デプターラオ

木林藤二

EP1 デプターラオ

迫られる男


 惑星ザガール。とある恒星を公転する惑星、その第四番目にあり、広大な砂漠が地表面の大半を占めている場所。こんな不毛の星でも生活圏を限られることながら、人はしがみ付くように生き続けている。何故なら地下資源を無尽蔵に産出できるから……とどのつまりは金のためだ。金の匂いにつられて人は集まる。


 そして、同じ穴のムジナが一人。



──ビー!!


『起きろ! 仕事だ! L!』


 迷彩仕様の耐熱マントを頭に被せ、砂に半身をうずめて仮眠をとっていた『エル』は、乱暴な無線の声によって叩き起こされた。


──予定、ヒトゴー、メインディッシュDの大、頭上を叩け! オーヴァー!


「こちらL、了解。オーヴァー」


 マントをどけると強烈な日差しが刺すように照り付ける。小型の保冷槽ほれいそうから身を乗り出して砂の大地に立つと、こぼれた保冷水がジュッと音を立てて蒸発した。摂氏60度を軽く超える灼熱しゃくねつの地。保冷層から出れば、特殊防熱服を装備していても決して長居はできない。


 この『L』と呼ばれた男、名はラオという、仮名だ。

 過去は捨てた。いや、何もかもを捨てた。残ったのは限られた時間の中で、確実に返済しなければならない借金のみ。個人では到底返済できる見込みのない、正確には最終返済額がいくらになるか、本人すら把握できていない。踏み倒そうにもこの男の場合、必要があって作った借金なので逃げ場が無い。


 しかしながら、返済できる可能性が全く無いわけではない。借金は信用取引であり、金業者が介入している。利子は一切なし。その代りに与えられた「仕事」を確実にこなすこと。一度でも失敗すれば四肢ししや神経をいじられ、半永久的にロボットとして奉仕しなければならない未来が待っている、そういう契約なのだ。



(15分後、先頭から四番目の大型車両。目標、その上部のバリアー発生装置……)


 暗号を確かめながら岩陰に身を潜ませ、双眼鏡を覗き込むL。遠方の岩陰から砂煙が巻き上がっている、恐らくはあれだろう。時たまキラキラと光って見えるのは車両だという証。この星の運搬車両は熱を吸収しにくいよう、光を反射する迷彩が施されている。


 目標を確認したラオは元の地点へと戻り、自分と同様に迷彩マントと保冷装置に仕込まれていた物を取り出す。


──ツインドラグーンMk.Ⅶ「局地戦仕様」


 狙撃銃の倍の大きさがある、超長距離狙撃用連装レールガン。


(いい銃だが、借り物というのが気に食わん)


 時間を確認しながら銃を取り出し、地中深くパイルの打ち込まれた台座へとセットし始める。備え付けコンピューターの電源を入れ、これだけでも小さな屋敷が立てられるだけの価値はあると思われるスコープを覗き込んだ。

 砂埃の舞っていた方角から来たと思われる車両。3輌程しか目視できていないが、ズームカメラを通したサーモグラフィのモニターからは、7輌の車両が確認できた。距離はここから約2kmといったところか。


 今回の目標物ターゲットはその内の大型車両1輌。雇い主の情報によれば、強力なバリアーが搭載されているらしく。そのバリアーを破壊し、襲撃する武装集団を援護することが今回の任務だ。町から離れれば無法の荒野であるこの星では、バリアーを張った車両などそう珍しいものでは無い。しかし、目標以外の車両全てが護衛だとすると単なる輸送トラックにしては妙に厳重過ぎる。もっとも誘爆の恐れがある核弾頭でも積んでいない限り、中身など自分には関係の無い話だが……。


(……予定地点、始めるか)


 スコープから通過する車両の列を確認すると、ラオは手元のスイッチをおもむろに押した。離れた岩場からリモートコントロールされた無反動弾が、いくつもの白雲をあげて飛んでいく。着弾すると遥か前方から爆煙が上がった。


