ダブル・インポッシブル!#2

 

 部屋を後にして早々、ラオは施設内のトイレへと駆け込んだ。フィリーがついてくるのが見えたからである。


「んもー! なにそれ!」


 フィリーはトイレの中まで追ってきたが、個室に鍵を掛けられたことを知り、思い切り扉を蹴り飛ばす。中に居たラオは出ていく足音を確認すると、通信機にイヤホンを接続し、スイッチを押した。


──やっと出たか! どこほっつき歩いてるんだい!! 仕事だよ!!


 案の定、相手はキャンベラである。


──どこに居るんだい!? 周りに誰も居ないだろうね!?


「ネヴァ=ディディアのアーリアフロント内だ。誰も居ないし盗聴の恐れもない」


 通信時は誰にも聞かれないようにするのが鉄則だ。ところが今回のキャンベラは普段と比べ、どうも様子がおかしい。妙にソワソワしているというか、落ち着きがないように感じられるのだ。


──厄介なことになった。あんたアロウダ星にあるフリージア王家は知ってるか?


 フリージア王家といえば、最近皇太子がとなりの惑星にある皇室の娘と婚約を発表したばかりである。ラオもスペースニュースで小耳に挟んでいた。

 アウロダ星は隣星と仲が悪く、現在まで冷戦状態が続いている。フリージア王家の皇太子はこの問題の解決に意欲的で、惑星関係の正常化に尽力を注いでいた。

 しかし皇太子の尽力も虚しく、両惑星の評価は冷ややかなものだった。宇宙は平和なことに越したことはない。だが長年に渡りいがみ合ってきた者同士、急に手と手を取り合える筈が無いと囁かれていた。

 そのため一般市民だけでなく、身内である保守党の不信感まで煽る事態となっていた。しかし皇太子は一貫して考えを変えようとしない。一部のマスコミは、彼がまるで道化であるかのように面白おかしく報道するのであった。

 だが世論というものは誠に不思議なものである。暗殺対策を幾重にも施し星系間を飛び回る姿、そして今回の婚約発表を見受けた者の中から「ここまでくると逆に応援したくなる」などという意見が現れ始め、アウロダ星の世論は実に珍妙なことになっていた。


 成る程、キャンベラが焦っていたのはこれが理由か。様々な界隈で顔が広い彼女は色々あるのだろう。それが王族相手に恩を売りたいのか、誰かに弱みを握られているのかまではわからないが。


──ところがさ、その婚約指輪を積んだカーゴが行方不明になっちまったのさ。


「アウロダ星宙域でか?」


──そこから少し離れたガンガルス星周辺宙域だ。


「ガンガルス星だと!?」


 先程カイたちと話していた星ではないか。ラオは二重の意味で驚いた。


「なんでそんな宙域まで指輪を運んだんだ?」


──皇太子は敵が多いからね。輸送を邪魔されないよう遠回りしたんじゃないかい?


 何でも指輪は由緒正しい物で、絶対に替えが利かないらしい。消去問題のある転送装置を使用しなかったのもそれが理由だが、屋上おくした結果これなのだから、どうしようもない話である。


(……聞いていて頭が痛くなってきたぞ)


──とにかくだ、今すぐあんたはガンガルス星宙域に向かい、指輪を見つけな!


「海に落ちたガラス玉を拾ってこいというのか!?」


──安心おしよ、遭難したカーゴは電波機器で探索が可能だ。


 探索プログラムの入ったデータディスクは転送屋で受け取れという。今回の仕事は普段以上に極秘であり、絶対に他言無用とのこと。50時間以内に指輪を見つけ出したら報酬を倍払うと付け加えられ、キャンベラとの通信は終わった。


(忌々しい豚め。片道40時間はかかる距離でよく言う)


 流石にこれは不可能、キャンベラ流の悪い冗談であった。内心やれやれと思いつつトイレを出ると、フィリーが壁に寄りかかっているではないか。


「私の言うことは聞いてくれないのに、仕事には耳を貸すんだ」

「……何のことだ?」

「前に言ったじゃない。私は人間じゃないって」


 惚けても無駄だと言いたげに自分の耳を指差す。人工被験体である彼女の耳は半径数十メートル以内ならば囁き声でも聞き逃さない。そして水中ともなると収音範囲は更に広がるのだ。


 まさか今の話を全て聞かれていたというのか?


