ダブル・インポッシブル!#5


 ラオは改めて地図を確認し、これから自分が向かうべき場所を決める。

 自分たちが居る集落から西へ30km、そこにそびえるのがリザルド人の住まう切り立った山脈。ミケたちはその山脈を更に超えた場所からここまで逃げてきたのだ。


「山脈の下には水の張った洞窟が通っており、川と続いていたのでここまでボートで来ることができました。道中はそう苦でありませんでしたが、それでも何名かの仲間は犠牲になってしまいました…‥。回収できた仲間の遺体はここで弔って貰いました。流石に保存できませんからね」


 集落の外にあった土饅頭は墓だった。集落を墓で囲むことにより、英霊が悪しき魂から守ってくれるというラオパオ族の風習らしい。髑髏が乗っていなかった墓もあったが、それがミケたちの仲間のものなのだろう。


(レーダーの反応があったのは例の隠された発着場の辺り。つまりは山脈の向こう側か。歩いて行くとなると、早くても丸2日を要するだろう)


 地図を睨みラオは思惑する。今思えばあの発着場は、武装集団の手によって改装されたアーリアフロントの拠点だったのではなかろうか。そう考えれば合点はいくが、問題は距離とそこまで行く時間だ。

 ガンガルス星の1日は24時間ではない、40時間弱である。食料は元よりスーツの耐久時間を超える可能性があるが……。


「……スノオ、俺は山脈を越える」

「今すぐ行くか?」

「ああ」


 ラオの決断、そして同調するスノオも早かった。

 できる、できないではない。やるしかないのだ。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ! いくら何でも無謀過ぎます! 現実的じゃない! 第一、辿り着けても相手は大勢いるんですよ!? たった2人で何ができるっていうんですか!?」


「奴らに捕まってもこの場所は教えない。安心しろ」


「い、いやそうじゃなくて……」


 とんでもない話だ。呆れるミケにスノオが肩を叩く。


「俺たちは俺たちの仕事をするまでだ、そうだろラオ?」

「ああ」


 立ち上がる2人を見て族長がミケに訪ねると、目を丸くしながらラオパオ語で叫んだ。


「イジ! ウィンアレダキキ! カムイガラーッ!」


 これを聞くなり、寝そべっていた男たちは、手を振り回しながら声を上げ始める。この2人が自分たちの仇をとってくれるぞ、そんな意味合いの言葉だったのだろう。声援とも取れる声を背に、2人は満更でもない気分で外に出た。



「どうか考え直して下さい! せめてもっと計画を練ってから……」


 外に出るとムッとした空気に当てられ、小屋の中がいかに涼しかったかが実感できる。改めて集落を見回すと、そこには生活感の溢れた風景。中央の広場から円を描くようにして小屋が立ち並んでいる。

 ふと、離れた場所にある、ぽつんと小さな一軒の小屋を見つけた。気になり見ていると、女数人が食べ物を持って小屋へ近づく。一人はパメラで中へ入っていった。


「──あなた方は我々にとって命綱でもあるんです! ですから……」

「あの小屋は何だ?」


 引き留めようとするミケの話をぶった切り、ラオは離れた小屋を指す。


「あぁ、あれは病人の隔離療養所です。ここに来るまで仲間が何人も死んだと言ったでしょう? 実は一人だけ熱病にかかったまま生きている者がいるのです」


「パメラが看病をしているのか?」


「はい、患者が女性なので我々は遠慮しています。でもパメラは異種族である我々の仲間に対し、手厚く看病してくれている。本当に頭が下がる思いですよ……くそっ、原料さえあれば、症状を和らげる薬くらいなら作れるのに……!」


 逃げるのに精一杯で、殆どの薬は研究施設へ置いてきてしまっていた。そして原料となる高山植物はもはや手に入らない。付近の薬草から作るラオパオ族の薬は、外惑星から来た人間には効果が薄いのだ。


 ここでラオはスノオに自分のカバンを渡すよう促す。


「そういえばワクチンの他にアンプル剤があったな。効果は知らんが持っておけ」

「えっ!? い、いやしかし……それはあなた方の分では……」

「情報提供と通訳をかってくれた礼だ」


 構わんとばかりにカバンの中から瓶を取り出すラオ。情けからくる行動ではない、あくまで「取引に対する報酬」、ラオはそういう男だ。それをよく知っていた筈のスノオでも、こいつは後先考えず気前のいい時があるからゾッとする、と思った。


