花の姫君と狂犬王女

化野 雫

プロローグ(その1)

 若い女が走り去るミニバンの窓に顔を押し当て外を見ていた。


 その視線の先には、地面に横たわりながら必死にその手を女の方へ伸ばす男の姿があった。傷と痣だらけで腫れあがった顔を苦痛と屈辱、そして深い悔恨と絶望に歪め、涙を流し走り去るミニバンを見詰めていた。


 誰か……誰か助けて……。


 女はそう叫びたかった。しかし、幅広のガムテープで塞がれた口ではただくぐもった声が漏れるだけだった。



 男たちはそんな女を窓から引きはがすと座席の中ほどに押し込み仲間同士で左右から挟み込む様にした。


 すぐさま、右の男が乱暴に女の胸を服の上から揉みしだき始め、もう一人の男は女のスカートの中へと手を伸ばした。もちろん、塞がれた口からくぐもった叫びを上げ女は激しく抵抗をした。すると、胸を揉みしだいていた男が突然、女の頬を平手で数回殴りつけた。そして再び、男達が女の体を弄り始めると女は抵抗を止めて男達のなすがままになった。


 女は男たちの暴力に屈した。深い深い絶望の影が女の顔を覆った。それでも時々、女は精一杯の拒絶の意思を表すかのように弱々しく首を左右に振っていた。



 ミニバンは女を拉致した展望台から山道を降り港に近づいていた。


 女の着ていたブラウスの前は完全にはだけ、ブラも剥ぎ取られ、小ぶりだが形の良い胸が二つとも露わにされていた。それを右側の男が片手で揉みしだきながら、もう片方の胸を舐め回していた。


 口を塞いでいたガムテープはいつの間にか剥がされていた。そして、左側の男はその唇に自分の唇を押し当て無理やりその舌や口の中を涎をだらだらこぼしながら自身の舌で舐め回していた。さらにもう片方の手を女のスカートの差し入れ、その奥までも指を使って弄りまわしていた。女の片方の足首には脱がされたショーツとパンストが絡みついていた。


 車の床に座った二人の男は、下卑た笑い声を上げながら女の両足首を掴んで無理やりその足を大きく広げさせていた。そして、時折、広げさせた女の太ももの内側などをいやらしい手つきで盛んに撫でまわしていた。


 さらには、別の男がハンディーカメラを持って、嬲り者にされている女の姿を様々なアングルから克明に記録し続けていた。


 すでに涙も枯れ果て、重苦しい絶対的な絶望が女からその意思を完全に奪っていた。女は人形の様にただされるがままになっていた。


「倉庫に着いたら、俺らが飽きるまで輪姦まわす。

 気が狂う程、気持ち良い想いさせてやる。

 だから、このまま抵抗すんじゃないぞ。

 抵抗しやがったら、その綺麗な顔、

 二目と見られぬほどズタズタにしてやるからな」


 助手席に座るリーダー格の男がそう言って、手に持った軍用のサバイバルナイフをチラつかせながら女の方を振り返った。しかし、女は一瞬、その顔を少しこわばらせただけだった。


「まあ、こいつも他の女達同様に、

 明日の朝にはあの事しか考えられない変態女さ。

 久々に上玉の女奴隷が手に入ったぜ!」


 女の胸をおもちゃにしていた男が顔を上げて下品な笑い声を上げると、他の男達も一斉にいやらしい笑い声を上げた。



 深夜の港の倉庫街。そこは人影もなく静まりかえっていた。


 夜の闇に溶け込むかのような漆黒のミニバンがその倉庫街を走っていた。この時代、燃料電池自動車FCVと共に主流となった電気自動車EVであるこのミニバンはタイヤが路面を蹴る音以外ほとんど無音に近い。本来なら歩行者等に注意を促すために取り付けが義務付けられている疑似エンジン音発生装置もこのミニバンでは違法な手段で機能を停止させられていた。


 さらには、自身の存在を誰かに気づかれぬ様にミニバンは倉庫街に入ると同時にヘッドライトも消していた。もう幾度となく通う勝手知ったる倉庫街。ドライバーの男にとって、月明かりと時折ある街灯の明るさだけで運転するには十分だった。


 そのミニバンが倉庫街の中央を走るメインストリートから外れ、倉庫街の路地へ入った時だった。


 そこはここでも一番古い倉庫街で街灯もほとんどなく、ある街頭さえ故障して消えてる物がほとんどだった。普段なら、そこは他より一層深い闇と化している所だった。しかしこの日は、ちょうど低い位置にある月がその背後からその道筋を照らし出していた。


 その月明かりが、道路の真ん中に立つ不思議な人影らしきモノのシルエットを黒々と浮かび上がらせていた。


 ドライバーはその影に驚き、思わずブレーキを踏んだ。



「馬鹿野郎! いきなり止まるんじゃねぇ!」


「舌感じまう所だったぞ!」


「痛てぇ~! 頭打った!」


「このアホ! カメラ壊れたらどんすんだ!」


 後ろで女をおもちゃにしていた男たちやビデオカメラを回していた男が一斉に抗議の声を上げた。


「何だ、あれは!」


「あれ……まさか……『鬼』……」


 助手席に座るリーダー格の男が前方を見詰めたまま叫ぶと、ドライバーの男がその顔に明らかな恐怖の表情を浮かべて小さく呟いた。



 背後から月明かりに照らし出されたその姿ははっきりとは分からない。


 確かに人影に似てはいるが、男が呟いた様にその頭らしき場所からは左右に二本の長い角の様な物の影があった。


 そして、黒い影になった全身にまるで刺青の様な模様が青くぼんやりと光り始めた。


 同時にその人影がミニバンの方へゆっくり近づき始めた。時折吹く海風になびく長い髪の様な物が月明かりを浴び白銀に輝ていた。



「くそっ! 鬼だろうが何だろうか知った事か!

 死にやがれ、バケモノ!」


 ミニバンから飛び出したリーダー格の男が、そう叫んでこちらへゆっくり近づいてくる鬼の陰に向かって腰の後ろに隠していた拳銃を向けた。


 銀色に輝くその銃は、今では骨董銃に属するかなり旧いタイプの自動拳銃オートマチック『デザートイーグル』だった。ただし50口径と言われる拳銃としては異様に大口径で、そこから発射される弾丸の破壊力は凄まじい物だった。その為、反動が少なく精度、威力共に優れた電磁加速銃リニアガン全盛のこの時代においても、その威力と反動のすさまじさに惚れ込み愛用するマニアが多かった。そしてその中には、その見かけの巨大さからこの男の様に自身の強さをひけらかす為の道具として使うならず者も多い。


 例え相手がこの時代の防弾プロテクターを装着した警官だろうが、この銃で至近距離から撃たれれば、まともではではいられない。ましてや、そのシルエットが女性の様に華奢なこの相手なら大した防弾装備はしていないはず。こんな相手、すぐに勝負がつくはずだ、と男は思っていた。

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