「私は口の軽い女じゃないから安心して。そのかわり一緒に連れて行くこと、そして後日デートっていう条件がつくけどね」


 そう言って薄ら笑いを浮かべる女に、もしや宇宙一厄介な相手に聞かれてしまったのではないかとラオは焦った。


 と、その時部屋から出てくるスノオとカイの姿、どうやら話は纏まったようだ。


「ラオ、俺はガンガルス星へ行くことに決めた。またアクィラの容態が悪くなるとも限らない。そうなる前に、確実な手で治してやりたい。ここまで世話になった」


「いや、仕事の都合で俺も向かうことになった。途中まで一緒に行こう」


「本当か!? なら助かる! 正直、宇宙船の手配をどうするか悩んでたところだ」


 ここで男2人の会話に口を挟む者あり。


「話は決まったわね。私も一緒に行ってあげるから早く準備しましょ」


「ちょ、何言ってるのジェニーちゃんっ!? 貴女は駄目よ! とんでもないわ!」


 当然の如くカイの反対が入る。

 ラオにとって、この時ほどカイが頼もしいと思ったことはない。


「どうしていつもカイは私とラオのことになると邪魔しようとするの!?」


「そうじゃなくて、ジェニーちゃんがガンガルス星なんか行ったらすぐ病気になって死んじゃうわよ!? こんな不毛な仕事はそこにいる薄汚い男2人で十分なの!」


 酷い言われように男たちが苦笑いするも、更に口論は続く。


「向こうは熱帯雨林だらけで未知の生物も多いし、流れてる川は寄生虫の住処なんだから! ジェニーちゃんの体質に合わない星なの! お願いだから諦めて頂戴!」


「だから直接行ってそれを確かめるんじゃない! カイのわからず屋──っ!!」


 癇癪を起こし、ハウリングしようとしたフィリーは寸でのところで取り押さえられた。大柄なカイに口を塞がれ、抱きかかえられても尚、ジタバタと抵抗を試みる。


「いつまでボサッとしてるの! 今のうちに早く行って!」

「よくわからんが逃げたほうが良さげだな」

「そういうことだ」


 2人は走って行ってしまい、姿が見えなくなった。

 するとフィリーも暴れるのを止め、静かになるとようやく開放される。


(……なによ、馬鹿)


 佇み下を向くフィリー、その表情は暗い。常人を遥かに凌ぐ力を持っていても、所詮自分はカゴの中の鳥に等しいのだ。それをむざむざと思い知らされ、外の世界が余計に遠い存在に思えた。


 そんなフィリーを気遣ってか、カイは小型モニターを手渡す。


「あいつらね、この子を助けるためにガンガルス星へ行ったのよ」


 何でもいい、今は彼女に話しかけてやることだ。そう思いつつカイが見せたのは、医療用カーテンの中で眠るアクィラの姿だった。


「白皮病だっけ……綺麗な子。このまま死なせてあげたほうがきっと幸せだわ」


「そんなこと言っては駄目。私たちは命を救うことが最優先の仕事なんだから」


「……だってそうじゃない。周りに迷惑を掛けて生き続けるなら、私なら死を選ぶ。大切な人を思えば尚の事よ、きっとこの子だってそう思ってるわ」


「この子が本当にそう思ってるかは、この子にしかわからないことよ」


 常人とはかけ離れた環境で生まれ、生と死を目の当たりにする仕事に身を投じてきたフィリーは、感性も人間のそれとは違う。信じられないような言葉を投げかけても、決して怒鳴ったり手を上げたりしないカイは、彼女の良き父であり母でもあった。

 そしてフィリーも、彼をいつまでも困らせるほど子供ではない。男を信じて待つのも女の役目だと理由付け、素直に納得してやるのだった。



 数時間後、ラオとスノオはガンガルス星に向かう小型宇宙船の中に居た。カイから用意された物資を確認すると、サプリメントやワクチンの他に防護スーツがあるのがわかった。それだけ過酷な環境なのだろう。


「少しは休んでおいたらどうだ?」


 操縦室でモニターの監視をしていたスノオから声がかかる。


「俺はいい。お前こそ疲れたなら寝ておけ、どうせ自動航行だ」


「寝たくなったらな、今はどうも駄目だ。もう一度ガンガルス星についておさらいでもしてみるか……」


 生あくびをする振りをしているが、内心アクィラのことが心配なのだろう。目覚めた時に不安がらないように事付けを頼んだほどだ。何かあればアーリアフロントとの通信が可能だという事を知ると、安心したようである。


「ラオ、お前はまだ例の病のせいで寝れないのか?」

「全く寝れないというわけではないし、支障はない。今寝ないのは別の理由だ」

「さっきの子供みたいな女のことじゃないだろうな?」

「だといいがな」


 意味深げなその言葉に、スノオは冗談だと告げるとモニターに目線を向ける。


 ラオが気になっていたのはキャンベラの寄越してきた依頼内容だった。


 消えた指輪を探し出せという緊急の任務、普通に考えれば時間制限を付けられてもおかしくない。それがどういう訳なのか無かったのである。前回の依頼の件もあり、絶対に裏があると踏んでいたのだ。

 それともう一つ、いつもならロゼから連絡がありそうなものだが中々こないのだ。ラオからしてみればそれが望ましいのだが、何か胸騒ぎがする。


(まさかロゼの身に何かあったか? いや、彼女に限ってそれはないだろう)


 気掛かりだが今は任務に集中したい。スノオとガンガルス星について調べ上げた後、次のワープゲートまでの航路をセットして仮眠についた。


 それから数十時間後、スリープポッドで横になっていたラオは、スノオの声で叩き起こされた。


「ガンガルス星に着いたぞ! それと探査レーダーに反応が出た!」

「何っ!」


 随分予定より早く着いたものだ。見ると確かに窓の外、緑色の惑星が映っている。モニターには赤く点滅する光が惑星の方角を指していた。モニターを拡大して確認すると、惑星の地上から発信されていることがわかる。


「なるべく発信源から近い場所に着陸できればいいが……」

「ステーション以外の場所へ着陸はできるのか?」

「安心しろ、今まで失敗したことはない」


 ここで突如、宇宙船内にアラームが鳴り響いた!

 そして伝わってくる大きな衝撃!


「な、なんだ!? 小惑星にでもぶつかったか!?」

「いや違う! 攻撃を受けたんだ!」

「どこから!?」


 モニターを確認すると惑星の衛星軌道上、幾つもの攻撃衛星が漂っているのが見えたのだ。

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