第5章 未来へ ④二人で、育てる。

 オレは緊張のあまり、しどろもどろになって、「あの」「その」を連発した。

 美咲と並んで座り、「話があります」といった時点で、何かが起きたことは美咲のお父さんもお母さんも察知したんだろう。

 たぶん、オレが話しだす前に、二人とも、娘が妊娠したってことに気付いた。

 お父さんの顔はみるみる赤くなっていき、目尻が吊り上がった。オレは怒鳴られるかと思って、ビクビクした。お母さんは血の気を失った顔で、呆然と美咲のお腹を見ている。

「つまり、美咲は、妊娠してるってことなのか?」

 話の途中で、お父さんは遮った。怒りなのかショックなのか、お父さんの声はかすれていた。

 オレは黙ってうなずいた。

「いつ? なん、何か月なの?」

「……3か月」

「産婦人科に行ったの?」

 お母さんの問いに、美咲はコクンとうなずく。

「どうして、そんな、どうして」

 お母さんはすっかり狼狽している。

「ごめんなさい……」

 美咲は堪えきれなくなったのか、涙をポロポロとこぼす。ああ、オレ、ホント、さいっていなことしたんだ。

「それで、どうするつもりなんだ」

 お父さんの刺すような問いに、オレはすぐには答えられなかった。口の中が異様に乾く。何度も唾を飲みこんだ。

「あー、二人で、育てよう、と」

 お母さんは「ええ?」と素っ頓狂な声を上げた。

「育てるって、二人とも、まだ学生じゃないの。隼人君、今何年生だっけ?」

「3年生です」

「じゃあ、学生結婚するってこと? そんな、無理よ、無理。働いてもいないのに、子育てするなんて、無理。そんなに世の中は甘くないんだからっ」

「それじゃあ、この子を堕ろせってことなの?」

 美咲は泣きながら反発した。

 オレは「すみません」と頭を下げるしかなかった。

「それしかないでしょ。だって、今産んだって、子供二人で子供を育てるなんて、無理なんだから。それに、学生でできちゃった婚なんて、みっともない。ご近所に知られたら、恥ずかしくて、私、外歩けないわ」

「ひどい、そんな言い方っ」

「もう、あんたって子は、どうして、そんな、親を泣かせるようなことばっかするわけ? あんたが手首を切った時、どれだけ泣いたと思ってるのっ」

 オレは驚いて顔を上げた。そんな話、初耳だ。 

 美咲はうつむいて震えている。

「それで、ようやく立ち直れたのかと思ったら、今度は学生で妊娠なんて。ホント、まわりの心配なんて、何も考えてないんだからっ」

 お母さんはどんどんヒステリックになって、目を剥いている。怖い。

「私は反対よ、学生で産むなんて、反対だから。もう、ホント、何考えてるの? ホントなら、喜ばしいことなのよ、赤ちゃんができたってことは。それを、そんな、二人ですみませんすみませんって、謝りながら報告するなんて。ちっとも嬉しいことじゃないじゃないのよっ。恥ずかしくないの?」

 ああ、何とかしなきゃ。何か言わなきゃいけないけど、何を言ったらいいのか分からない。

「どうやって、二人で育てるのか、考えてるのかな」

 お父さんは息を吐きながら、低い声で尋ねた。お茶を飲みつくしたのか、湯呑の底をじっと見ている。もしかして、その湯呑を投げつけられるかもしれない。オレはちょっと身構えた。

「あ、えーと、オレは大学を辞めて、働きに出ようと思ってます。仕事を探すのはこれからですけど、それで何とか」

「隼人君は確か、奨学金で大学に通ってるんじゃなかったかな」

「ハイ、そうです」

「それなのに、そんなに簡単に大学辞めていいのか? それって、無責任なような気がするんだけど」

「……」

「君はご家族をみんな亡くされて、今まで大変だったことは分かるよ。美咲から話を聴いて、若いのに、よく頑張ってるなって感心してたんだ。だからこそ、もっと気を付けてほしかった。こんな、軽率なことはしないでほしかった。子供ができたから責任をとるんじゃない。子供ができないようにするのも、大人の責任だよね。違うかな」

 あまりにも正論すぎて、うなだれるしかなかった。

「僕は、企業で人事を担当してるから、今の就活がどれだけ大変なのかは分かってる。だから美咲にも、資格を取っとけって言ってるわけで。大学を中退したら、正社員なんて一生なれないってこと、隼人君も知ってるんじゃないの? 一生バイトかもしれないのに、家族を養うなんて、できると思う? 本当に」

 甘い考えなんてこと、分かってる。でも、こうなったらやるしかない。

 そう思っても、さすがにそれは伝えられなかった。やけくそなのかって叱責されるのは目に見えている。

「だったら、私も働く。短大辞めて、働く」

 美咲が震えながら、でも強い声で言った。

「私、この子を産むから」

「そんな、一人で決めないの。子育てって、そんな簡単なことじゃないのよ?」

「分かってるよ」

「分かってないわよ。うちの職場にも、10代で子供を産んで、働きに来てる子がいるけど、ホント、大変なのよ? 保育園に預けるにもお金かかるし、それに」

「そんな細かい話は、今はいいだろ」

 お父さんがうんざりしたように遮った。

「美咲は、隼人君が卒業するまで、うちで預かる。子供と一緒に。だから、隼人君は、大学を卒業して、どこでもいいから正社員になるんだ。就職できたら、美咲を君のところに行かせるから」

 えっ、とオレと美咲は同時に声を上げた。

 お母さんが固まっている。

「美咲も、ちゃんと卒業するんだ。短大で保母さんの資格をとれるなら、とっておいたほうがいい。資格があったら、いざというときに役立つから」

「え、ちょっと、お父さん、何言ってるの? ダメよ、そんな。苦労するってことが分かってるのに、学生で子供産むなんて」

「この二人に子供を堕ろせなんて、言えるわけないだろ?」

 お父さんは初めて声を荒げた。それはお母さんに対する苛立ちなのか、オレたちに対する怒りなのか。

「美咲は、摂食障害になって、手首を切ったこともあるんだ。あの頃は、どうしてそうまでして自分の体を痛めつけるのか、オレには不思議だったよ。でも、自分の子供ができたら、分かるだろ、親の気持ちが。オレたちがどれだけ心配して、どれだけ泣いたことか。親になったら、分かるだろ」

 お父さんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。唇を噛んで堪えている。

 お母さんがわっと泣き伏せる。

「……ごめんなさい」

「謝るなっ。それとも、悪いことなのか、子供ができるのは」

 美咲は首を振る。その動きに合わせて、涙がスカートに振り落とされる。

 ああ、オレ、なんてことしてしまったんだ、って今更ながら思った。

「ただ、隼人君。美咲を傷つけるようなことをしたら、絶対、許さんからな」

 お父さんの怒りに満ちた目。

 ハイ。オレはようやく声を絞り出した。





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