第4話 シフォンケーキ

「ありがとうございます……」

 僕はそれだけ言った。


「ふんぬ!」

 権蔵が何やら唱えると僕は意識が飛んだ。


 たちばな?

「弁当落としてしまいまして…今日食べるもの何もないんですじゃ。わしにおかず恵んでもらえますか?」

 たちばな権蔵が、おかしな口調で田中に言った。


「ふふ。大丈夫ですか?エビフライどうぞ。それじゃあね」

 田中は笑いながらエビフライ二本をアルミホイルに包んでくれた。


「感謝する」

 周りがヒソヒソと『あの人中二病を発症したのか』とウワサしている。


「ハッ!今僕は何を? 」

 僕が気がついたらエビフライ二本がアルミホイルに置かれていた。

 こいつ乗り移りやがったな!!


「早くお守りを置くのじゃ」

 ひとつも悪いと思っておらず、にこやかに言う権蔵。


 お守りを置くふりをして握りしめ念じた。

「ぎゃああああああああ」

 権蔵が半泣きになる。


「さっきのは悪かった。おぬしがグズグズしてるから代わりに言ってやったのじゃ」

 さっきとは一転、手をすり合わせて謝る権蔵。


「次やったらきついの一発念じるからな」

 そう言って、僕は権蔵をにらみつけ、お守りを置く。


「うまい、うまいのう。これがエビフライと申すのじゃな」

 権蔵がエビフライを食べている。エビフライも霊体化してるのか…僕だけに見えている。周りには普通にエビフライが置いてあるように見えるようだ。


「なんか旨み成分抜かれたような気がする」

 僕は田中さんにもらったなんか腑抜ふぬけてしまったエビフライを食べていた。


「ご馳走様。うまかったが食べたことない味じゃ。田中は生まれ変わりではないな」

 権蔵はポケットからハンカチを出し口を拭いている。もうなんでもありなんだな…


「味で分かるのか?」

 僕はふと思った疑問を権蔵にぶつけた。


「そういえば思い出したが手料理をよく食べさせてもらったんじゃ。次は梅田の所に行ってみるか」

 権蔵は順調に初恋の人のことを思い出しているようだ。もっと、手がかりになるようなことを思い出してほしいが…


 テーブルの端の方の席で梅田さんは桐谷さんと一緒にお弁当を食べている。

 勢いで今なら言える。また権蔵に乗り移られたらいやだし...お守りをこっそり梅田さんのお弁当の前に置いた。


「あ、あの梅田さん!お弁当落としてしまいましてオカズを僕に分けていただけないでしょうか?」

僕はたどたどしいながらもなんとか言えた。


 梅田さんはびっくりしていた。

「なんでですか?」


 さっき権蔵が田中さんに言った時は上手くいったのに……僕はねばった。


「食べるものがないものでして」

 僕がそう言うと、梅田さんも桐谷さんもぽかんとしている。


「ここ食堂だから何か買えばいいんじゃないですか?」

 桐谷さんが笑いをこらえながら言った。

ああ、そうだった。つい学生時代の印象で……弁当しかないものだと思っていた。


「そうですよね~失礼しました」

僕は愛想笑いをしてそそくさと片付けた。

 桐谷さんがクスクス笑う。僕は顔を真っ赤にしてその場を去った。


「梅田も桐谷も最初から生まれ変わりではないと分かっていたぞ。」

 悪気いっぱいの顔で権蔵が言う。


「先に言えよ!」

 権蔵覚えてろよ……あとで、すっごい不味まずい食べ物の前にお守りを置いてやるからな!


「万が一もあったし、あのおなごの弁当はまずいのう」

 権蔵が不味そうな顔をする。もう既に不味い食べ物を食べていたか……


 僕は食堂の食券機でかけそばの所を押し、600円を入れ、僕は買った食券を食堂のおばちゃんに渡す。そしてトレーと箸を取り待っていた。


「かけそば一丁!! 入りました! 」

 食堂のおばちゃんが僕をじっと見ながら言った。

 さっきの一連の流れをおばちゃんに見られてたなあ……恥ずかしいなあ……


「かけそばのかた!これサービスね」

 食堂のおばちゃんが、かけそばと可愛いハート柄の包装紙でラッピングされたシフォンケーキを僕のトレーに、置いた。

「ありがとうございます…」

 僕は愛想笑いをしながら礼を言った。


嬉しいけど、さっきの一連の流れを見て同情されたのかな……冷や汗が出てきたのでポケットからハンカチを出すために、ポケットに入っていたお守りをトレイに置いた。


「こ、これは!この味記憶にある!」

 権蔵が嬉しそうに、シフォンケーキを食べている。

シフォンケーキみたいな、そんな可愛い食べ物もらう機会ないから味わって食べようと思ってたのに!


 『記憶にある』ってどういうことだ。

 シフォンケーキなんて最近日本に来た食べ物じゃないのか?お菓子のことはよく知らないが…


「なんで、侍がシフォンケーキを食べたことあるんだよ?」

 権蔵にヒソヒソと聞きながら、食堂の端の目立たないような席に座り、僕はかけそばをかきこむ。


「わしはな。織田信長様に感銘を受け西洋の食べ物は取り入れとる。この格好もそうじゃ」

権蔵も合わせなくてもいいのにヒソヒソと話す。


 権蔵はいつの時代の侍だよ……戦国時代より後ってことしか分からない。

 その格好は、織田信長のコスプレだったのか…

 しかし、味に覚えがあるなんて変だな。

梅田さんのお弁当にはだし巻き卵も入っていた。しかし、それに関しては何も言わない。だし巻き玉子の方が歴史的に古いのに。


─ズルズルズルズル

「うまいのう! 」

 権蔵は今、僕のかけそばを食べているがさっきのシフォンケーキのような反応ではない。


 もしかして、初恋の人に関わる食べ物なのでは…ということは……食堂のおばちゃんが権蔵の言ってる初恋の人なのでは……?


 落ち着け……自分!権蔵は彼氏なしで独身の女性と言っていた。食堂のおばちゃんは推定70歳だ。結婚してるに決まっている。


 かけそばを食べ終わったので僕はトレーを返しに行くついでに食堂のおばちゃんに話しかけた。

「ちなみにおばちゃんは旦那さんか恋人いますか? 」


 おばちゃんは笑いながら言う。

「こんなおばちゃんを口説くのかい? よっぽどさっきのサービスが嬉しかったんだねえ。亭主は病気で今は天国だね。恋人募集中さ」


 僕は固まってしまった。独身で彼氏なし……条件があっている……おばちゃん70歳がまさか……

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