191-200


191


なぜ米鳥の骨を埋めるのかと夢見が鳥打に訊いた時、鳥打には答えに三つの用意があった。一つ、二つ、三つ、を鳥打が答え、四つ、夢見が後を引き取る。四つ、大きなものが来るから。鳥打が訊き返す。鳥よりも大きな? 夢見が頷く。鳥よりも大きな。鳥打は鳥よりも大きなものを知らない。夢見と同様に。



192


なぜかどうしても、靴箱のどの靴も合わない。昨日まで履いていた通勤用の革靴が大きすぎる。履き古しのスニーカーが大きすぎ、去年の夏のビーチサンダルが小さすぎ、高校の頃に買ってかっこよすぎて履けずに終わった限定モデルを出してみて、それが小さくて、数年ぶりに涙が出てくる。



193


回転寿司の帰りに幽霊が出たので回転寿司でいただいてきた塩(お醤油や穴子のタレと同じく小袋に分けられてお皿に盛られてお寿司と一緒にぐるぐる回ってるやつだ)をかけたら成仏した。こんなのに負けるなと思った。



194


白くて清潔なブラインドに囲まれているから私も白くて清潔だ。グレーの影が縞になって落ちてくる。ブラインドに囲まれている私もいるし、窓の外の芝生を歩く私もいる。窓の外の芝生を歩く私がふと窓の中を覗くとブラインドが降りていて、ああこの建物は白くて清潔だなあと思う。



195


秘書がいたらいいのになとよく思う。できれば私のミニチュアがいい。秘書は私の腰くらいまでの背丈で、本来私のすべき格好をし、私の覚えているべき事柄をみんな覚えている。手を引いてくれる。見上げると大きな私が泣きそうな顔をしているから、秘書の私は笑って教えてあげるのだ。



196


凄まじい形相の男に服の裾を掴まれる。腰から下が道にずぶずぶ沈んでいる。助けてください。でも私泳げないんです。助けてください! でも、泳げ、ないんです! 思わず手を引き剥がすと男は沈む。道ゆく雑踏が私達の声に一斉に目を上げ、そそくさと目を伏せて元通りに歩いて行く。



197


駅で人とぶつかって、今のは僧侶だったかもしれないと思った。濃いオレンジ色の長い服の人はわたしにはみんな僧侶に思える。雑踏にごめんなさいと呟くと、さっきの僧侶が頭の中でいう。あなたは少しおかしいけれど、気にすることはありませんよ。でもこれがおかしいこともわかるのだ。



198


一目でいい、女王の墓を見てみたいと語った友が明朝旅立つと言う。それは故郷から日没を追って若い駱駝を三頭乗り潰した先の谷にあり、女王は真昼の様に明るい墓廟に憩うという。旅立つと言う、地図も駱駝も故郷も、既に失われて久しいのに。白い眉の奥、眼の底に鈍く光る狂気と郷愁。



199


夜は大きな黒い獣なので、私達は毎夜眠りの番を立てていた。眠りの番は私達の名をひとりずつ呼び、呼ばれた者から番の衣を枕に横たわり、夢を見る。子どもの頃、私は眠りの番になりたかった。いつかひとりで眠りたかった、誰に呼ばれることもなくひとりで。頭上を獣が跳び越してゆく。



200


広場の番に就いているので、知らない人に話しかけなければならない。子供に、恋人たちに、大道芸人に、老夫婦に、露天商に、犬に、ここはわたしに任された広場で、あなたがたはここを出なくてはならない、この広場にはある日突然穴が開き、あなたがたは地獄に落ちるでしょう、と。

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