1 ギルドの世界

1-A 城下町にて

そこそこ大きい城下町・キヤスル。

ここは多くの戦士がギルドで稼いで暮らしており、内部は常に冒険者で賑わっている。


「はぁ……はぁ……」

そんなキヤスルの大通りで、ふさふさの獣耳と尻尾をなびかせ走り抜ける少女が一人。


「はぁ……はぁ……!」

少女は人混みをかき分け、石の階段を登り、雑貨店の並ぶ坂道を登っていく…。


「はぁ……!はぁ……!」

向かった先は小さな喫茶店。

少女は大急ぎで喫茶店に駆け寄り、走った勢いで扉を力強く開けた。


ガチャン!カランカラン……


扉の鈴が綺麗な音色で来客を迎える。

そして店の中には、テーブルに一人たたずんでいる男がいた。


「ここのランチってクーポンあるのか……知らなかった」


たたずむ彼の名はワタル。異世界にやってきた普通の青年である。


「ワタル!」


少女は扉を開けたまま、力強く呼びかける。


「お、いぬっぴじゃないか。どうしたんだ?」


ワタルは少女―いぬっぴを見て、キョトンとした顔で様子を伺った。

それに対し、いぬっぴは汗ばんだ顔をしかめ、目を見開き叫ぶ。


「どうしたじゃないよ!やっと見つかったんだよ!オークのクエスト!」


ワタルといぬっぴは同じギルドのメンバーだった。


ギルドとは、町人や旅商人などから届いたクエストを解決し、金品を受け取って生活している団体のこと。


所属しているギルドで、ワタルはリーダーのような存在なのであった。


いぬっぴは慌てながらワタルに駆け寄り、急かすように叫んでいる。


「あとはワタルが来れば出発できるんだから!早く!」


「えぇっ!?待って待ってホントにオーク?ゴブリンでしたなんてオチじゃないよな?」


「ホントにオークだよ!早くってば!というかゴブリンと間違えるわけないでしょ!」


どうやらワタル達が探していたクエストを、やっとの思いで見つけたらしい。

いぬっぴは小刻みに跳ねながら己の来た道を指差した。


「ホントにホントなんだな?よーしわかった。じゃあ猛スピードで行くか!」


ワタルは勢いよく席を立ち上がると、自分が飲んだ水の代金―少量のチップを置いてレストランを飛び出した。


「うわっ!?ちょっ、待ってよ!」


ワタルに置いていかれたいぬっぴも、急いで後を追いかける。


ワタルがこの異世界にやって来てから、一ヶ月は経過していた。

武器やスキルはある程度揃え、キヤスルでも新参者といった顔ぶりではなくなっている。


「いぬっぴ!もっと早く走れ!置いてくぞ!」


「待っ……誰のせいで……ゼェ……疲れてると……!」


ほとんとスタミナ切れのいぬっぴを横目に、ワタルは軽快に走り続ける。


雑貨店の並ぶ坂道を下り、石の階段を転がるように駆け降り、人混みを避けながら道を進んだ。



ワタルはギルドの集会所へたどり着くと、陽気な叫び声を上げる。


「到ーー着ッ!オイいぬっぴ!……いぬっぴ?」


ワタルはクエストについていぬっぴに詳しく訊こうとしたが、

その頃のいぬっぴは後方で無気力なまま、ひとごみの中で倒れていた。

周りには人だかりができてきる。


「おっと……おちょくりすぎたかな……」


ワタルは軽く反省すると、人だかりをかき分け、いぬっぴのもとへと近づく。

すると、なんだなんだと言わんばかりに、周囲の視線がワタル達へと突き刺さった。


「へへ、すいませんね、ウチのわんこが……」


少し恥ずかしくなったのか。ワタルは人々へ軽く会釈をし、そのままいぬっぴを引きずって集会所へと入っていったのであった。


……


「えーっと……あいつらはどこだ?」


集会所に入ると、中は人の声でざわざわと騒がしく、様々な人で賑わっていた。


鉄の鎧で全身を固めた騎士や、真っ黒なローブに身を包む狩人、

猫耳の獣人や明らかな子供までいた。


その中でワタルは、集会所の奥・壁ぎわに居た僧侶と魔法使いを見つけると、大きな声で声をかけた。


「おお、いたいた。ハシンスぅー!ラフラスぅー!」


遠くからのワタルの声に反応した僧侶―ハシンスは、横にいた魔法使い―ラフラスの肩を叩き、ワタルが来ていることを伝えていた。


「いぬっぴも居るよー!こっちこっちー!」


ワタルが叫びながら瀕死の女いぬっぴを指さすと、ハシンスとラフラスはぎょっとした顔をして、何かを叫んだ。


『~~~~!~~~~~~~~!!』

「あー!?なんだってー!?全然聞こえない!」


ラフラスの声が騒音でかき消される。


聞こえなくては仕方がない。

ワタルは荷物いぬっぴを持ち歩くのは面倒だなあと思いつつも、自分からハシンス達の方へと進んで行くことにした。


ずりずりと引きずりながら、人を避け、奥へ奥へと歩み寄る。


「なになに?声ちっちゃくて全然聞こえなかったけど」


「ワタル!なんでいぬっぴが既に瀕死なんですか!」


やってきたワタルに対し、ラフラスは目を丸くしながら声を張り上げた。


「いや、ちょっとね?」

「なにがちょっとなんですか!適当な理由で仲間に負担をかけないでください!」


ラフラスはこの後にクエストが控えていることもあってか、ワタルに対して強めの怒りをぶつけていた。


「わ、悪かったよ。でもちょっと走らせただけなんだよ」


詰め寄るラフラスにたじろぐワタル。それを助けるかのようにハシンスが口を挟む。


「あー、ラフラス?私がいぬっぴのこと回復してやるから、そのくらいで、な?」


「そうじゃなくて、もっと仲間の事を考えて……」


ラフラスの言葉に熱が入る。

長い叱責が始まりそうだ。


「悪かったってば!もうやんないよ!」


逆ギレするワタル。口喧嘩に発展するのも遅くはないだろう。


そんな二人が騒ぎ立てている間に、いぬっぴはハシンスの魔法で体力を回復している。


「うぅ、ん……。あっ、ありがとうハシンス。残りの魔力は大丈夫?」


「もちろん大丈夫だとも。いぬっぴこそ、大丈夫かい?」


「私も平気。まったく、ワタルってば落ち着きが無いんだから……」


いぬっぴはやれやれと言わんばかりに微笑む。

口では苦言をこぼすものの、ラフラスと喧嘩をするワタルを眺めるその目は物静かで、どこか楽しそうだった。

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