過去。そして死

 こんな過去があったことを私は覚えていた。


 高級という言葉が一つでは足らないくらいのマンション。最上階ではないにしろ、通常の二十倍の賃料が必要とされる一室で、『殺し屋同盟』のメンバーたちが談笑をしていた。


「がはは。また俺様の勝ちだな! 『アサシン』!」


 筋肉隆々の大男、『殺し屋同盟』の中で最も肉体強度の強い殺し屋、『ソルジャー』さんが前回の仕事の成果を自慢している。腕組みをして、上座に近い椅子でどんと構えている。


「私も頑張っているんですけどね。あなたが乱暴かつ大雑把だからでしょうか」


 全然悔しそうじゃない『アサシン』さんは皮肉を言いながら、『ソルジャー』さんの戯言に付き合っている。筋肉と細身。一見、合わないと思われる二人だけど、なんだか仲が良いみたいだ。


「てめえの殺しには美学がねえんだよ。後始末が大変なんだよ筋肉達磨」


 文句を言うのは絶世の美女、『フレイム』さんだった。確か、前回の仕事は『ソルジャー』さんがやりすぎて結局現場を全焼させてしまったんだっけ。


「ああん? 殺しに美学もくそもねえだろうが」

「もっとスマートに殺せねえのかって言ってんだ。筋肉が脳みそにまでいってんのか?」

「そうなれば最高だな。なんだ、『フレイム』。俺様を褒めているのか?」

「……貶してんだよ。気づけよ馬鹿」


 うーん。二人は噛み合わないなあ。いや『ソルジャー』さんに問題があるのか?


「まあまあ。みなさん。落ち着いて。それより今回の武器の調整はどうでしたか?」


 誰にでも丁寧な若き武器商人、『ディーラー』が話題を変えた。まあ『ディーラー』の興味は武器しかないからね。


「あたしの火炎放射器、もっと高温にならねえか? 無駄な放火はしたくねえ」

「ふむ。では出力の調整をしておきましょう」

「最近いただいた仕込みナイフですけど、切れ味がどうも。収納性に特化しているのは分かりますが」

「やはり金属探知機に引っかからない竹をナイフにするのは良くなかったですか」

「俺様は不満はないぞ! むしろ肌に合うな!」

「『ソルジャー』さん専用の銃火器ですからね。もはや人類には扱えません」


 メモを取りながら改善点をまとめる『ディーラー』。武器商人だけど武器職人でもある彼は『殺し屋同盟』ほどやる気の出る現場はないだろう。


「物騒な話は終わりや。料理できたでー。みんな手伝ってや」


 気風の良い美人なお姉さん、『ポイズン』がまたプロ顔負けの料理を作っていた。みんなは素直に従って食器の準備や料理を運んだりする。


「ほら。『シーカー』ちゃんも手伝って!」


 『ポイズン』さんに言われて、今までの作業をきっちり終わらせてから「分かりました」と言って手伝う。


「みんな、お手手を合わせまして! いただきます!」


 『ポイズン』さんの号令とともに『殺し屋同盟』全員が「いただきます」と言う。

 メニューは中華だ。


「うめえな。流石『ポイズン』。俺様の舌に合う」


 エビチリを貪りながら『ソルジャー』さんは言う。


「あはは。お粗末様。その言葉は嬉しいわあ」

「おい『ポイズン』。こいつの舌が馬鹿舌だって知っているだろうが」

「『フレイム』ちゃん。相変わらず口が悪いわ。あんたは美味しくないの?」


 すると『フレイム』さんは顔を伏せて「いや、まあ、美味しいけどよ」と言う。


「そういえば『シーカー』。今までパソコンで何をしていたんですか?」


 『アサシン』さんが春巻を食べながら言う。


「この前潰した暴力団の裏金を綺麗にして、『殺し屋同盟』の活動資金にしようとしたんです」

「マネーロンダリングだね。それで、終わったのかい?」


 『ディーラー』の質問に私は麻婆豆腐を口に入れて、飲み込んでから「終わったよ」とだけ言った。


「相変わらず『シーカー』ちゃんは優秀やね」


 私は『ポイズン』さんの言葉に「そんなことないですよ」と言う。


「私は、人を殺せないから、みんなのほうが凄いです」


 当時の私は人を殺せないことにコンプレックスを抱いていた。もちろん引き金を引くことも照準を合わせることもできる。だけど『リーダー』が許可してくれなかった。だからみんなに負い目を感じていたのだ。


「……殺しなんて、しないほうがええよ」


 『ポイズン』さんがぽつりと呟く。


「がはは。殺しなんてできる奴に任せればいいのだ。『シーカー』は自分ができることをすればいい! というか子どもに殺しなんてさせられん! 現場に来るな!」


 空気を変えようと『ソルジャー』さんが豪快に笑った。自分勝手で周りのことを省みない印象を受けるけど、本当は仲間の和を重んじる優しい人だ。


「たまには良いこと言うじゃねえか」


 『フレイム』さんが感心したように『ソルジャー』さんを見つめる。


「そんなに悩むなら『リーダー』に聞けばいい」


『ディーラー』の言うとおりだった。殺しのことはあの人に訊けば答えてくれる。


「あ、『リーダー』が来ますね」


 『アサシン』さんが言った瞬間、玄関の鍵を開けて、中に入ってくる『リーダー』。『アサシン』さんの気配を読む能力は凄いなあ。


「うん? なんだい? 僕になんかようかい?」


 みんなが一斉に『リーダー』を見たので戸惑ったみたいだ。


「あの、『リーダー』。殺しについてどう思いますか?」


 私の質問に『リーダー』は「うん? 別になんとも思ってないけど」と言う。


「なんとも思ってないですか?」

「うん。みんなは人類の三大禁忌を知っているかい?」


 一同は顔を見合わせたけど、誰も答えなかった。


「親殺しと人食い、そして近親相姦らしいよ」


 そう言って『リーダー』は上座に着いた。


「でも『赤の他人を殺すこと』は禁忌じゃないらしいし、どうでもいいことなんだよ」


 『リーダー』らしい言葉だった。『殺し屋同盟』の結成前から何千人も殺してきた『リーダー』なりの思想なんだろう。


「だから今日も赤の他人を殺そう。そのために僕たちは集まったんだから」


 そう言いながら『リーダー』はいただきますと手を合わせてから目の前のチャーハンに手をつけた。

 美味しそうに食べる『リーダー』に私は訊けなかった。


 どうして、私に人を殺させてくれないんですか?




 スマホの着信音。

 私はその音で覚醒した。見慣れない天井。

そうだ、『ディーラー』が用意してくれたホテルの部屋だ。


 時計を見ると朝七時だった。

 昨日は料亭『真田』を出て、それから『ディーラー』が岡山さんを連れてホテルまで来て、今後の方針を決めようと――


 先ほどから鳴るスマホを手に取った。

 表示されたのは『ディーラー』の本名。高木吉安の文字。


「もしもし……」

「ああ、『シーカー』。落ち着いて聞いてほしい」


 『ディーラー』の声は震えていた。


「あの『フレイム』が殺されたらしい。今、『リーダー』がホテルに来ている。今から私の部屋に来てくれ」

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