第17話 山路さんと初詣をした

もう12月も残り僅かになってきた。磯村さんは月1回くらい、夜遅く店の閉まるころに店に来て、泊って行ってくれる。店が忙しそうなときは顔を出さない。こちらに迷惑が掛からないように気を使ってくれている。


ただ、連絡はほとんど当日に突然してくる。当日まで予定が固まらないのかもしれないが、どうせ来るのは夜遅くなってからだから当日の予定がどうあろうと関係ないと思う。年内はもうこないだろう。何となく分かる。


山路さんとの交際は順調というか続いている。店を開ける少し前に携帯に電話が入る。山路さんからに違いない。私の迷惑にならないように、この時間にかけてくることが多い。


「山路です。年末年始はどうするの?」


「年末は31日までですが、年が明けても朝まで営業しています。3が日は休んで4日から営業を始めます」


「それなら、2日に初詣に行かないか? 2日なら少しは神社も空いているだろう。それと初売りに行かないか? 君になにかプレゼントしたい。クリスマスにも会えなかったから」


「31日は年越しに店に来て下さい。年が明けたら一緒に初詣に行きましょう」


「いや、やめておこう。前にもいったとおり、君の職場に訪ねて行くのは遠慮するよ」


「私がお客さんの相手しているのを見るのがお嫌なんですか?」


「それもあるけど、僕は昔のように、君とは客として付き合いたくないんだ」


「ありがとう、私をそんなに思っていてくれて。2日の待ち合わせ場所と時間をメールで入れてください」


「分かった。じゃあ、良いお年を!」


「良いお年を!」


2日の10時に私の店から表参道の大通りへ出る小路の出口で山路さんと待ち合わせをした。丁度10時に私は和服で出かけた。今日はメガネをかけることにした。彼は待っていてくれた。


「おめでとう」


「新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく、大晦日はどうだった」


「12時過ぎまでお客さんがいて、それから皆さん、初詣に出かけました。3時ごろにまたお客さんが戻ってきて、朝まで飲んだり歌ったりでした」


「書き入れ時だね」


「12月と1月はまずまずですね」


「お参りに行こう、人出はどうかな?」


「2日でも結構混んでいるみたいです」


明治神宮は今日も人出が多い。元日はもっと混んでいただろう。時間がかかったけど、ようやく二人でお参りができた。私は長い間手を合わせていた。彼が覗きこんできたので目が合った。


「何をお祈りしていたの」


「このままの生活が続きますように」


「今の生活に満足しているんだ」


「満足と言うか、これ以上は望みませんので」


後に人が混んでいるので押された。すぐに横へ歩き出す。


「欲がないんだ」


「欲って限りがないですから」


「言うとおりだ」


「あなたはなんてお祈りしたんですか?」


「そばの人と結ばれますようにと祈った」


「もう結ばれているじゃないですか」


「まだ、足りないから、それ以上をお願いした」


「どういうことですか?」


「今よりももっと親密になりたいってことかな」


「いまでも相当に親密だと思いますけど」


「君の言ったとおり、欲には限りがないんだ。君のように考えられると楽なんだと思う」


手を繋いで参道を出て大通りへ向かう。歩道は人でごった返している。


「今日はおみくじを引かなかったね」


「物事なるようにしかなりませんから」


「そうかな、何とかするのも大事だと思うけど」


「でも、大事な場面ではよくよく考えて悔いのないように決めています」


「それで後悔しないの、判断を誤ったって」


「ありません。その時に良いところも悪いところもよく考えてのことですから。想定外のことも起こりますが、結果が悪ければ諦めるだけです。自分が諦めれば済むことですから」


「諦めると気が楽になるのは分かる気がする。いつまでも引きずらないことが大事かな。随分時間がかかるけどね」


「亡くなった奥様のことをおっしゃっているの?」


「それも含めてかな」


「プレゼントをしたいけど、何がいいかな?」


「いままで、プレゼントはいただかないことにしていました」


「どうして」


「いただいたものに縛られるような気がして、でも、あなたからはいただきます、今はあなたと繋がっていたいから」


「それは嬉しい、何がいい?」


「細い鎖のブレスレット、シルバーがいい。いつも着けるから無くすかもしれないので、高価なものでない方がいいです」


「指輪はどうなの?」


「指輪よりルーズでいいかなって、でも浮気がしたいってそういう意味ではないんですけど」


「そういってくれて嬉しい。プレゼントのし甲斐がある」


すぐに近くにあったジュエリーの店へ彼は私を連れて入った。指輪が一番多くて、次がネックレス、意外とブレスレットは少ない。私が言っていたようなものが数点見つかった。


私はその中から、二重チェインのものを選んだ。山路さんはすぐにカードで支払って、私に着けてくれた。和服では目立たないけど、私の腕にぴったりだった。


店に出るとブレスレットはきっと客の目にも付くだろう。嬉しかった。必ず着けていようと思う。

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