星を動かす者

 『リーダー』の脇腹から流れる血液。出血を抑えるために左手で押さえつけているが、彼の残りの寿命が僅かなのは誰の目にも明白だった。


「よくやったわ、悠介。これで『殺し屋同盟』は二人。しかも非戦闘員の『ディーラー』と『シーカー』だけ。殺したも同然ね」


 富士川ゆきは死にゆく『リーダー』に聞こえるように言う。


「これであなたが作った組織も無くなる。ようやく私の人生が始まるのよ! あっはっはっはあ!!」


 狂ったように笑う富士川ゆきに対し、仁井悠介は疑念を抱いていた。

 殺せたことに疑問はない。『リーダー』が消耗していたのは分かるし、不意討ちの効果もあった。 そして手に残る感覚は間違いなく致命傷を与えたはずだ。

 それなのに、どうして『リーダー』は――


「……なんであなたは笑っているのよ? これから死ぬのよ?」


 怪訝そうに訊ねる富士川ゆきに『リーダー』は笑って答える。


「なんだい? 悔しがればいいのかい? それとも恐怖に震えていれば良かったのかい?」


 そして『リーダー』は笑顔のままで言う。


「死ぬことは怖くない。僕にとって死は恐怖の対象じゃないんだ」


 二人ははったりだと判断した。しかし余裕のまま殺すのは自分たちの恨みや怒りが収まらない。溜飲が飲めないのだ。だから今すぐ殺せるのにも関わらず、じっくり死なせることを選んだ。


「あっそ。ならそのまま死ねば? しばらく生かしてあげる。精々苦しみながら死になさい」

「陰険だねえ。殺せるときに殺しておかないと後悔するよ?」

「……お前には訊きたいことがある」


 仁井悠介が『リーダー』に相対して訊ねる。


「どうして『殺し屋同盟』という組織を創ったんだ? 貴様なら他の六人が居なくても同じだけの成果と殺人記録を打ち立てられただろう」


 富士川ゆきはなぜそのようなことを訊くのかと思ったが、自分も多少気になったことなので、黙っていた。


「どうしてって、一人は淋しいからさ」


 どくどくと流れる血液を気にしながら、『リーダー』は答えた。


「誰だって一人きりは嫌だろう? 殺し屋だってそうさ。互いを認め合う友人がほしい。互いを思いやる親友がほしい。仕事を手伝ってくれる仲間や仕事を競い合える好敵手がほしい。自分のことを分かってくれる理解者や自分のことを導いてくれる指導者が居てくれたほうが嬉しいに決まっている。だから僕は創ったんだ。『殺し屋同盟』を」


 吐血のために言葉を切ってから、続けて話し出す『リーダー』。


「『ソルジャー』は傭兵だった。一人で最強を目指していた。だけど孤独を感じていた。だから勧誘した」


 最強の殺し屋、『ソルジャー』。


「『アサシン』は生まれながらの殺し屋だった。殺すことしかできない哀れな人間だった。だから勧誘した」


 静かなる暗殺者、『アサシン』。


「『ポイズン』は自分の両親に毒殺について教わっていた。孤児になって、それを使う術を模索していた。だから勧誘した」


 毒殺師、『ポイズン』。


「『フレイム』は虐待を受けていた。両親を自らの手で焼き殺した。行き場のない人間だった。だから勧誘した」


 放火魔、『フレイム』。


「『ディーラー』は人生に刺激を求めていた。死の商人になっていても退屈で飽いていた。ゆるゆると死んでいくような人間だった。だから勧誘した」


 武器商人、『ディーラー』。


「『シーカー』は、あの子は僕にヒントをくれた。きっかけと言うべきだろうか。『殺し屋同盟』は彼女のためにある。だから勧誘した」


 星を動かす者、『シーカー』。


「みんなに感謝している。『殺し屋同盟』を創って三年間、本当に楽しかった。だから四人を殺したお前たちを、決して許せない」


 『リーダー』は富士川ゆきと仁井悠介を睨みつける。


「『ソルジャー』は格闘家として成功を収めていた。『アサシン』は執事として穏やかに暮らしていた。『ポイズン』も大好きな料理を作れて幸せだった。『フレイム』だって不自由だったけど、それなりに楽しく生きていたんだ。それを奪うような真似は、決して許せなかった」


