第6話

 ここ最近、色々あった。

 しかし、今はまた薬草採取をしている。薬草採取はいい。淡々と熟すだけだが、心が癒されていくのを感じる。

 ……のは俺だけらしく、ルーはむすっとしていた。


「ど、どうしたのかな?」

「べ つ に」


 お金を渡して数日経ったのだが、ルーは機嫌が悪いままだ。


「にいちゃはお人好し過ぎるよ。ルーが心配してるって分かってないもん。なにかあったら大変なんだよ? ルーにはいっつも怒るのに」


 ブツブツと呟いているが、声が小さくて聞こえない。だが、恐らく俺への不平不満を述べているのだろう。

 確かに、あれは二人のお金だった。一人で決めて渡したのは悪い。

 しかし、何度謝罪してもルーは怒っている。もうお兄ちゃんボロボロだよ。


「勝手に渡してごめんな……」

「お金のことはどうでもいいの! にいちゃが危ない目にあったのが許せないの!」


 いや、危なくは無かった。なんせスプーンで脅されていたわけだからね。

 俺は自信たっぷりに言う。


「大丈夫。これでも人を見る目は」

「危なかった!」

「はい、そうですね。仰る通りです」


 お金を失ったことは許している。

 だが危なくは無かったが、相手次第では危なかった。それがルーは許せない。心優しい妹にキュンとした。

 分かってしまえば頬が緩んでしまい、笑みを浮かべながら言う。


「うふふ、心配してくれてありがとな、ルー」

「むぅー」


 口を尖らせるルーの頭を撫でる。兄妹愛が深まったのだから、あの程度はした金だ。

 俺は機嫌良く、ルーは機嫌悪く薬草採取を続ける。直に機嫌も良くなるだろう。

 だが、ふと気付いたようにルーが口にした。


「そういえば討伐に行くって言ってたよー?」

「あぁうん、それは分かってる。約束を破るつもりはなかったんだが、ちょっと事情が変わってな……」

「じじょー?」


 ルーが小首を傾げる。

 顔を見るからに機嫌も直ってきているようなので、笑いながら告げた。


「ははっ、ほらお金渡しちゃったろ? 実は貯金も全部渡しちゃったんだ。つまり、全然お金が無い。日銭を稼いでからじゃないと討伐にはいけないな。生活を優先しないと」

「……」

「はっはっはっ……ははっ……はっ、ははっ……?」


 無言のまま、物凄い目でルーが見てくる。あれ? もしかして失敗しちゃった、かな?

 ドギマギしているうちに、ルーの顔が歪んでいく。正直、ちょっと怖い。


「どんな子だった?」

「え?」

「お金を渡した子」

「猫の獣人かな。女の子だと思う。でもうん、悪い子じゃなかったよ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 これ以上ないほどに深い溜息を吐かれる。胸が痛い。


「悪い子だもん」

「で、でも事情が――」

「事情があっても悪い子なの! 討伐にもいけなくなったし! ……もおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ルーが足で地面を強く踏みつけだす。

 怒っているというか、苛立っている感じだった。

 討伐クエストを受けたかったことは重々承知している。全て俺の責任であり、何度も頭を下げた。


「ご、ごめんね? 頑張るから! 薬草採取頑張る! だからもうちょっと我慢してな?」

「ばかあああああああああああ!」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 俺は謝り続けながら薬草採取をする。

 そして結局ルーの機嫌は戻らないままココの店に戻った。



 ルーがぷりぷりと怒っている中、薬草のチェックをしているココと話す。


「――ってわけでさ。討伐に行きたかったのは知ってたけど、こんなに怒るとは思わなかった。あ、でもそんなところも可愛いって言うかさ?」


 喜々として語っていたのだが、ココは呆れた顔になる。


「お前は本当に……。いや、言うだけ無駄か」

「言うだけ無駄!? ちょ、ちょちょちょっと待ってくれ。詳しく!」


 致命的な失敗をしている、と言わんばかりの態度だったので慌てて問い質した。

 しかし、ココは手を伸ばし、指で俺の額を弾く。バッチーンといい音がした。


「いてぇ!」

「ルーを子供扱いするのを悪いとは言わん。だが、日々成長してるんだ。心配しているってことにちゃんと気付いてやれ」

「……もちろん分かってるさ」


 毎日一緒にいるんだ。気付かないはずがない。

 自信満々だったのだが、ココはさらに深く息を吐いた。


「そういうとこだ」

「よ、よく分からんが、こういうとこが駄目なのか」

「おう」


 ココが言うのだからそうなのだろう。信頼している大人の言葉なため、自分のどこが駄目なのかを考え直す。……しかし、さっぱり分からなかった。


 代わりに、別のことに気付く。

 俺は十五歳。ルーは十歳。

 どちらも年齢は若く、一人は幼いといっても過言じゃない。

 いざというときの判断尾間違わないためにも、ギルドを続けていくためにも必要なことがあった。


 それは――メンバーの増員。


 特に人生経験の豊富な大人は、きっと俺たちの力になってくれるだろう。

 そして相応しい男が目の前にいる。ならば躊躇うことはなく、勧誘することにした。


「なぁココ」

「んー?」

「うちのギルドに入ってくれよ」


 軽いノリで言った。素直に認める。

 だがココはそうとらなかったらしい。

 手を止め、真っ直ぐに俺を見た。


「ギルドってのはなんだ?」

「同じ夢を目指す仲間、かな」

「ギルドマスターってのはなんだ?」

「一番前で仲間たちを引っ張る人……?」


 ココはただ首を横に振る。そんな答えが聞きたかったんじゃない、と目が言っていた。

 自分がなにか間違ったことは明確で、顔を伏せる。ココは俺の頭に手を乗せ、優しく言った。


「ルーのことを優先するのはいい。だがな、本気で考え、本気で誘え。誰かが言っていたような答えは要らない。お前の答えを持て。それに、なんの覚悟も無く、ギルドマスターがメンバーを勧誘するのは駄目だ。……それが分かるようになったら、もう一度誘ってくれ。オレも真面目に考えてやる」


 お前は本気になっていない、と言われた。確かにそれは事実で否定できない。

 ルーを楽しませてやろう、満足させてやろう。俺はそんなことばかり考えており、ギルドについて本気にはなっていなかった。


 優しいが厳しい言葉に頭を悩ませる。

 ただなにも考えずここまでやって来た、という事実をハッキリと再認識していた。


「にいちゃ?」


 気付けばルーが隣におり、心配そうな顔で袖を引いている。

 ギルドは簡単に作れる。だからこそ軽く考えていた。

 俺はギルドマスターという立場について、ちゃんと考えたことがあったか?


 ギルドマスターだ。たった一人のメンバーである大切な妹を守り、引っ張ってやらなければならない。

 笑顔を作り、ルーに答える。


「大丈夫、ちょっと考え事をしていただけだ」


 ルーは本気でやりたいと願っている。なのに、俺は本気じゃなかった。

 それでいいはずがない。叶えてやりたいと思いながら、俺はどこか誤魔化そうとしていた。


 息を整え、天井を見る。

 本気でギルドをやるのはまだいい。妹のために、世界最強を目指すという途方もない道を選ぶだけだ。

 ……しかし、本気でギルドマスターをやる、というのはどういうことなのか?

 ココに聞くのでもなく、誰かに教えてもらうのでもなく、まずは自分で考えなければならない。それは分かっており、さらに頭を悩ませる。


「俺は、どうしたらいいんだろう」


 呟く言葉に、答えてくれる人はいなかった。

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