崩壊メロディアス〜幼女MIDIと国家転覆〜

黄鱗きいろ

一曲目 MIDIという少女

Aパート 今この瞬間より、この街は我々聖歌隊が支配します!

 しょぼくれたライブハウスの中で声の限りに叫んでいた。


 背後ではお世辞にも上手いとは言えないベースとギターが暴れるように騒音を奏で、狂った調子のドラムがビートを刻む。


「世界を見ろ! 本当の世界を!」

「お前の見る世界は何だ、覆われたここはどこだ!」


 がなりたてる音楽があらかじめ設定されたプログラムを実行していく。この曲に設定されたプログラムは≪興奮≫と≪酩酊≫だ。サングラス越しに視覚化されたプログラミング言語が、数少ない観客の酩酊を誘った。


「常識をかなぐり捨て、プログラムを飛び越えて!」

「今ある限りを、歌え――!!」


 調整ミスで少し低い位置にあるマイクを壊れそうなほど振り回し、最後のフレーズを歌い切る。ほんの十人ほどの観客が片手を掲げてリズムに乗る。たったそれだけのことに満足し、全力で歌った俺は崩れ落ちてしまいそうになりながら短い後奏に合わせてギターをかき鳴らして飛び回る。


 後奏が終わり、長い長い音の余韻の後、興奮しきった観客たちから歓声が上がった。


 それに手を振りながら、俺たちはそそくさとステージを後にする。俺たちはただの前座だ。このライブの本命は俺たちのすぐ後に控えている。


 舞台そでに入った後、俺たち「マツロワズ」のメンバーは互いに肩を叩いてねぎらいあった。


 俺の肩を真っ先に抱いてきたのは、若干短足の金髪男――ギター担当のクァンだ。ライブではよく暴れまわっている。


 次に俺と拳をぶつけ合ったのはベース担当の男、ロンフェン。物臭なせいで髪がプリン頭になってしまっているのが特徴的だ。


 最後に俺の頭を上から撫でていった黒髪の男はサング。ライブ中は全身を使ってドラムを叩いているが、普段は無口でひょろながい優男だ。


 そして俺、黒髪に赤メッシュを入れたボーカルのインを入れて、アマチュアバンド「マツロワズ」は構成されていた。


「今日も良かったよ、お疲れさん」


 背後に始まった本命バンドの音を聞きながら歩いていくと、このライブハウスのオーナーとかち合った。


「ありがとうございます、オーナー」


 オーナーはこちらに水の入ったペットボトルを投げ渡してから苦笑した。


「だがなぁ、イン。HOPE CITYばっかり歌わないで他の歌も歌ったらどうだ? 同じ曲ばかりだと――なんていうか、お客も飽きちまうからさ」


 HOPE CITY。それは、俺たちが今日演奏した曲の名前だ。この曲は、まだ作曲というものが行われていた時代に、とある伝説的バンドが作った曲らしい。


 オーナーの言うことは正しかった。だけど俺は――


 俯いて黙り込んだ俺の反応を見たオーナーは肩をすくめると、舞台の方へと歩いていってしまった。


「なぁイン。オーナーの言うとおりだぜ」


 ギター担当のクァンが俺を覗きこみながら言ってくる。そう、正論なのだ。一曲では駄目なことぐらい俺にも分かっている。それなら、せめて似たようなメッセージ性の強い尖った曲を歌いたい。だけどメンバーたちの意見はそうでもないらしい。


「俺たちもそろそろ、曲の持つプログラムのことを考えて曲を選ぶべきじゃねぇかな」

「そうだぜ。≪興奮≫と≪酩酊≫だけじゃお客が飽きちまう。もっと雰囲気の違う曲をだな」


 ギターのクァンとベースのロンフェンが俺を説得してくる。口を開けばプログラムプログラム。弾ければなんだっていいってことか。腹の底からふつふつと感情がわきあがってくる俺に、ドラムのサングは上から声をかけてきた。


