第2話1章 娼館「ダーク・ミクスチャー」1

王都の東側、繁華街から2,3本程度外れた通りに鎮座する洋館。

自分が日頃夜に訪れる際は、妖しいスポットライトで外壁が艶やかに輝き、加えて何となく淫靡な、劣情を催す花の香りが漂い、主に下半身に緊張感が走ったものである。

しかし、いざ業務で真昼間に洋館の前に立ってみるとどうだろう。緊張感が走らないどころか、周囲は人一人見当たらない程閑散としているおかげで、寒気が全身を駆け巡っている。

きっとこの館が夜に見せている表情は、数多の男(中には女の利用者もいるようだが)がぶちまけてきた、金と時間と精気によって、その輝きを保っているのだろう。


そんなことを考えていると、前から声がかけられる。


「ほら、さっさと中入って調査終わらせるわよ」


自分の先輩であり、(たぶん)相棒のネイザー・アウリアは既に自分の数十歩先にいて、腕を組んで待っていた。小走りで駆け寄り、


「すいません。でもやっぱ、こういう風俗の建物って見てくれは綺麗ですよねー。ていうか見てくれだけしか綺麗なところがないというか」


「フーゾクなんてそんなもんでしょ、何を今更。見てくれ以外が不衛生だから私たちが来たんじゃない」


自分はあたかもこの施設は見たことも利用したこともないような口振りで彼女と会話したが、内心ヒヤヒヤしていた。ただでさえ風俗店の利用者は白い目で見られるが、この風俗店の利用者は殊更白い目で見られるからだ。


”エルフの娼館は数あれど、在籍する女の子の全員がダークエルフの血を引いているのはここだけ!”


というのがこの娼館「ダーク・ミクスチャー」のウリで、事実、在籍しているのは純血のダークエルフか、そのハーフあるいはクォーターだった。これは自分の目で確かめたから間違いない。

単純なエルフの娼館であれば王都にも複数存在するが、ダーク・ミクスチャー利用者が殊更白い目で見られる要因は、「血を引いている」という点だ。つまりこの洋館にはダークエルフの血を引いているという建前のバケモノが多数潜んでいるのだ。

巷では、

「”ダイナイトボディのハーフダークエルフ”と聞いてたのに浅黒のトロールが出てきた」

「スライムとダークエルフのハーフを呼んだら濁ったゲルの入ったプールに突き落とされた」

等と様々な体験談が広まっている。

そんなバケモノ相手に性行為をイタすのだから、ダークミクスチャーの利用者は”モンスターハンター”と呼ばれることもあれば”バケモノ専門のインキュバス”とも蔑まれる。無論、女性からは後者で呼ばれる方が多い。


ただ、これだけは断っておきたいのだが、自分がダークミクスチャーを利用するのは決して性欲のみに起因している訳ではない。他の種族が持つ生殖器の構造や繁殖生理について関心があるためだ。


現在王都では多数の種族が生活しており、異種族同士で恋人関係になる者がいる。しかし、「結婚」しているカップルは、国が異種族間の婚姻を認めていないために存在しない。

「国に結婚を認められなければ、減税や補助金等の行政サービスを受けることが出来ない……」、と考えるカップルが次に起こすアクションはと言えば、とにかく性行為だ。国に結婚を認めさせるべく、二人の愛の証を産もうと画策する訳だ。


異種族間カップルがせっせと性行為に励むことは別にうらやましくもないし、むしろ微笑ましいと思う。だが、その裏で様々な問題が生じていることに目を向ける者は少ない。恋人同士の生殖器の差異が生む性行為障害及び生殖器損傷がその最たる例で、医院や魔法院には連日その手の患者が運ばれている。また、繁殖生理の差異による不妊症カップルが増加している他、カップルの間の子に親の種族特有の遺伝病や呪いが受け継がれる事例が保健所に届けられている。


こうした問題を検討、研究するために自分はダーク・ミクスチャーに足を運び、生殖器の構造と繁殖生理を実体験しているのだ。さすがに風俗嬢を妊娠させることはしなかったが。まあ、利用料金はかさんだが、その分様々な種族の資料や知見を蓄積することができた。色々とバケモノを相手にして度胸も鍛えられたし、そんなに悪い経験ではなかったと思いたい。



「それじゃ中に入るわよ。ここの責任者、何て名前だっけ?」


「ルーセットさんて方らしいです。種族は純血のダークエルフって、保健所の風俗店台帳には記録されてますね」


「ま、それがホントかはわからないけどね。台帳の種族欄、結構簡単に変更できるらしいし」


「ハハ、確かに。まあでも、台帳の管理は事務方の仕事ですし、こっちはこっちで調査に取り掛かりましょう」


「わかってるわよ。それじゃ、館に入ったらまずはルーセットさんに調査に踏み込んだ経緯を説明して、了承してもらったら館を一通り案内してもらう。その間に疑わしい場所をメモして、案内が終わったら再度その場所をじっくり調べるって流れで」


「わかりました」


ネイザーは館のドアの前で佇まいを直し、ドアノッカーを叩いた。


こうして、娼館「ダーク・ミクスチャー」の調査が始まるのだった………

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