「ま、いいんじゃねぇの? 俺は薬なんぞいらんし、もう一人分あるしよ」

「……本当にありがとうございます。ではせめて保存の効く食べ物を用意……」


 ミケが受け取ろうとした時、横から伸びた手が薬の瓶を取り上げた。

 驚いて見ると、そこには髭面の若い男、あのヒップスがいたのだ。


「あんな死にかけの女に貴重な薬を使おうってか? 冗談じゃねぇぜ、こいつは俺が預かっとくぜ」


 これを聞いて、驚いていたミケの顔が真っ赤となり、ヒップスへと詰め寄った。


「貴方という人は……!」

「なんだよ? 正論だろ? なんか文句あんのか?」


「ミランダは貴方の婚約者ではなかったのですかっ!?」


 対しヒップスは両手を上げ、やれやれと言った表情。 


「だから? 関係ねぇだろ? 下らねぇ情に流されて共倒れするより……むぐっ!?」


 我が儘で身勝手、婚約者の命を軽んじるヒップスの態度に、遂にスノオは腹に据えかね、襟元を掴んで締め上げた。


「随分といい育ちしてきたじゃねぇかボンボン野郎! この俺が教育してやらぁ!」


「ふごっ!!」


 ヒップスの顔が一瞬歪んだかと思うと、体が宙を舞い広場へと投げ出された。

 そこには拳を前に突き出したラオの姿があった。


「こんな奴に何を言っても無駄だ」


(俺がやろうと思ってたのに……)


 途端、騒ぎを聞きつけたラオパオ族が集まってきた。いかなる威力行為も御法度、それがこの集落の掟である。皆、手に2本の槍を持ち、取り囲まんとする。


「待ってくれ! エルルゥ、ラスミダッ! パメラ違うんだ! 皆を止めてくれっ!」


 集まってきた集落の者たちの中からパメラが前に出てきた。やはり手には槍を持ちこちらを睨んでいる。必死に取り繕おうとするミケだが、ラオは両手を上げ無抵抗の意思を伝えると、やはり前に出た。


「パメラ、見ての通り俺は掟を破った。集落を出ていくから案内してくれ」

「……コイッ!」


「違うんだ! 彼らは何も悪くないっ!」


 行く手を大柄の男たちに遮られてしまい、集落の外へ連れて行かれる様を、ミケは後ろから見送ることしかできなかった……。


 

 槍を持ったラオパオ族たちに囲まれながら、パメラを先頭に2人は歩く。来た時と扱いが大差ないな、とスノオが軽口を叩いていると、集落の壁までやってきた。

 しかしパメラはすぐ2人を外へ出そうとはしない。出口の前で槍を立て、仁王立ちすると、ラオに対し口を開いた。


「……お前、名はなんだ?」

「ラオだ。俺たちの言葉を喋れたのか?」


「コトバなら少しミケに習った。ならばラオ、お前、どうして何も言わない!?」

「どういう意味だ?」


「なぜ罪をかぶった!? どうして罰を受ける!? お前、悪くない!」


 きっと一部始終を見ていたのだろう。

 ヤキモキし、怒った口調で食い寄るパメラに、ラオは静かに答える。


「掟は掟だ、そうしないと示しがつかないだろう。いずれにせよ、俺たちはすぐ出ていくつもりだった」


「侵略者やリザルドと戦うためか!?」

「そうなるだろう」

「たった2人で戦うのか!?」

「俺たちには俺たちにしかできない戦い方がある。助けは無用だ」

「……」


 パメラは少し考えた後、首にかけていた石の飾りをラオに渡す。


「取れ、勇者の証だ。ラオ、絶対に死ぬな!」

「……貰っておこう」


 首飾りをかけると、ラオは防護スーツの頭部を被った。そして壁の出口は開けられ、2人は集落の外へと赴く。この間、扉が閉じられるまでパメラはじっと見送っていた。



 外に出てからずっとスノオのニヤニヤが止まらない。


「……何がおかしい?」


「なんつうか、お前は色物みてぇな女にばかりモテるみてぇだな」

「うるさい! さっさと歩け!」


「クククッ、へいへい。しかしよ、出てきちまったはいいがこれからどうするんだ? 馬鹿正直に山まで歩いていく訳じゃないだろう? まさか考えがあるんだろうな?」


 ミケたちは川を下ってここまで辿り着いたと言っていた。しかし、川の流れは山脈とは逆方向。それに熱病の原因となる寄生虫の住処だと言うではないか。


「今はとにかく歩け、少しでも集落から離れた場所で始めたい。その時が来たらお前にも手伝って貰う」

「おぉそうか、よしよしいいぜ」


 やはりラオには考えがあった。ラオが行動に移る時は、必ず何かよい方法が見つかった時なのだ。スノオは一緒に仕事をしてきて幾度となくそれを経験し、窮地を脱してきたものだ。期待していた通りの言葉に、内心不安でもあったスノオは一先ず安心するのだった。