「イン、」

「うるさい!」


 長い前髪に隠されたサングの目がびくっと閉じられた気がした。それでも俺の感情は収まらず、メンバーたちを指さした。


「プログラムプログラムって! 音楽はプログラミングだけのもんじゃねえぞ!」


 ぜえぜえと荒い息を吐きながら叫んだ俺に、メンバーたちは困った顔をした後におそるおそる尋ねてきた。


「音楽がプログラミングのためのもんじゃなかったら、何のためのもんなんだよ」






 きょとんとした顔のメンバーたちを置き去りにして、俺は地下ライブハウスからの階段を足音荒く上っていった。赤さび色にわざと劣化加工の施された手すりを伝って上りきると、そこには底抜けに明るい青空のような都市が広がっていた。


 空は突き抜けるような青色の電子天蓋ホログラムで覆われ、道路の端には白を基調とした建物がずらりと並んでいる。行き交う人々の服も爽やかな色に統一され、街角や空に浮かぶバルーンには常にモニタが投影され、ニュースや広告が垂れ流されている。


 そして、それら全てからかすかに聞こえてくるのは小さな音楽だった。





 ここ、都市国家メロディアスにおいて音楽とはプログラミング言語である。


 セキュリティからおもちゃに至るまで、全てのプログラムは音楽によって記され、実行されている。


 しかし、そんな中で単純に音楽そのものを楽しむ人間は少ない。


 音楽を扱う会社は音楽を楽しむためではなく、完全にプログラミングの道具として使っている。音楽権利団体もそうだ。


 ただでさえ戦争による技術の『断絶』を経た人類は、音楽を一から作る技術を喪失しているのだから、一般の人間が音楽を作ることもない。


 かくして音楽は、単なるプログラムの手段となり果てたのだ。





 ヘッドホンを耳につけ、俺は背を丸めながら歩きだす。肩やひざを出した俺のパンクな格好は周りの連中には妙なものに映るらしく、俺は奇異の目を向けられながら耳元で聞こえてくる音楽に集中した。


 意図してプログラムされていない音楽にも無論、力はある。それらは≪興奮≫であったり≪酩酊≫であったり、人の感情を揺さぶってコントロールすることができるものだ。


 だから、数少ない音楽を楽しむ人々も、そういったプログラム目当てに音楽を聞いていた。


 俺にはそれが――我慢ならなかった。


「……俺はただ、歌いたいだけなんだよ」


 ぽつりと呟いて立ち止まる。見上げた天蓋は、いつも通り爽やかな青色に染まっていた。


「忌々しいプログラムめ、クソ喰らえ」


 悪態をつきながら視線を地面に戻そうとしたその時、ヘッドホンから妙な雑音が聞こえてきた。


 まるで太古の映画に出てくるアナログテレビの砂嵐のようなその音に、俺はヘッドホンを外して傾けてみる。


「故障か?」


 ――バツン、と。


 突然街中の照明が消え、その直後に再び明るくなる。見上げてみると、そこには青空の代わりにどこかの室内の様子が映し出されていた。同時に街中のモニターにも同様の映像が流れ始める。


 カメラが動かされたのか映し出される映像はぐるりと回り、一人の少女の顔がアップで画面の中に入ってきた。


「あーあー、これマイク繋がってるの?」

「繋がってますよ、プレイちゃん」


 カメラをべしべしと叩きながら10歳ぐらいのその少女が言うと、別の少女のあきれたような声が画面外から響いてきた。


 それを聞いた少女は満足そうな笑みを浮かべ、カメラから距離を取り、んん”っと咳払いをした。


 俺の周りの大人たちも俺同様に困惑した顔でそれを見つめている。少女は金色のツインテールを揺らしながら胸を張ってこちらを指さした。


「聞きなさい、メロディアスの大人たち! 音楽を不正利用する不届き者たち!」


 プレイと呼ばれた少女の声は、光が消え、少し薄暗くなった街を引き裂くように響き渡った。俺たちは互いに顔を見合わせて彼女が何を言っているのか理解しようとする。プレイは大きく息を吸い込み、怒りとも歓喜とも取れない表情で、目の奥を輝かせて言った。



「今この瞬間より、この街は我々聖歌隊が支配します!」

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