161-170


161


ただ一人の王の御渡りを待つ長い長い夜の間後宮の妃らはあらゆる遊戯に没頭した、例えば孔雀は尾目の多く鮮やかな程佳しとされ、妃らは競って餌の甲虫の配合の様々を試した。元は南方の奴隷娘という新入りの妃の連れた白孔雀の清しさに皆驚嘆し、熱狂の引くに至ってまだ御渡りはない。



162


ものぐるいの面倒を見る。ものぐるいだというからさぞ騒がしかろうと思ったがそうではない。私はこの庭に来て日が浅く、どこがくるおしいのかまだわからない。だが庭は確かにこのために丹精されている。ものぐるいはいま池を覗いている。目高をつつく金魚を諫め、仲良うおし、と呟く。



163


昨日豆を買って帰れなくて、家族が鬼に食われてしまった。職場が帰してくれなかったのだ。私は町を駆け回り、泣いて戸を叩いたが、豆屋はやはりみな閉まっていた。恐ろしかった。国中の家に豆があるのに私の家には売ってくれない、でもこんなことってあるだろうか、こんなことって。



164


子供の頃貝塚を作りたかったの、とボウルの中を覗いて母がいう。貝塚を作って、こんなに海から遠くてどうしてと、5万年後の人をびっくりさせたかった。それでシジミの殻を裏庭に撒いて、白くなるのを見ていた。私達は一晩シジミを生かして砂を抜き、明日味噌で煮てこれを食う。



165


無念だ無念だ、と地を這うような声がするので、足元を見ると蟻の群。蟻の背には誉高き武者どもの顔が憑き、その顔のひとつひとつがむにゃむにゃ呻いている。虫眼鏡で見るとよくわかる。無念だ無念だ、むにゃむにゃ。もう千年も経つというのに、蟻も武者どももかわいそうだなと思う。



166


艫を任せる、と言われた。成人を控えてひと月前のことである。おれは頷いた。つまり、おれが舵取りをしくじれば、この友人は小鯨を獲れず、まともな大人とは見做されない。きっとうまくするしかないが、今は不安で仕方ない。でも、こいつは艫を任せると言い、おれはそれを受けたのだ。



167


自分と同じくらいの背丈の花束を抱えて一人、歩いていく子がいて、口をへの字に曲げて、絶対離さないぞって顔、大人みんなが花どろぼうに見えてるみたいな顔で、すごく一生懸命で、それで私は町の人みんなが花どろぼうだったら素敵だろうなと思っちゃって、ちょっとその子に悪かった。



168


あの方が死んだ、亡くなった、身罷られたと、報せは一夜にして国を駆け巡り、今日の昼、村人一同お城にあがることとなる。夜明け前、おとむらいの花を摘みに荒野へ出る。一面の朝露で花はほの白く、皆で籠一杯に摘んでもまだ白く、声も知らない人だけど、これからお別れを言いに行く。



169


駅裏の鍵屋が閉店するというので店を覗くと案の定、大小様々の鍵が壁にズラリと並べられており、眺めていると声をかけられる。それね一本百円でいいよ、どこの鍵だかわからんからね。そんな物なんで売ってるの、聞くと店主は黙って笑う。洒落で買って試してみると、自室の鏡台が開く。



170


夏だというのに雪が降り、家畜がばたばた死んでゆく。私たちは夏を待ったが、やがて洞窟へゆくこととなる。みなで洞窟の入口に立ち、手を繋いで奥の神様に頼むのだ。夏をお返しください。ぶ厚い上着を着た町の人が震えて私たちを無邪気だと言う。私たちはそんなに無邪気なのだろうか。

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