 『リーダー』は二人への視線を哀れみに変えた。


「君たちも『殺し屋同盟』の一員になれる資格はあったのに」


 その言葉を聞いて、富士川ゆきは「人殺しの集団なんて真っ平ごめんよ」と怒りを向けた。


「しぶといわね。いい加減死んだらどうなの!?」

「安心しなよ。すぐに逝くさ。それにしてもよく考えているね。この社長室は」


 話を不自然に変えた『リーダー』に仁井悠介は違和感を覚えた。しかし言及することはなかった。どうせ死ぬのだと思っていたからだ。


「扉は一つだけ。天井からも下からも進入できない。自分の安全を最大限に考えている。だから僕は正面から行くしかなかった」

「はあ? 何言っているのよ?」


 富士川ゆきの言葉に、『リーダー』は笑った。


「つまり、僕が死ぬまでここから出られないってことだね。出入り口は僕が塞いでいるから」

「そうね。あなたが死ぬまで出られないかもね」


 『リーダー』は窓をちらりと見るとすぐに視線を二人に戻した。


「この状況は分からないのかい? 時間稼ぎになるんだよ」


 富士川ゆきはそれを聞いて狂ったように笑う。


「時間稼ぎ? 『フレイム』のようにこのビルを燃やす? それとも爆破する? 無駄よ。耐火免震のビルだし、ちょっとの衝撃じゃあ崩れない。それに最上階にはヘリがある。つまりどうあがいてもあなたには逆転の力も策は無いのよ!!」


 『リーダー』はそれを聞いて――


「確かに僕にはこの状況を打破できる力も策もないよ」


 楽しそうに愉快そうに――犯しそうに笑っていた。


「僕にはできないけど、『シーカー』ならできる。だって彼女は星すら落とすこともできるんだから」


 仁井悠介はこのとき気づいた。先ほどの違和感、そして窓への視線から、気づいてしまった。


「ゆき! 窓を見ろ!!」


 焦る仁井悠介に驚きながら、富士川ゆきは窓を見た。


 晴天にきらりと光る星が見えた。


「うん? 外がどうした――」


 言いかけて気づいた。

 今は昼、日中なのに、どうして星が光る?


「あれは――」


 『リーダー』は「ヒントはすでに与えていたよ」と言う。もう脇腹を押さえることはしなかった。

 富士川ゆきは今までの会話を思い出す。


『人工衛星。まあスパイ衛星って言うのかな。そこから映像を読み取ってここが分かった。駄目だよ。ネットだけ警戒してたら』

『僕にはできないけど、『シーカー』ならできる。だって彼女は星すら落とすこともできるんだから』


「星? 人工衛星? まさか――」


 『リーダー』は「そのまさかだよ」と言った。


「『シーカー』は人工衛星から映像を読み取れる。つまりはハッキングできるんだよ。ハッキングできるってことは人工衛星のシステム全てを乗っ取ることも可能なんだ」

「――っ!! あの光は!!」


 とどめとばかりに『リーダー』は敵に向けて言った。


「姿勢制御のシステムを弄って、このビル目がけて落としているよ。全部で五基。逃げられるものなら逃げてみなよ」


 そう。これが『シーカー』の本当の力である。その気になれば世界を滅ぼす力を彼女は持っていたのだ。


「てめえ! ふざけるなああああ!!」

「待て! ゆき、逃げるぞ!!」


 『リーダー』は激高する富士川ゆきと焦る仁井悠介に向かって言った。


「ちなみにエレベーターもヘリも使えなくした。急いで階段で逃げなよ」


 ゆらりと立ち上がる『リーダー』。


「僕を殺してからの話だけどね」


 仁井悠介はここでようやく気づいた。

 こいつはわざと殺されたのだ。殺されてしまうことで自分たちを安堵させて、足止めさせたのだ。

 自分の死すらも殺しに利用する殺し屋。

 『殺し屋同盟』の『リーダー』。


 逃げ場の無いことを悟った仁井悠介は膝から崩れ落ちた。

 富士川ゆきもどうしようもないことを知り、怒りのあまり叫ぶ。


「このくそ外道が!! 人殺し!!」


 その言葉に『リーダー』は肩を竦めた。


「うん。分かっているよ」




 人工衛星の衝突によって、某地方都市は壊滅状態に陥った。生存者と死亡者の割合は圧倒的に後者が多く、哀れな犠牲者として報道された中に、富士川ゆきの名前があった。

 これがきっかけで外交問題まで発展するのだが、それは別の話である。


 富士川ゆきと仁井悠介が創った会社と組織は後継者問題に揺れて、あえなく無くなった。まあ会社の方は、株式会社『アシスト』の暗躍などが倒産の原因の一つだったことは言うまでも無い。


 結局のところ。

 富士川ゆきと仁井悠介の生きた証というものは綺麗さっぱりなくなってしまった。

 いや綺麗さっぱり殺されてしまったのだ。殺し屋の手によって。

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