261-270


261


なぜ? パレバは討議場の管理人で、討議する人を見てきた。扇状に広がる席を掃きながら、あの要まで降りていってひとり自分のために話した日もあった。なぜ? 言葉は活発にぶつかりあって泡の模様みたいに見えた。なぜ? パレバが見るときみんなサイダーの中で討議していた。



262


本たちを本棚に帰してあげるんだ、と崖に住む人が梯子を登る。梯子は岸壁に備え付けられていて、棚はその左右に掘られている。母のものだった本たちは私の手から離れてゆき、雛鳥みたいに崖の人の腕に抱かれ、崖の棚にすらすら収まっていく。本たちを本棚に帰してあげるんだ、それが僕の仕事なんだ。



263


可能ならばここでコーヒーを飲んでいってください、と目の端をよぎった看板にある。通りすがりの喫茶店にこんなことを言われるのはへんな気がする。可能ならば、ここで、コーヒーを。縋りつかれているみたいでへんな気がする。急ぎ足で目的地に向かう自分が薄情な気がする。全部気のせいな気もする。



264


ピンク色の女の子、ピンク色のオアシスで涼んで、浴場のタイルも日暮れ、ピンク、ピンク、カシスオレンジ、おばあちゃんの家での留守番、娼婦のくるまる薄い綿布団、廊下のガラスを抜ける光線、ピンク、ピンク、カシスオレンジ、ピンク色のオアシス、ピンク色の女の子。



265


私はある男を糾弾するために彼の故郷を訪れている。男には書類上存在しない姉がいて、私を迎え居間に上げる。男は帰らない。茶を啜る私の袖を姉が引く、胸をはだけるのしかかる、言う、私の中に鬼がいる、鬼があの男を食べてしまった。だがその男を私は指差しに来たのだ、お前のせいだ、お前のせいだ。



266


「くちのなかにさかなが いて、」と握りしめたメモにあり、それを喋れないものだから目玉だけが白黒しており、上向きにいっぱいに開いた口腔を覗きこむと水の中に金魚が泳いでいて、同じように赤い舌と見分けがつかない。



267


たった今手放した荷物がコンベアから語りかけてくる。私はあなたのものだ。あなたがどこに捨てたとしても、私は戻ってくる。あなたには私が必要だ。靴には足が、花には蜂が、必要であるように。なのに私には紛失する予感がある。多分当たらないだろうけど、でも手荷物受取所ってそういう場所なのだ。



268


マイラ、マイラ、泣かないで。恋人はあなたに靴をあげたかっただけ、それも素敵なことだけど。マイラ、マイラ、泣かないで。靴はあなたが買っといで。あなたの足の声を聴き、靴は自分で選ぶもの。



269


幽霊と性生活を営む自分が許せない。布団に冷たい脚が滑りこみ、私たちは無理矢理に生殖を試みる。幽霊の脚は透けている。私は火のように怒っている。質量のある肌を擦りつけあうこと、そのように行われる生殖、それは生きて進む我々の領域で、これは生者への冒涜だ、殺してやりたいがもう死んでいる。



270


魔王は東に住むという。東は不浄の方だから、と戦士が麦酒を空にする。東は不浄の方だから、いつでも魔王はそこに住む。ここも東だと魔法使い、黙る戦士に次を注ぐ。ここも東でさらに東へ、追うほどに遠い金の日の出、あれが不浄の光など、不浄の光など……。顔を覆って泣く相棒の肩を戦士が抱く。

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