「……」


 サーモ・モニターで車両が停止したのを確認しつつ、半円の物体が現れた場所へと狙いを定めるラオ。モードは半オート、半マニュアル。本来ならば距離、角度、射線、重力、磁場、気候などコンピューターの正確な計算を待たなくてはならないが、今回はそんな悠長ゆうちょうな事はしていられない。自分の腕と勘を頼りに、一瞬、煙間から見えたバリアーとその発生装置に狙いを定め、引き金を引いた。


「──っ!!」


 双頭の竜がほぼ同時にいなづまを吐き、轟音と共に後方へとガスを噴き出す。ラオ自身への反動は小さかったが、それでも凄まじい衝撃が全身を襲った。急いでラオは立ちあがると痕跡を隠すべく、素早く片付けを始める。目標に命中したかどうかなど確認している暇はない。一刻も早くここから立ち去るのが最優先、もし失敗していてもこの銃は次弾が撃てないからだ。ボルトを緩めている所で目標の方角から稲妻の様な爆音が聞こえてきた。この瞬間、ラオは任務を成功させたのだと確信ができた。

 コンピューターなどの周辺機器を仕舞い、最後にまだ熱の残る砲身を冷却ジェルの詰まったカバンへと押し込める。隠してあったオート二輪へ積むとエンジンをかけ、自らも乗り込み走り出す──間もなく無線の声。


──こちらヨルムンガンド! 目標占拠、任務成功! 至急退去せよ!オーヴァー!


「こちらL、もう退去済だ。仕事は終わった、通信を終わる」


──待ってくれL! あんた、俺たちの……

 

 向こうが言い終わらないうちにイヤホンを外し、無線ごと放り投げるラオ。必要の無い関係は出来るだけ持たない。彼自身の処世術であり、宇宙を股にかけ裏家業を続けるための鉄則のルール。明日の見えぬ日常、わずかなかせが命取りとなるのだ。



 砂漠を走り抜けて町に着き、指定の場所へと向かう。薄暗く汚い裏路地を横切り、とあるガレージの小窓を叩いた。額から触覚を生やした髭の小男が首を出す。


「用向きは?」

「転送だ。コードは『ピンクのテディベア』」


 小男は手元のキーボードを叩き、データの称号を行う。確認が取れるとガレージのシャッターが上がり始める。ラオは中へと入り、オート二輪ごと積み荷を転送装置へと入れ、再び外へ出た。


「テディベアからの発送だよ」


 小窓の男が封筒を手渡してくる。中身は住所が記載された手紙とマイクロチップ。恐らく手紙は今晩泊まる場所の指定、マイクロチップは通信傍受のためのキーだろう。


(何がテディベアクマちゃんなものか。強欲な汚い豚オークめ)


 過ぎった醜い顔を振り払うように、手紙の場所へ徒歩で向かうのだった。


 そこはやはり汚い裏路地で、胡散臭い連中がたむろしている。今晩泊まるモーテルに差し掛かったところで、突然座っていた男から声を掛けられた。


「旦那、ちょっとでいいんだ、恵んでくれろ」


 見れば汚れたローブから、巨大な目玉がギョロリとこちらを向いている。一瞬足を止めたラオだったが、無視して建物に入ろうとした時。


「シャァッ!」


 ローブの中から刃物を掴んだ触手を伸ばしてきたのだ。瞬時にラオはナイフで触手を斬り落とし、男を転ばせてハンドガンを突きつけた。


「ま、ま、待ってくれ! 出来心なんだ! 命だけは……!」

「助かりたければ金を出せ」

「か、金があるように見えるか!」

「同じ手口で稼いだ金があるだろう、全部出せ」


 言われた男は1000ブレッド札二枚を出し、硬貨を撒き散らしながら逃げていく。すかさずラオはその背中へと狙いを定めるも、弾が勿体ないと感じて銃を仕舞った。この町、特に裏路地の治安は最悪で、警察すら滅多に近づかない。失業者と犯罪者、今のような追い剥ぎで生業を立てる者の巣窟と化していた。


 Lは金を拾い集め、周囲からいぶかし気な視線を浴びながらモーテルへと入って行った。


 部屋に入ると足を投げ出し、煙草をふかしながら先程手に入れた1ブレッド硬貨を眺める。この星の通貨『ブレッド』は、過去にこれ一枚でパンと交換できたことから由来している。一見麦の穂をかたどった綺麗な硬貨も、今ではパン切れ一枚買えないまでに暴落している皮肉な星の現状。賄賂のはびこるいい加減な政策は悪質なインフレを招き、恩恵に預かれない貧民層との差は広がるばかりだ。しかし、この男『L』にはそれすらどうでもいいことに思えていた。


