第22話

 すでに準備はしてあったため、四人で西の荒野目指して出発した。


 フィリコスは重そうな鎧を着ている。背には大きな盾、手には剣。兜は頭の後ろに引っ掛けられていた。

 メリーダは長い木の杖に黒いローブ。ウェーブのかかった紫色の髪がよく似合っている。


 俺はいつも通りの身軽な格好に青いマント。腰には剣。

 どうにも後で分かったのだが、この剣をルーは最初から俺に持たせるつもりだったらしい。なにかあったときように、ということだ。

 うちの妹は兄のことを心配するという気遣いのできる子で、これほどまでに心優しい子はいない。つまり、やはり天使に他ならない証拠であり――以下略。


 マオは短いスカートの下にショートパンツ。背には短めの青いマント。

 腰の左右にはナイフ。二本使っているところは見たことがないので、恐らくは予備だろう。


「ミストリザード、ですか」


 フィリコスが確認するように言ったため、すかさず魔法の鞄からリザード図鑑を取り出す。


「ミストリザードは全長1mほど。大きいほどではないし、戦闘能力も高くない。しかし」

「背中に複数ある筒状の突起物から霧を出すんですよね」

「色は白。霧の中だと見辛いから、そういう体色に進化しんだと思うわぁ」

「基本、複数の仲間で動くにゃ。これは他のリザードと同じで――」


 三人は図鑑を見ている俺よりも詳しかった。

 笑顔のまま、そっと図鑑をしまう。

 言われたことを聞き、相槌を打つのが俺の仕事だった。



 西の荒野へと辿り着く。

 ここは昔、激しい戦闘が行われたらしく、荒れ地となっている。森なども遠く、ほとんどが砂や岩しかない大地だ。


 小さな岩の一つに足を乗せ、周囲を見回す。


「……特に動いてるものはいないし、霧も出てないな」


 しかし、こんなに見晴らしが悪かっただろうか?

 前に訪れたのはかなり昔だが、大きな岩がこれほどまでに多かった覚えはない。これならばミストリザードたちも、姿を隠すのは容易だろう。


 俺たちの目的は調査。討伐ではない。

 まずは本当にミストリザードがいるかの確認。その後はミストリザードたちの巣を見つけられれば一番だが、どこら辺に多くいたかが分かる程度でもいい。


 ここは先達の意見を聞きたいというか、その方針に従って動くのがいいな! とフィリコスを見る。


「どうする?」

「お任せしますよ」


 えっ、と言いたかったのを我慢する。

 任せますよ、って本当に困るからやめてほしい。今日、なに食べる? なんでもいいよー。と答えたくせに、これはちょっと……とか言い出すのが思い出させられるからだ。

 一つ咳払いし、全員を集める。


「少数での行動だ。全員で方針を決めよう」

「そうですね、そのほうが動きやすいと思います」

「あたしもそれでいいにゃー」

「ワタシもいいわぁ」


 特に反論などもなく、俺たちは全員で方針を決めることにした。


 問題となるのはなぜか大きな岩が多く、視界が悪いこと。見晴らしがよいと思って来ただけに、これは非常に厄介だった。

 足場も悪い。まだミストリザードが本当にいるかも分かっていないが、囲まれでもしたら大変なことになるだろう。霧が出ればさらに、だ。


「霧が出たときのことを考えると、迂闊に踏み込めないな」


 良い案が思いつかず、悩みながら口にする。

 安全第一。そう考えている俺にとっては、この状況は厄介なことこの上なかった。


「多少のリスクはしょうがありません。行くしかないでしょう」


 フィリコスは力強く言う。例え厳しいとしても、結局行くしかないのだから、と。

 実際その通りで、できるだけ足場の良い場所を、逃げ道を確保しながら見回る。

 これが俺たちの出した方針だった。


 先頭をマオ。少し後ろをフィリコス。俺とメリーダで退路の確保。

 一番身軽なマオは、なにかを発見したら下がる。敵だった場合は、フィリコスが相手取る。メリーダはその援護。俺は後方の確認。……いつも確認ばっかりしているな。


 いくつかの大岩の周りを調べたのだが、マオは首を横に振る。特に異常は無いらしい。


「足跡も無いんですか?」

「痕跡一つ無いにゃ。もちろん本職の人に比べたらあたしは劣るけど、全く見つからないってことは、目撃情報が間違っていた? と思ってしまうにゃ」


 マオがそう言い出すのも仕方がない。

 俺たちは目撃情報があったからこそ調査に来た。にも関わらず、見かけるどころか痕跡一つ見つかっていない。見間違いだったんじゃ? と考えるのは自然だろう。


「あそこの大岩。あれを調べたら、一度ここから出よう」

「そうねぇ。いい加減、足も痛くなってきたわぁ」


 メリーダはヒールの高い靴を履いている。荒れ地を歩けば疲れるのも当然だし、それで動けなくなられても困ってしまう。

 それに、俺たちだってこうも足場が悪ければ疲れも溜まる。一度休んで考え直すのは大事だ。


「なら、とりあえず移動するにゃー」


 まだ余裕があるらしく、元気よくマオが言って動き出す。

 なんの成果も無いということがこんなに疲れるとは……。

 だが弱音を吐くわけにもいかず、気を取り直して足を進ませた。


 大岩を一回りしたが、予想通り何も見つからない。


「では、予定通りに休憩をとりま……ん?」


 フィリコスは言葉を止め、周囲を見回し出す。

 プシュップシュッという変な音が聞こえていた。

 それは徐々に増えていき、最早どこが最初だったかも分からない。とても嫌な感じがする。


「な、なんの音にゃ?」

「分からない。でも、これは……」


 視界が急速に悪くなっている。地面から吹き出しているものが、この荒野を白く染め上げようとしていた。


「逃げ――」

「全員集まってください! ミストリザードは地面に潜んでいます!」


 俺は急いで逃げるべきだと判断した。

 しかし、すでに間に合わないと思ったのだろう。

 フィリコスは、集まるよう指示を出した。


 きっとそれは正しい。

 そう思ったからこそ、言われた通りにする。

 大岩を背に、前にフィリコス、左にマオ、右に俺、中にメリーダと集まった。


「すみません、逃げる時間はないと判断しました」

「謝る必要は無い。フィリコスの判断は正しい」


 実際、今はもうお互いの姿すらハッキリとは見えていない。あのまま逃げていれば、方向を見失って散り散りになっていただろう。


 深い霧の中、近付いて来る複数の物音。

 姿は見えていないが、ミストリザードで間違いないだろう。


 地中に潜む、と図鑑には書いていなかった。いや、他の三人も警戒していなかったことから、知られていない生態だったのだろう。


「どうするのぉ?」


 メリーダの声に答えることができない。

 この白い世界の中、逃げる方法が思いつかなかった。


「……落ち着け」


 高鳴る胸に手を当て、握り締める。

 一度深呼吸をし、近くにいるはずの三人に大声で聞いた。


「この場を脱する案はあるか!」

「考えています!」

「ないにゃ!」

「難しいわねぇ」


 どうやら全員同じく良い案が無いらしい。

 マズい状況になった。突破口を見出そうとしていたら、足の下が揺れる。見えないが、剣を突き刺す。呻き声が聞こえた。


「俺たちの足元にもいる! 気を付けろ!」


 近付く物音。下からの攻撃。

 俺たちは、どうしようもないほどに追い詰められていた。

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