 歩くこと30分、ラオは足を止めると荷物を下ろした。


「この辺りでいいだろう」

「何をするんだ?」


 見るとラオはホームアンテナのような物を取り出し、腕の無線機をいじり始めたではないか。


「おい!? そんなもん使ったらこっちの位置がバレる上に、向こうさんには筒抜けだぞ!? そもそも電波が星の外まで届くのか!?」


「それが狙いだ、奴らをおびき寄せるんだ。電波は宇宙船を経由させれば理論上届く筈だ、奴らに破壊されていなければな」


…………



 一方、キャンベラの屋敷では──。


「……向かわせたよ、今のところは順調さ。……え? 何だって?」


 執務室にて、キャンベラは依頼元から掛かってきた電話を受けていた。


「……ほーん、成程ね。それでも別に構わないけど、こっちも商売なんだ、追加報酬が発生するけどいいのかい? ……あぁそう、じゃあその方向で進めるよ」


ガシャン


(……ふん、通りで話が良すぎると思ってたよ)


 依頼主の正体はフリージア王家皇太子の側近だった。いくら緊急の要件とはいえ、王族関係の仕事が回ってくる事自体おかしな話だ。自分の思惑通りに事が運ばず、受話器を置くなり苦虫を潰したような顔になる。


 依頼主から言い渡された内容は、ずばり依頼内容の変更であった。


(ええぃくそ、面倒だ! いっそ、しらばっくれちまおうかね!)


 しかしその方向で進めると返事してしまった手前、そうもいかない。ラオに伝えるべく通信機に手をかけようとした時、向こうから通信が入ってきた。


「もしもし!? まさかもう指輪を見つけたのかい!?」


──ザー……ピー……


 慌ててスイッチを入れると、ノイズに混じったラオの声が聞こえてきた。


──まだだ。それと先に行っておくが、この通信は盗聴されている。


「はぁ!? 何やってんだいデレスケッ!! どういうつもりだ!?」


 とんでもない話だ! あれほど盗聴されぬようにと釘を差したというのに!


──ガンガルス星は攻撃衛星が配置されている。地上は謎の集団に占拠されていた。


「……だから何だい?」


──宇宙船が破壊された。こっちには病人もいる、迎えを寄越してくれ。


 この言葉に、キャンベラは呆れ、何を言っているんだと苦笑した。


「あんた自分の立場がわかってるのかい? 他人の心配より自分のことを考えたらどうなんだい!? いいか? 今回の仕事はね、失敗すればとんでもない数の人間が路頭に迷うんだよ? 病人がいる? 知ったこっちゃないさね! 寝言は休み休み言いな!」


 皮肉も込めてピシャリと言い放ったつもりだった。

 しかしそこは冷静なラオだ、全く動じる気配がない。


──パトカーや救急車を呼べとは言っていない、腕利きを寄越せと言っているんだ。


「あ? 何の話だい?」


──お抱えの優秀な部下プロを大至急寄越せ。それなりの武器も必要だ。


 ラオのこの言葉に、キャンベラは絶句した。


──仕事を完遂させたければ、出し惜しみはしないことだ。通信を終わる。


「おいっ!?」


 通信はここで切られてしまった。これに対して怒りの余りキャンベラがディスクへ八つ当たりすると、乗っていたものが衝撃で宙に浮いた。


(あんの小僧っ!! このあたしに随分と嘗めた態度とってくれるじゃないか!!)


 依頼元が王族関係ということもあって失敗できないのをいいことに、完全にこちらの足元を見て逆手に取られてしまっている。

 お前の入れ知恵か、とばかりに横にいたロゼを睨むと、顔をそらして明後日の方を向いていた。


(全くどいつもこいつも! ……まぁいいさ、今回はちょいと痛い目見て貰うよ)


 内心ニヤリとし、態とらしく咳払いするとロゼの方を向く。


「ウスノロのパーカーは今どこにいる?」

「現在休暇中ですが、屋敷内に居ると思われます」

「今すぐ叩き起こしてガンガルス星に向かわせな!」

「イエス・マム」


 一礼し去っていくロゼの背に、キャンベラは不敵な笑みを送るのだった。

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