 やがて硬貨を眺めるのに飽き、小型通信機へマイクロチップをセットし、スイッチを入れた。モニターの映像が乱れるも、通信音声だけは聞こえてくる。


──ご苦労さん。予測より遅かったじゃないか、失敗かと思ったよ。


「苦情なら先方に言え」


 通信相手は大手裏金融のドン「マダム・キャンベラ」本人だ。実際は金貸し以外にも手広く稼ぎ口があり、莫大な資産を所有している。その一方で、裏では非合法の兵器会社や星間マフィアとも取引しており、星を滅ぼす死の商人ともささやかれている人物であった。


──ところで、この星の反政府組織レジスタンスが狙ってた物を見たか?


「興味ない」


──金塊だよ。石油王が軍と癒着するための資金、その輸送中だったのさ。


 この惑星、ザガールでは地下資源を独占している富豪が幅を利かせ、政治に口出しするのが常であった。そんな彼らの目の上のこぶが、反乱軍「ヨルムンガンド」である。民間組織だが神出鬼没な義賊行為を繰り返す彼らに、この星の富豪らは手を焼いていたのだ。警察は当てにならず、軍関係者と癒着し反乱軍を根絶やしにしようと試みていた最中だったのだ。キャンベラはどこからかこれらの情報を掴み、反乱軍に手を貸す代わり、相応の報酬として金塊の一部を手に入れた、という訳だ。

 しかし強欲なマダム・キャンベラの事だ、これだけでは済まないだろう。反乱軍に分があると見込み手を貸したのだ。革命が成功した暁には、地下資源の利権を要求するに決まっている。


──あたしも弱者に味方する事はあるさ、今のあんたを助けたようにね『ラオ』


「……次の仕事は何だ」


 不快だ、とばかりに話を急かすL──ラオ。


──実はあたしもこの星に来ているのさ。会って伝えるからそこで休んでな。


 通信を切り、あおるように安酒を口に含む。明日、あの醜い豚の顔を拝まなくてはならないのか。げんなりしながらそう思うも、早めに体を横にするのだった。


……………

………


シ……


コロシ……


──ヒトゴロシ……



(…………ぐ……)


──ヒトゴロシッ!!


「……がはっ!」


 深夜、悪夢にうなされラオは飛び起きる。またあの夢だ。組織から身を引いたあの日以来、人の生死が絡む仕事をこなすと必ず夢枕に現れる声。

 いくつも精神科医の元を訪れ、治療を受けたが一向に改善される気配が無かった。あくる日訪れた病院で精密検査を受けたところ、体内に潜むナノマシンが原因であると診断された。抗体ウイルスを打ち込んでも根絶やしにはできず、ガン細胞のように爆発的に増えては一定量を維持する未知のナノマシン。除去による完全治療は不可能に近く、全身を機械の体に取り換える以外に方法は無いとまで言われた。


(──ふざけるな。俺は……人間だ!)


 機械に体を蝕まれ、追い詰められ自らを機械の体に変える。

 それこそがまさに敗北、ラオはそう考える。


 あがなうかのように精神安定剤を首筋へ打ち込み、落ち着くと煙草に火を付ける。


 窓のカーテンを開けると、夜空には月が4つ連なっているのが見えた。


──ヒトゴロシ


 まだ耳奥に、機械のような無感情の声が響いている。


「……そうだ、俺は人殺しだ。だから何だ?」


 4つの月に問いかけるように、ラオは呟く。生きるために命を奪う、それが自然の摂理であり、対象が同じ人間か、他の生命かの違いなだけだ。……そう、以前のラオならそう考えていた。しかしあの事件以来、考えは揺らぎつつある。


(必ず終わらせてみせる……必ずだ! そして俺は……!)


 借金を払い終えた後で全てが決まる。それまでどんな失敗、死すらも許されない。姿の見えない相手、いつ終わるかわからない戦いに葛藤かっとうを抱きつつ、再び横になると目を閉じるのであった。

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