第11話 自分でも死ななかったのが不思議なんだが

「な……な……き、君は急になんてことを言うんだ!」


 俺の言葉に、モルドレッドでは顔を赤くしながらそう叫ぶ。

 ははは、照れちゃって愛い奴め。


「だ、大体! 君とはまだ会ったばかりだろう⁉ それなのに、いきなり求婚なんて何を考えているんだ!」

「愛に時間は関係ない。一目見た瞬間、俺は君の瞳に恋してしまったんだよ」

「な、う……し、しかしお父様が何て言うか……その……」


 俺の真摯な言葉に、モルドレッドは更に顔を赤くして何やらぶつぶつと呟き始める。

 見た感じ、彼女はあまりこういう事に慣れていなさそうだ。

 くくく、もう一押しでいけそうな……。


「っ⁉」


 珍しく上手くいきそうだと確信した時、俺は唐突にうすら寒い何かを感じ取る。

 そして、その悪寒の正体はすぐに判明することとなった。


「…………ワシの前で他の女に求婚とは良い度胸じゃのう?」

「ヴァイスさん? あのですね、これはその一種の通過儀礼というか美人見たらとりあえず求婚するのが俺のポリシーというか……」


 振り向けばそこには鬼が居た。

 いや、正確にはドラゴン……しかも、最高クラスのドラゴンなのだが、その表情はまさに鬼という言葉がぴったりだった。


「英雄色を好むという言葉もあるし、妾をつくるのもまぁ許そう。王と言うのは幾人もの女を囲ってこそじゃからな」


 あ、そこに関してはいいんだ。


「じゃがな。ワシとの関係もまだ決着がついておらず、かつワシの前で堂々と求婚するというのは頂けんな。これでは、律儀に待っているワシがバカみたいではないか、うん?」

「えーと、その、ははは……」


 ヴァイスの言葉に俺は何も言えず、ただただ乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


「さて、そんなワシの心情やその他もろもろ含めて、何か言い残す事はあるかの?」

「ゆ、許してヒヤシンス……アッー!」


 ――しばらくお待ちください。



「き、君……大丈夫か?」


 ヴァイスに躾という名のお仕置きを喰らって満身創痍な俺にモルドレッドが心配そうに話しかけてくる。

 なんだ、ただの天使か。

 ていうか、よく俺生きてたな。死んだ方がマシな目に遭ったけど。


「ふぁいひょうふ(大丈夫)」


 あ、ダメだ。顔がパンパンで上手く喋れねーや。

 今ここにいるメンツで回復魔法を使える奴は誰も居ないので、俺はこのままで居なければならない。

 魔力切れさえ起こしてなければ、自分で回復出来たんだが。


「アホアンセルは放っておくとして……おぬしら。調査と言ったが、何を調査しに来たのじゃ?」

「え? あ、い、いや……ちょっとそれは教えることができないんだ、すまない」


 ヴァイスに話しかけられ、軽く引きつつもモルドレッドはそう答える。

 まぁ、さっきのヴァイスの暴れっぷりを見てれば、引きもするだろう。

 その原因は俺だけどな。だが、俺は謝らない。

 美人に求婚するのはもはや義務だからだ!

 成功した試しがないんだけどね。

 ちなみに、ヴァイスに関しては彼女に直接求婚したわけではないのでノーカンである。


「ふむ、秘密とな?」

「これも無用な混乱を避けるためなんだ。分かってくれると助かる……」


 モルドレッドの言い分も理解できる。

 調査とは言っていたが、王都からわざわざ来るくらいだ。

 おそらくは、割と厄介な案件なのだろう。

 それをいくら助けてくれた相手とはいえ、おいそれと言う事はできない。

 向こうからしてみれば、俺達がその話を広めないという確証が無いからな。当然のことだ。

 俺としても、厄介な事にしかならない気配がするので出来れば聞きたくないというのが本音である。


「……まぁよいか。ワシらに不利益がなければそれでよかろう」

「それは勿論だ。恩をあだで返すような真似は決してしない。でないと、父上に顔向けができないからな」


 ヴァイスの言葉に、モルドレッドは真剣な顔をしてそう答える。

 中々に騎士道精神あふれる言葉だな。

 そういう言葉がスッと出るあたり、よっぽど厳格な父ちゃんなんだろうな。


(……くそ、親父の事思い出しちまったぜ)


