第7話 イネちゃんとパン

「えっとその、すごいお父さんたちでしたわね……」

 町に向かう最中、森から抜けて街道に出たところでキャリーさんが口にした。

「自慢のお父さんたちなんだよ、昔イネちゃんを助けてくれたからとっても強いし」

「あぁうん、すごく強かったよ……」

 ヨシュアさんが右手をさすりながら答えてくれた。

「なんというか、オーガとかにも素手で戦えそうな人だったよね……」

「私、あんな大きい人を見たの始めて……」

 ウルシィさんとミミルさんが言ってるのは多分ボブお父さんかな、一番大きいし。

「あぁそうだ、コーイチお父さんがくれたパンは早く食べたほうがいいかな。多分保存の利かないもののほうが多いから」

「え、パンって一週間は持つものじゃない?」

 イネちゃんの言葉にキャリーさんが驚く。

 確かこっちの世界では堅パンが基本だったし、保存が効くように色々と処置するからあっちの菓子パンとか惣菜パンを知らなかったら当然の反応かな。

「保存が利くパンはあっちの世界の、コーイチお父さんの作るパンではあまり無いんだよ。保存より美味しく食べることを目的にしてるから」

「もしかして高級なのかしら、それをこんなにも……」

 あぁ、そっちに捉えちゃったかー。

「そうでもないよー子供のお小遣いでも買えるくらい」

「……イネさんの居た世界は、とても裕福だったのですね」

 あぁうん、これはイネちゃんのポカだ。

 世界間の経済格差というか、大量生産の技術の有無とか考えてなかった。

「裕福とは違うかな、お父さんたちは中流くらいだと思うし。ただご飯を一杯作れたり、利便性の高い器具を一杯作れる技術が確立してるだけだよ。それにそこに至るまでいっぱい人が犠牲になってると思うし、その技術があっても争いが無くならない……というかこっちの世界とは比べ物にならない規模の争いも起きたりするからね」

「物的な満足が精神的満足に直結しないのはどの世界でも同じだと思うよ。多分イネさんの居た世界は魔王が居た時代の魔物と人類の戦いよりも大規模な、人同士の戦争とかを経験したんじゃないかな」

 イネちゃんの言葉にヨシュアさんが続けた。

 続けてくれたのならイネちゃんも乗らねば、ヨシュアさんの作ってくれたビックウェーブに。

「そうだね、でもイネちゃんが暮らしていた国で最後に起きた戦争は80年以上も前だって教えてもらったよ。ただそれでも別の国では数万人が死んじゃうような戦争が起きたりするとも教えてもらったかな」

 数万人という数字に3人が固まる。

 ヨシュアさんが固まらないのは……この人もあっちの世界出身だったりするのかな?

「それはそうと、コーイチお父さんのパンを食べてみてよ。一部を除いて美味しいから!」

「一部を除いてって……でも確かに美味しそうだよね、皆も食べよう。パンなら食べながら歩くこともできるし」

 イネちゃんの提案にヨシュアさんが乗ってくれて、袋の中から取ったパンを皆に渡していく。

 そしてイネちゃんに渡されたパンは……。

「……見事にイネちゃんに一部が巡ってきちゃったかぁ」

 イネちゃんの手に握られた、梅干がパンの中央部に存在感を示すその名も梅干おにぎりパン。コーイチお父さんは自分が好きだからと不人気なのに作り続けているのである。これのために梅干も自分で作ってたりするし。

