼ぐ方法があるのに。詳しく知りたい方はDMまで」みたいな。


正直、こんなことをやっていると馬鹿馬鹿しくもなる。

しかし、こんなのに引っかかる千人に一人の馬鹿をターゲットにしているのだから仕方ない。

この業界は、そういう人間の奪い合いで成り立っている。



ちなみに、こういったアピールに、僕はこれまで100万円以上を投じている。

ネットで拾った画像を転載する貧乏マルチ業者もいるが、僕はそれこそ馬鹿だと思う。

そんなのは画像検索で簡単にバレるので、商売が小規模なうちはともかく、大規模になるとボロが出やすい。


本気で人間を騙したいなら、かけるべきところにはコストをかけるべきだ。

僕なんて、わざわざサクラを雇って大勢相手にセミナーしている様子を撮影したくらいだ。




「お、DMきた。」





・・・。





「毎月いくら稼げますか?」だって。


不躾なDMだ。

まずその前に、「初めまして」とか「お忙しいところ恐れ入ります」とか言うもんじゃないか普通。



まぁ仕方ない。

この手の商売に引っかかる連中の中には、まともな教育を受けていない者も珍しくない。

本人に悪気は無いが、言葉遣いや態度が自然と失礼なのだ。

なかなか社会に入り込んでいけない人間の特徴でもある。

所謂、「育ちの悪い人間」ってやつだ。




さて、これから僕がすることは、まず“相談者”がどのような悩みを抱えているのか探ること。

そのためには相手の話をよく聞く必要がある。

僕が言葉を発するのは、相手の話をひとしきり聞いて、今どんな悩みを持っているのか把握してからだ。


食うのに困っているのか、不安定さにうんざりしているのか、将来が心配なのか、

孤独を感じているのか、人から認められないことが不満なのか・・・。


多分、マルチもカウンセリングも求められる能力は同じなんだと思う。

優秀なカウンセラーなら、やろうと思えば優秀なマルチ業者になることだってできるだろう。



相談者の悩みを理解し、“心の流れ”を把握したら、あとは簡単。その流れを加速させてやればいい。


具体的には、

勉強が上手くいってないなら、「学歴が全てじゃない」と言ってやればいい。

就職が上手くいってないなら、「社畜なんて無意味」と言ってやればいい。

何もかもが上手くいってないなら、「社会がおかしい」と言ってやればいい。


普通の人間には鼻で笑われるような言葉だ。

しかし、弱っていて、頭が悪く、心が逃げたがっている人間には浸透しやすい。



どうやら今回の相談者は、社会のレールから外れた人間のようだ。

こういう人間は、既に周囲や社会から何かしらの「攻撃」を受けている。

だから僕は、彼を攻撃しない。

攻撃しないというだけで、攻撃を受け続けてきた彼の信頼を勝ち取ることができる。


そして最後には決まって、

「僕も昔は同じだったけど・・・このビジネスのおかげで変わったんだ。」

みたいなことを言ってやる。

そうしたら、相談者の殻が割れ、カモが生まれる。









このカモとは、来週の月曜日に都内のカフェで会うことになった。

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