 厳格な父親と聞いて、俺は思わず思い出したくもない父親の顔を思い出し渋面する。

 もっとも、表情筋が死んでてほとんど動かせなかったが。


「その言葉、信じよう。……あ! あと一つ条件がある。これからウェーディンの街に滞在するんだと思うが……アンセルに色目は使うなよ!」

「んなぅ⁉ つ、つつつ使う訳ないだろう! わ、私は色恋沙汰に現を抜かしている暇は無いんだ!」

「ヴァイスちゃん、あんまりウチの隊長をからかわんでくださいな。隊長ったら、今まで彼氏できた事ないからそういった話に弱いんでさ」


 真っ赤になって否定するモルドレッドを横目で見ながらモブその一がこそっと話す。

 王都に結婚を約束した幼馴染が居るというけしからん奴だ。


「イー! 私は彼氏ができないんじゃない、作らないんだ!」

「はいはい、そうでしたね」


 イーと呼ばれたモブその一は、肩を軽くすくめながらモルドレッドの言葉を受け流す。

 さっきのモルドレッドの言葉は、モテない奴の常套句なんてツッコまない方が彼女の為だろう。

 その後、モルドレッド達と会話を他愛ない会話をした後、彼女達と別れた。

 俺は、魔力切れに加えてヴァイスにやられた傷が痛むのでしばらくそこで休憩することとなる。


「まったく……アンセルが、ここまで節操ないと思わんかったぞ……っ」


 モルドレッドを見送った後、ヴァイスがプリプリと怒る。

 でも、膝枕をしてくれるあたり、そこまで本気で怒ってないようにも思う。

 もし本気で怒っていたら、今頃俺はこの世に居なかっただろうしな。


「ふ、伊達に三百回も振られてねーぜ」


 ようやく顔の腫れが引いてきた俺は決め顔でそう答える。


「威張れる事ではないわ! ったく、せっかく先ほどの戦いではかっこよかったというに……」

「惚れるなよ?」

「アホ、とっくに惚れとるわ」


 恥ずかしさから思わず軽口で返すと、ヴァイスも呆れながら軽く返してくる。

 

「……」

「……」


 お互いに黙ってしまい、何とも静かな時間が流れる。

 こうやって喋らないでまったりしてるのも、何か悪くないと思ってしまう。


「……のう、アンセルよ」

「何だ?」


 膝枕され、少し微睡み始めたところでヴァイスが唐突に口を開く。


「おぬしの家の事やあの戦い方についてはあんまり深く聞かん方がいいのじゃろ?」

「……そうしてもらえると助かるかな」

「そうか、ならば何も聞かん」

「いいのか?」

 

 お前が言うなという感じではあるが、仮にも旦那である相手が隠し事をするというのはあまりいい気分ではないのではなかろうか。


「アンセルにも言いたくない事の一つや二つあるであろう。ワシのように長生きしていれば、それくらいは寛容になるさ」


 なら、さっきの求婚についても寛容で欲しかった。


「じゃけど、ワシの前で他の女に求婚だけはダメじゃ。ワシが居ない時ならばまだしも、目の前でやられたらワシの嫉妬の炎がメラメラでこのあたりを焦土にしてしまうかもしれん」


 俺の心の内を読んだのか、ヴァイスは冗談めかしてそんな事を言う。

 ……実際に実行できてしまうだろう所が非常に恐ろしいな。


「……さて! こんな辛気臭い話はここまでじゃ。どうじゃ? もう回復したか?」


 一応、動ける程度には回復していたが……。


「いや、まだ動けそうにないから、もうしばらく膝枕してもらっていいか?」


 俺は少し考え、そう答えることにした。


「っ! そ、そうかそうか! ならば仕方ないのう! アンセルの為じゃからもうしばらく膝枕してやろう!」


 俺の言葉に、ヴァイスは嬉しそうに……それはもう心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべ俺の頭を撫でてきた。

 ……ま、たまにはこういう時間も悪くはない、かな。

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