 キャリーさんのはアンパン、ウルシィさんのはツナマヨパン、ミミルさんのはレタスとトマトのサンドでヨシュアさんのは……。

「あ、イネちゃんと一緒でヨシュアさんも一部だ」

 山椒タイカレーパン。一部の人には熱狂的人気があるらしいけどイネちゃんは苦手なパンがヨシュアさんの手の中にあった。

「その、一部のパンは一体どういう……」

 ヨシュアさんが気になってはいたのか、自分の手にあるものがソレであると指摘されたからか聞いてきた。

「んーコーイチお父さんが好きで作ってたり、奇を狙いすぎて明後日の方向にぶっ飛んじゃったりとか……まぁ食べれないものではないよ」

 そう言ってイネちゃんが最初に梅干パンを口にする。

 うー……やっぱ梅干のすっぱさに、バターたっぷりなのは合わないと思うんだけどなぁ。というか米粉パンなんだからバターの量減らして梅干も果肉だけにすればいいのに。

 イネちゃんが食べたのを見て皆が食べ始めた、もうお昼だからねお腹減ってるよね。

「パンが甘いなんて……これはお菓子とかじゃありませんわよね!?」

「ん~、なにこれ美味しい!」

「この葉物野菜、シャキシャキしてて瑞々しくて……この赤いのも程よく甘くて美味しい、こんな料理もあるのね」

 3人とも、定番の美味しい人気パンだったからか喜んでるみたい、コーイチお父さんは普通のパンなら美味しいからね、よかったよかった。

「ん、ピリっとしてて……香草の風味がちょっと強い気もするけど僕はこれ好きかも」

 えー……ヨシュアさんはタイカレーとかの香草好きな人だったかぁ。

 これは食事の好み問題でイネちゃん的には添い遂げるとか無理だね、ハーレム主人公属性にイネちゃんは負けないのだ、敗北を知りたい……。

 まぁ今食べてるパンの引き運はイネちゃんだけ敗北だけどね、うん。

 皆でパンを食べながら街道を町に向かって歩いて、丁度食べ終わるくらいで到着。でもこれからどうしようか。

「今から依頼を受けるのも、他の町に行くのも中途半端だね……どうしようか」

 ヨシュアさんが皆に聞いてくる。

 イネちゃんとしてはとりあえずギルドに行ってどんな依頼があるか調べてみたいんだけども……。

「でも朝から昼までの間に簡単な依頼がされているかもしれませんし、一度ギルドに行くのはいかがでしょう」

 わ、キャリーさんもイネちゃんと同じこと考えてた。

 全部が全部じゃないけど、こう、少しでも同じこと考えたりとかわかるとちょっと嬉しく感じるよね。

「私はあれだけじゃ足りなかったからもうちょっとがっつり食べたいかな」

 ウルシィさんはいっぱい食べる人なんだね、それだとツナマヨパンじゃちょっとボリューム不足だったかも。

「私は今のうちに宿を取るのも手かと思いますが、ひとまず翌日までで、良い依頼があれば延長すればいいわけですし」

 ミミルさんは堅実だねぇ、でも確かに荷物を安全における場所って重要だよね、従業員さんがちゃんとしている宿屋さんは人気だろうし、正論だなぁ。

「うーんと、イネちゃんも最初はギルドで依頼をーと思ってたけど……」

 あ、今キャリーさんの表情がすごい速さでたくさん変わった。

 でも大丈夫大丈夫、イネちゃんが言いたいのはこの次からなのだ。

「ミミルさんの言うとおり、まず安心できる宿屋さんを探した後に、ギルドに行って依頼を見ながら何か食べるとかはどうかな、ギルドは飲食店も併設してたみたいだし」

 イネちゃんの意見に皆がキョトンとしてる。

 もしかしてイネちゃん、そんなに頭良くないとか思われてたのかな。

「じゃあ皆の意見を総合したイネさんの意見でいいかな」

「ちょっと待った」

 ヨシュアさんのまとめに対し、イネちゃんはちょっと待ったを掛ける。

「え、どうしたの?」

 だって、とっても気になることが出てきたから。

「なんでヨシュアさん、イネちゃんのことをイネって呼んでるのかな」

 お父さんにあってからずっと、今までイネちゃんだったのにイネさんに変わったことがとっても気になったのである。

「あ、ほら……年上だし……」

「イネちゃんは気にしないよ、そんな2・3歳くらいの差なんて」

 むしろ慣れてなくてむず痒いというか、これじゃない感がすごいからイネちゃんとしては呼び捨てかちゃん付けのほうがいいのだ。

「でも私はイネさんって……」

「キャリーさんは、イネちゃんの予想だけどそういうこと厳しく躾けられた環境で暮らしてたんじゃないかなって思うし。最初からだったからね。ヨシュアさんも最初からだったら気にしなかったと思うけど、いきなりだったからすごく気になったんだよ」

 イネちゃんは気になったら追求する知りたがりさんなのだ。

 こんな性格だったから言語をはじめとしたいろんな知識も、お父さんたちに驚かれるくらいの早さで覚えられたのだからイネちゃんは胸を張る。どやぁ。

「えっと……ごめんイネちゃん。僕が気にしすぎたみたいだ」

「ううん、イネちゃんは気になっただけだから。今後さん付けのほうが楽ならそっちでもいいけど、イネちゃんとしてはイネかイネちゃんのほうが嬉しいかな」

「わかったよ、イネ」

 うぉ、イネちゃんから許可した途端呼び捨て。

 流石はハーレムを築くだけのことはあるね、うん。

 ヨシュアさんの鶴の一声でイネちゃんたちはまず宿屋を探し始めたのであった。

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